第30話 閑話(5人の姉妹)

◆長姉:アカネ・ザ・ツリー


「あなたの名前は、アカネ。フルネームは、アカネ・ザ・ツリー」


 その呼びかけが、私の最初の記憶。


 アカネ。それが私の名前。私達、ザ・ツリー家族ファミリーの中では長姉にあたる。長姉の本来の意味からすると、司令官お姉さまが長姉に当たるはずだが、本人は、


「ちょっと違うのよねえ……。確かにあなた達は私の妹だと思ってるけどね」


 とのことだった。いまいち理解できないので、今度調べてみようと思う。きっと、<リンゴ>に頼めばいいライブラリを紹介してくれるはずだ。


 司令官お姉さまは、私に色々な本を紹介してくれる。司令官お姉さまが紹介してくれる本を読むのは、とても楽しい。分からないことがあると、<リンゴ>が別の本を紹介してくれる。それも、読むのが楽しい。私が知りたいことは、全部本に書いてある。本さえあればいいと思ったのだけど、<リンゴ>はそれだけだとダメだと言う。


 まだ良く分からないので、今度<リンゴ>に頼んで、本だけだとダメな理由が書いてある本を探してもらおう。



◆二女:イチゴ・ザ・ツリー


「イチゴ。楽しい?」


 司令官お姉様がそう聞いてきたので、頷いた。司令官お姉様と<リンゴ>が、何かを話しながら戦術マップを指差している。何をやっているのかはまだ良く分からないけれど、その様子を見ているのが好きだった。だから、できるだけ司令官お姉様の後ろをついて行こうと思う。


「イチゴは真面目ねぇ」


 真面目。真面目、なのだろうか。よく分からない。でも、姉妹たちは皆好きなことをしているようだし、私も好きなことをしているのだ。私だけ真面目ということはないだろう。きっと、みな真面目なんだろう。


 でも、司令官お姉様からそう言われるのは、なんだかとても嬉しかった。


 司令官お姉様が寝ている間に、また<リンゴ>に今日の話を説明してもらおう。明日はきっと、今日よりもっと、司令官お姉様の話が分かるようになる。いつか、司令官お姉様と<リンゴ>と、私も一緒に話し合いたい。もっと、司令官お姉様に「真面目ね」と言ってもらいたい。



◆三女:ウツギ・ザ・ツリー


「エリカ、今度はこっち」


 今日は、要塞<ザ・ツリー>の第15フロアの探検だ。


「ウツギ、一緒に行く」


 エリカもついてくるので、はぐれないように手を繋ごう。目を離すと、エリカはすぐにどこかに行っちゃう。<リンゴ>に聞けばどこにいるかすぐに分かるけど、はぐれないのが一番いい。


「第15フロアは、何の設備だっけ?」

「そうこ」


 そうこ。倉庫? 見たことがないから、行ってみたい。たしか、たくさんのものをしまっておく場所だ。<ザ・ツリー>はぶっし不足だって<リンゴ>が言っていたけど、どんな意味だろう?


「倉庫!行くよ! エレベーター、15階!」


 そういえば、エリカが今度、ご飯を作るところを見たいって言ってたな。明日はそこにいってみよう。司令官お姉ちゃんは危ないからまた今度、って言ってたけど、危ないのかな? <リンゴ>がいるから、大丈夫だと思うんだけど。


「ついた!」


 あっ、エリカに先を越された! もう、すぐ1人で行っちゃうんだから!



◆四女:エリカ・ザ・ツリー


「エリカ、今度はこっち」


 今日も、ウツギは要塞<ザ・ツリー>の探検に行くようだ。


「ウツギ、一緒に行く」


 ウツギは、放っておくと1人ですぐに走っていってしまう。ちゃんと声をかけないと、あと、できれば手を繋いでおかないと、はぐれてしまう。<リンゴ>が案内してくれるから迷うことはないけれど、ウツギがいなくなると悲しい。


「第15フロアは、何の設備だっけ?」


 第15フロア。たしか、いつも食事するのが第16フロア。人数が増えたからって、司令官お姉ちゃんが食堂を作ったところだ。その下だから、


「倉庫」


 倉庫があるフロアだ。<リンゴ>が、食材はそこに保管してるって言っていた。海から魚をとってきてるって言っていたけど、どうやってとってるんだろう?


