第112話 カルモラ海峡突破

「レプイタリ王国、カルモラ港まで距離80km」


「カルモラ海峡に侵入」


「周囲50kmに船影無し」


「2時方向距離125km、警備艇と思われる船影を捕捉」


 <パライゾ>艦隊は、順調に航海を続けている。現在、旗艦パナスとヘッジホッグ級駆逐艦8隻は輪形陣を維持したままレプイタリ王国首都モーアを目指し航行を続けていた。


 艦隊は、大陸とレプイタリ王国に挟まれた巨大な湾、ラフレト海に差し掛かっている。レプイタリ王国最西端、カルモラ港と大陸側の半島に挟まれた海域が、カルモラ海峡だ。


「船速、60km/hに減速。周囲の状況を勘案しつつ、段階的に40km/hまで減速を継続する」


「警備艇、航路変わらず。このまま接近を続ける」


「各艦ステータス、全て正常。艦隊戦術リンクは正常に機能している」


 艦隊のオペレーションを行うのは、すっかりユニット指揮が板についたウツギとエリカ。そしてその補佐に入っているオリーブだ。アカネ、イチゴは第2要塞に張り付いている。


「<パライゾ>艦隊はこのまま北上を続けます。警備艇などにアプローチを掛けつつ、速度差でギリギリを装いつつ振り切ります。理想は、モーア港への侵入と海岸警備隊からの報告をほぼ同時にすることです」


「全力は出さないのね?」


はいイエス司令マム。あまりに技術格差を見せ過ぎると、過剰反応を引き起こしかねません。相手の常識に合わせて情報開示を行うことで、反応を予測範囲に留める必要があります」


 あまりにも隔絶した相手が現れた場合、民衆がパニックに陥る可能性があるということだ。

 パニックを制御するのは非常に難しいため、そもそも起こさないよう制御するという方針である。


「未交流の国家の船団が侵入してきた場合の対応は、残念ながらマニュアル化されていないようですので、どのように対応するのかは全て推測になります。

 とはいえ、イレギュラー要素も少ないですので大きく外れることはないでしょう。

 警備艇からの警告の後、威嚇砲撃。

 軍艦の出動。

 包囲からの停船命令、威嚇砲撃、並走、強制接舷。

 全て操船と速力で回避可能です。

 そのままモーア港へ侵入後、港湾設備を人質に取る形で対話を求めることになります」


「うーん、清々しいまでの砲艦外交。まあ、最悪撃たれても大丈夫なんでしょう?」

はいイエス司令マム。各艦の副砲で迎撃可能です。また、対応不可位置にまで接近させることはありません」

「近付けさせないって、威嚇射撃かしら?」


はいイエス司令マム。そうですね。

 音声での警告の後、威嚇射撃を行います。

 大型船に対しては近接防御武器を、小型船に対しては人形機械コミュニケーターを使用した射撃になるでしょう。

 さすがに銃の概念は普及しているようですので。

 警告を無視する場合は、敵対行動と判定し撃沈します。

 治外法権は認めさせますので、問題にはならないでしょう」


「治外法権ねぇ…」


 当然、<ザ・ツリー>の勢力に対してレプイタリ王国の法を及ばせることは認められない。

 そして、<ザ・ツリー>の法は、究極的には司令官イブに全てが帰する。

 実質的に、やりたい放題だ。

 これはある種の不平等条約になるのだが、まあそれをレプイタリ王国側に悟らせるようなヘマはしないだろう。


「細かい話になれば、現地の戦略AIが適当な話をでっちあげます」

「やりたい放題ね」


 後は、交易交渉を行い燃石を供給する。

 金属資源を調達できればいいのだが、国内鉱山は国内需要で消費されているようで、おそらく輸入はできないとのこと。

 主食となる麦も、基本は国内消費あるいは隣国の麦の国から輸入しているようで、これも対象にならない。産業製品は当然不要であるし、魔法技術の発展は遅れている。

 調査した結果、レプイタリ王国自身は<ザ・ツリー>の良き交易相手とはならないだろう、というのが<リンゴ>の出した結論だった。


「まあ、拍子抜けだものね。レプイタリ王国自体は発展の余地はあるけど、資源輸出国じゃあないからね。むしろ、大陸側の小国家の方が未開発鉱山も多そうだし、そっちとやったほうが有意義そうなのよねぇ」


