第129話 変わりゆくテレク港街

 さて、所は変わって、テレク港街である。


 テレク港街は、突き出した2つの半島の根本に存在する。

 片方の半島は蓋をするように湾曲しており、穏やかな湾を形作っていた。


 大海からの荒波から守られた、穏やかな湾内。

 そこには現在、<ザ・ツリー>から派遣された大型の工作船が停泊している。


「こんな早さで街ができるとはな…」


 テレク港街の東側、植生も乏しい広大な荒れ地の広がる場所に、<パライゾ>が急速に勢力を広げていた。


 地面を均し、平らで、かつ頑強な土地を造成していく。碁盤目状に仕切られた区画に、次々と建物が建設されていく。

 しかも、その作業を行っているのは全て自動機械だ。


 荒野の開拓を行うのは、踏破力の高い多脚重機である。

 そして、地均しを行うのは無限軌道で移動する超大型の土壌改良装置だ。地下数十mに渡って改良剤を打ち込み、地盤改良を行う機能を持つ。


 そんな化け物が数十台、昼夜を問わず動き回り、建設可能な土地を広げていっていた。


 しかし、この光景も1ヶ月以上続けばもはや日常だ。

 テレク港街の住人にも生活があり、最初は見学のために人だかりができていたものの現在は落ち着いている。


 街の中に、<パライゾ>直営の商店ができたというのも大きい。

 元々、<パライゾ>との交易のおかげで命脈を保っていたということもあり、実際には日用品にも事欠くほど困窮していたのだ。


 そこに登場した、総合商店のインパクトは大きかった。


 経済は、金が回らねば活性化しない。

 他の街との交流がほぼ途切れていたテレク港街では、取引の大半が物々交換になるほどに停滞していたのだ。


 食料については、元難民たちの開墾した農地である程度生産できていたし、不足するようであれば<パライゾ>からの援助もあった。

 住居は足りなかったため、建設業はある程度活性化していた状況だ。

 それでも、住居を必要とする元難民達が金を払えるわけでもなく、有力商会が農産物や労働力を買い上げ、代わりに住居を提供するといった回し方だった。間に金銭のやり取りは発生せず、ほぼ皆が助け合い、共同体という意識で仕事をしていた形である。


 実際にはこのあたりも<パライゾ>の支援が入っており、正におんぶにだっこ状態で日々生活していたと言っても過言ではない。


「あなたの尽力も大きい。我々は所詮余所者である。正直なところ、あなたが別の結論を出していたとしたら、この光景は全く違ったかも知れない」


「それは…そうだな。いやはや、我ながら英断だったな。とはいえ、あの状況ではな。まともな奴なら同じ結論を出していたとは思うが」


 クーラヴィア・テレク商会長は、ツヴァイと並んで建設中の大灯台に上っている。


 この灯台は、<パライゾ>の技術指導の下、テレク港街の人の手で建設中のものだ。

 当然、町の外で動いている建設機械が手掛ければ、ものの10日で建造完了してしまうだろう。

 だが、<パライゾ>はそれを良しとはしなかった。


 自分たちの手で、この大事業を成し遂げるべき、と判断したのだ。

 そして、これは公共事業という側面も持っている。


 当然、積み上げる石を背負って運ばせているわけではない。


 <パライゾ>は道具や材料の提供こそしないものの、様々な技術を伝達していた。


 現在、建設用の石材を持ち上げているのは、人力で動く、一度に大量にかつ安全に運び上げるクレーンだ。

 更に別の場所では、鍛冶屋を集めて初歩的な蒸気機関の製造も進めている。

 図面の引き方から、ボール盤や旋盤の造り方。焼入れの仕方や、合金の概念。

 本来、数十年、数百年と掛けて編み出されるはずだった様々な技術が、<パライゾ>によって伝えられているのだ。


「鉄の町との街道の拡張も済んだ。あちらの鉱山の開発も、全力で行っている。鉱夫たちには悪いが、今後は我々が採掘を行う」

「悪いってことはないさ。あんたらが来てからは随分マシになったとは聞いているが、元々、死人も多く出ていた劣悪な職場だ。鉱山奴隷もたくさん居たんだ。国がこんなになっちまって、なし崩しで解放されてはいたがね」


