第35話 艦砲射撃、全力投射

 桟橋に、続々と荷物が積み上げられていく。屈強な男達が荷車を曳き、片っ端から倉庫へ運び込む。


「コンブは12番倉庫! ああ、イワシは15番倉庫へ! 水は2番倉庫へ持っていけ!」

「急げ急げ! 次がつかえてるぞ! 今日中に運び終われば、今日はボーナスだ! ほら、急げ急げ!」


 輸送船2番艦は、1番艦出港後、1週間でテレク港街へ入港した。さすがにこの早さに商会長クーラヴィア・テレクは驚いたが、話がつく前提で出港していたと言われれば、反論のしようがない。そして、満載された食糧と水、そして農具の量に顔を引きつらせることとなった。


「本当にあんたらは……とんでもないな……」

「協力、感謝する」


 第2船団、<パライゾ2>の船団長、容姿はほとんどツヴァイと見分けがつかないが、名前はツェーンという。操作しているのは<リンゴ>のため、中身に変わりはないのだが。

 ツヴァイと少し個性を分けるため、話し言葉はより単語を意識させ、しかし表情は豊かになるよう制御している。より人間らしさを感じられるよう、<リンゴ>も日々努力しているのだ。ツヴァイに関しては、真面目、堅物という個性付キャラクターにしたのだが。


「基本的な話は、ツヴァイ船団長と、している?」

「ああ。……どこまで話をしたか、どんな契約になったかは、把握しているのか?」


「想定は、している。<パライゾ1>とすれ違った。手旗で、ある程度やりとりした。もし想定と違うことがあれば、すぐに言って欲しい」

「そうか……。分かった」


 商会内で先日の議題が会議にかけられ、承認されたことはボットの偵察により把握はしている。とはいえ、その内容を知っているのはさすがにおかしいため、<リンゴ>はテレク港街の状況は知らないという体で会話をしていた。


「難民達と、接触は?」

「ああ。あれから、すぐに行った。幸い、向こうの代表者と会談することが出来た」


 <ザ・ツリー>にとって僥倖だったのは、難民達がいまだに組織としてまとまっていたことだ。もう数週間遅れていれば怪しかったかも知れないが、これは何とか間に合ったと考えていいだろう。テレク港街から食糧が供出され、兵役および農作業従事について、簡単な契約を結ぶことに成功しているようだ。


「全員分は無理だが、それでもある程度の食糧……コンブと、水を提供した。ま、先払いってことでな。恩はしっかり売れたと思うぜ」


「そう。で、あれば。更に恩は、売れる」


「……ん? 農具か?」


 <リンゴ>は、テレク港街とその周辺の状況を把握するため、光発電式偵察機スイフトを複数機、常に巡回させている。そこで、難民達のキャンプに対し、盗賊が迫っている様子が確認できていた。


「少し、開示する。我々は、<千里眼クレアボヤンス>を持っている」

「……。……? 千里、眼……?」


「警告!」


 ツェーンが叫ぶ。同時に、大音量で駆逐艦チャーリーが警報を鳴らし始めた。短いスパンで、しかし聞くものに危機感を抱かせる警報が、港に響き渡る。


「お、おい!何だ急に!」


『警告。これより艦砲射撃を実行する。警告。これより艦砲射撃を実行する』


「艦砲射撃!? おい、ツェーンさん、あんた……!」

「クーラヴィア・テレク殿、難民に盗賊団が迫っている。我々は、これよりそれを撃滅する」

「んなぁ!? ちょ、ま……!」


 ドンッ!

 

 チャーリーの1番砲塔が、難民キャンプに迫る集団目掛け、砲弾を吐き出した。山なりの軌道で飛翔する砲弾は、およそ15秒後に目標に着弾する。


「撃った……!撃ったのか、おい!何を!どこに!」


「……目標至近。着弾。確認」


 警報が鳴り響く中。泡を食ってツェーンに詰め寄るクーラヴィア・テレク。突如発砲した駆逐艦と、混乱する港の人々。


全力投射ファイア


 着弾観測を終えた<リンゴ>は、駆逐艦チャーリーの主砲3門の連続発砲を開始した。毎分45発の発射能力を持つ150mm滑腔砲が、次々と砲弾を吐き出し始める。


「……!」


 その様子を見たクーラヴィア・テレクの両目が、これでもかと開かれた。恐らく、想像以上の速射能力に驚愕しているのだろう。その気持ちは予測できる。人力で火薬と砲弾を詰め、それから発砲するそこらの大砲とは、全く構造が異なるのだ。自動給弾により、弾切れまたは砲身寿命まで連続で発射可能。恐らく、既存の大砲を100門並べるよりもずっと強力な砲だ。