 レプイタリ王国は、覇権国家だけありどちらかというと資源消費国である。首脳陣はその認識を正しく持っており、だからこそアフラーシア連合王国への侵略を画策していたのだが。


「とはいえ、周辺国家の頂点にある覇権国家であることは間違いありません。直接取引するより、レプイタリ王国を間に挟んだほうが交渉はしやすいかも知れません。特に、内陸国相手は我々が出張っても相手にされない可能性があります」


 港を持つ国であれば砲艦外交も可能だが、内陸国にはそれは通用しない。面倒な折衝を避けるために、レプイタリ王国経由で輸入するというのは間違った選択肢ではないだろう。


「燃石の売却で通貨を得、それを使って資源を購入する。首都モーアでは手形の概念も成熟しているようですので、それを利用して燃石を資源に変換することもできるでしょう。取引が常態化すれば、自然と資源も集まってくるかと」

「市場を育ててあげるわけね」


 迂遠な方法ではある。ただ、勝算はあった。急速に進んでいる、国内の鉄道網整備だ。蒸気機関とは言え、鉄道の輸送力は当然馬車とは比べ物にならない。しかも公害を気にする必要がないというのは、非常に大きなメリットだろう。


「交渉がうまくいくといいわねえ」

はいイエス司令マム。全力を尽くします」



「警備艇、視認距離に捕捉」


「水上レーダー探知成功。船種測定開始。終了。フリゲートに相当」


「電波反射率、低い。木造艦。マストの本数は検出できない」


「光学観測により判定。マストは3本。舷側砲は7基。全長は40m程度と推定」


 <パライゾ>艦隊が、レプイタリ王国の沿岸警備艇の視界内に侵入した。警備艇の船員は、仕事をしっかりしていたようだ。船員の何人かが気付いたのか、しきりにこちらを指差している様子が確認できた。


「進路そのまま。航行速度は38km/hを維持する」


「警備艇、船速出た。現在13km/h。光学測定、レーダー測定、数値一致」


「大気状態は安定。風向風速共に大きな変動は無いと予想」


 帆を張らず、相当な速度で移動しているというのはすぐに気付かれるだろう。レプイタリ王国の遠距離通信手段は伝書鳥のみ。

 これは、魔法ファンタジー的な処置を施した鳥をある程度決まった経路で飛ばすというもので、仕組みはさっぱり分からないものの王国内で生産されているものらしい。移動距離や移動速度は鳥の種類に依存するが、基本的にどんな鳥でも伝書鳥にすることができるようである。

 好まれるのは、小さく軽く遠距離飛行が可能な小型のものだ。


「こちらを視認した模様。警備艇、進路変更」


「変更進路を確認。このまま変更がない場合、8分後に最接近」


「最接近時の距離、およそ800m。陣形を単縦陣に変更した場合、接近距離は1kmまで拡大する」


 拡大映像の中、何羽かの伝書鳥が放たれるのが確認できた。これで、レプイタリ王国には<パライゾ>の接近情報が伝わることになる。あとは、計画通り首都モーアを目指すだけだ。

 その際、何度か警備艇または軍艦などとすれ違うことになるだろうが、基本的に全て速度差で振り切る予定である。万が一攻撃された場合も、反撃は行わず砲弾の迎撃のみを行う。


 帆を張ったフリゲートが、ゆっくりと近付いている。船員総出なのだろう、甲板上に人だかりができていた。そしてそろそろ、輪形陣を組んだ艦隊規模に気づく頃だろう。今まで見ていた船が外縁の1隻に過ぎず、中心に巨大な艦が航行しているという事実に。


「追加の伝書鳥が放たれた。旗艦パナスを視認したと思われる。船員の反応を記録」


 パナス級原子力巡洋艦の全長は、141m。警備艇と比べると、全長は実に3.5倍。さぞ度肝を抜かれているだろう。しかも、速度も自分たちの3倍だ。



 やがて、<パライゾ>艦隊は必死に追いすがる警備艇を悠々と置き去りにし、本格的にレプイタリ王国の首都が存在する巨大な湾、ラフレト海へ侵入を果たしたのだった。

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