 鉄の町も、現在大幅な変革の途中である。テレク港街、あるいは第2要塞ブラックアイアンからの陸路の中継街、物資集積地になる予定だ。

 ここでも、単に物資を与えるのではなく、何らかの仕事を通した支援が行われている。


「まっとうに仕事をして、まっとうに対価を得る。自分の金で食う飯はうまいぞ。そいつを与えてくれるっていうのは、本当にありがたい存在さ。あんたらが国を獲るってんなら、みんな喜んで協力するだろうよ」


 そしてそれが、テレク港街、鉄の町の住民達の総意だった。

 <パライゾ>の行動は、アフラーシア連合王国への侵攻という情報は、噂という形で街中に広がっている。

 それに対して危機感を覚える住人が居ないでもないのだが、結局自分たちの命を繋いでくれたのは<パライゾ>なのである。見た目が少女ということもあり、本格的な排斥運動なども行われる気配はない。


 まあ、あまりに問題行動を起こすような人物は、極限状態の中で自然淘汰的に排除されてしまったというのもあるのだが。

 鉄の町ではそもそも、全員が協力しないと生き延びられない状態だった。

 テレク港街も、クーラヴィア・テレク率いる自警団により、問題の芽は早々に粛清されているのだ。


「基本的には、あなた方には自活してもらう予定だ。いずれテレク港街を中心とした経済圏を作り、商業的な侵略を行う。無論、戦力の撃破は我々が行うが」

「…まあ、詳しい話はまた教えて欲しいところだ。今の単語は、私には想像が付かん」


 <パライゾ>は、アフラーシア連合王国を侵略する。

 ただ、抵抗勢力の戦闘能力は奪うが、その統治には興味がない。欲しいのはあくまで資源であり、邪魔を排除するだけだ。


 一応、司令官イブの意向により、非人道的な対応は取らない方向で進めようとはしている。

 それでも、統治というのは投資するリソースの割にリターンが期待できないのだ。

 その点は司令官イブも理解しているようで、治安が悪化しない程度に放置すればいい、と適当な指示を出していた。


 というわけで、<リンゴ>が色々と検討した末、商圏を広げることで治安維持を図りつつ、余計な口出しをしない方向で進めることになったのだ。

 色々と問題は出るだろうが、そこは都度解決していく。何なら、教育の一環で頭脳装置ブレイン・ユニットを持ち回りで付けてもいい。


 このあたりは何かしら計画しているわけではなく、正直なところ適当であった。


 非人道的な扱いはしたくないのだが、積極的に助けるつもりもない。

 手は出さないので、勝手に生きてくれ、である。


 とはいえ、結局何か問題が合ったら、何かしら対処してしまうのだろうが。


「さて。話は変わるが…」


 ツヴァイはそう言って、クーラヴィア・テレクへ向き直った。

 空気が変わったのを察し、クーラヴィア・テレクも姿勢を正す。


「恐らく1ヶ月以内といったところだが、今度、新たな人員がテレク港街駐在として派遣されることになった」


「ほう…?」


 テレク港街へ出入りする<パライゾ>の少女たち。そこに、新たなメンバーが加わる。

 しかし、そんな報告を、これまでわざわざクーラヴィア・テレクに通達したことなど無かった。

 彼女らは、いつの間にか増えているのである。

 そして、いつの間にか消えている。


 やりとりした情報は彼女達の間でちゃんと共有されているため、クーラヴィア・テレクがそのことに不満や不審を抱いたことはなかったのだが。


「わざわざそれを教えていただけるというのは、何か特別な立場の?」

「肯定する。彼女は何というか…少々、自由過ぎる。迷惑をかけることになるかも知れないが、手綱はなるべく握るようにするので、容赦していただきたい」


 何とも、歯切れの悪い通達であった。

 一方的でありながら、低姿勢。ツヴァイ=リンゴも、なぜかすまなそうな表情と口調である。


「…あー。…そうか…。まあ、承知した。…失礼かもしれないが、悪意があるわけではない、のかね? 横暴であるとか…」


「そういう意味では、基本的に善意はあると回答する。好奇心が強く、自分の興味を優先する性格のため、これまでの我々の人員とは掛け離れた行動を取る可能性が高い」


「…ふむ。案内を付けたほうが?」


「肯定する。月給は出すので、1名、付けていただきたい。可能であれば、様々な質問に回答が可能な、幅広い知識を持った人物が望ましい」


 結局、何だかんだと言いつつ、<リンゴ>も甘々なのであった。

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