「目標殲滅」


 時間にして、1分足らず。それぞれの滑腔砲がおよそ40発の発射を終えた時点で、<リンゴ>は発砲を中止。光発電式偵察機クレアボヤンスによる観測で、迫っていた盗賊団の殆どを粉砕したことを確認した。


「我が艦、チャーリーの砲撃により、難民に迫っていた盗賊団を殲滅した。過去にも略奪を繰り返していたことは確認できているため、誤射ではない。……ああいった略奪を繰り返す集団は、盗賊団と呼称しても問題ないか」


「あ……あ、ああ……。そうだな、盗賊団……だ」


「了解した。すぐに難民へ使者を出すことを勧める。何が起こったか理解できていないはず」

「……!」


 商会長は慌てて、周囲の人間に指示を出し始めた。こういった行動が、彼の有能さを示しているだろう。止まっていた荷降ろしが再開され、テレク港街はざわついた雰囲気のまま、しかし皆がもとの仕事に戻っていく。


「……」


 ツェーンの目と耳を通し、<リンゴ>は周囲を確認した。あまり超人的なところは見せるつもりはないため、基本的に、各人形機械コミュニケーターはそれぞれが取得できる情報のみに基づいて行動させている。今回は緊急だったため、神の目の如き行動をしてしまったが。まあ、魔法か何かだと誤解してもらえればそれでいい。どうせ、光発電式偵察機スイフトの存在……というか、スイフトを使用した哨戒網については開示は必要だった。いい機会だろう。


 盗賊団については、アジトの位置も確認済みだ。さすがに主砲の範囲外のため、制圧には人手を出してもらうしか無いが。

 今回、襲ってきた盗賊たちについては全員が死亡ないし行動不能の状態になっている。何度かこれを繰り返し、戦力を落としてから制圧に向かってもらう方向で調整しよう。


◇◇◇◇


 あれから、光発電式偵察機スイフトによる広域監視を行っていることを伝え(秘匿している技能によるとはしたが)、敵襲があった場合はこちらの判断で迎撃することとした。当面は、盗賊団が標的となる。その他の勢力が侵入してきた場合も、かなり早い段階で察知できるため敵味方識別をした後に攻撃を実施する。今のところ航空戦力は確認されていないため、時間的な猶予は十分にある。


 また、テレク港街の戦力についても改めて確認を行った。


 この期に及んで隠しても無意味と考えたのか、ボット群により把握していた戦力とほぼ変わらない人数が申告されたため、信用することにする。


 興味深いのは、「魔法戦士」と呼ばれる兵種だ。どうも、魔法を使って戦う兵士達のことらしい。魔法は、呪文を唱え、魔法名を口にすることで発動される未知の破壊力である。実際に見せてもらったが、火の玉が空中に現れて勝手に飛び、目標に当たると爆発して炎を撒き散らすという、実に非科学的で現実離れした技能だった。研究はしてみたいが、残念ながら設備も人員も足りていない。状況が落ち着くまでは保留とすることにした。


 魔法にもいくつか種類があるようだったが、ひとまず実戦で使用できるのはこの「火球」の魔法であるらしい。魔法戦士と呼ばれる兵士は、全員がこれを使用できるとのこと。威力は個人の腕によるようだが、ある程度統制した攻撃は可能のようだ。遠距離攻撃は、この「火球」と、弓兵による射撃がある。


 銃を提供するかどうか検討したが、時期尚早と判断し、品質を揃えた矢を大量に供給することとした。完成品を渡してもいいが、仕事を奪う必要もないだろうということで、矢じりとシャフト、矢羽を別々に製造し、組み立てを任せる。例えば難民達にやらせることで、食料供給の対価扱いにすることが出来るだろう。


 幸い、矢じりの原料は鉄、シャフトと矢羽はセルロース製で十分な威力を確保できそうである。次の輸送船に載せるということで、話をつけた。弓についても、試作品という名目で供給してもよいだろう。照準などを取り付けたコンパウンドボウであれば、素人でもある程度使えるようになるはずだ。クロスボウでもいいが、技術流出を考えるとしばらくは出さなくてもよいのではないか、と判断している。あまり技術革新を進めすぎると、バランスを取るのが難しくなる。


 こうして、<リンゴ>は着々とテレク港街の掌握を進めていくのだった。

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