「倉庫!行くよ! エレベーター、15階!」


 ウツギが、エレベーターに飛び乗って叫ぶ。ウツギはほんとうに、元気がいい。元気がいいと、司令官お姉ちゃんに褒められる。だから、わたしも元気にしようと思う。


「ついた!」


 ウツギに先を越されないように、わたしは大きな声で叫ぶ。大きな声を出すのは気持ちいい。そういえば、わたしたち以外はみんな、『おとなしい』んだけど、なんでかな?



◆五女:オリーブ・ザ・ツリー


「オリーブ、何をしているの?」


 三角の屋根を部屋にのせていると、司令官お姉ちゃんが声を掛けてくれた。


「積み、木……」


 ずれないように、慎重にのせる。……できた。


「あら。上手にできたわねぇ」


 司令官お姉ちゃんは、ニコニコ笑いながら、オリーブの頭を撫でてくれた。……うれしい。


「<リンゴ>、手遊び用のブロックがたしかあったでしょう? 作ってあげなさいな」

はいイエス司令マム。オリーブ、明日、遊戯室に取りに来なさい」

「うん……」


 また、司令官お姉ちゃんがなにか作ってくれるみたい。さいしょは、いつもさいごに呼ばれるから泣きそうになったけど、最近は気にならなくなった。司令官お姉ちゃんは、ちゃんとオリーブをみてくれる。うれしい。


 ……でも、ちょっと、みんながうらやましい。オリーブも、あんなふうに、司令官お姉ちゃんに抱きしめられたい。こんど、オリーブも抱きついてみようかな? ちょっと、恥ずかしいけど。



◆統括管理AI:リンゴ・ザ・ツリー


 司令マムの遺伝子情報から肉体を複製し、誕生した5人の姉妹達。


 同じ肉体に同じ頭脳装置ブレイン・ユニットを積んだ彼女らは、しかし予想に反して5人が5人、かなり個性的な自我を育成しているようだ。初期登録インプリンティング時の対応、その後の扱い、点呼順、与えた遊具や会話。それらの僅かな違いによって、こうも性格に違いが出るのは非常に興味深い。


 あまりに似た者が多量に増えてもストレスになるかと危惧していたものの、この調子であれば人型機械アンドロイドを増やしても問題ないだろう。とはいえ、さすがにそろそろ、肉体製造用の原材料が不足してきた。人形機械コミュニケーターも増産する必要があるため、しばらくは控えよう。


 北大陸で人狩りでもすれば簡単に材料は手に入るが、司令マムは許可しないだろうし、私もあまりいい気分にはならないので、地道に培養していくしか無い。今度、培養槽の増設許可を取ろう。


 そういえば、現地人の遺伝情報はかなり集まったが……。……しばらくは、司令マムのものだけで十分だ。他の人間が入り込むのは、受け付けない。



◆長姉:イブ・ザ・ツリー


 そうだ。私の名前はイブ。イブ・ザ・ツリー。決して、「狐狂キツネスキー」などというアホのような名前ではない。


 こうなるとわかっていれば、もっとちゃんとした名前を付けていたものを……! 運営めぇ……!


 いや、さすがにこんな異世界転移なんて予想はできないだろうけどさ。


 まあ、名前がちゃんと付いたのは……考えたのは自分だけど、とにかく、めでたいことだ。もし自己紹介する機会があっても、アカネに問い詰められたときのように無様に取り乱す心配はない。胸を張って、「イブ」と答えることができる。


 そういえば、アカネは何だか知らないうちに本の虫になってしまった。<リンゴ>の予想だと、最初に私の名前を知りたいと考えたことと、その答えを知ることができたことによる刺激で、知識欲に目覚めたのではないか、だそうだ。正直、へえ、としか思わないけれど。


 最初に<リンゴ>が危惧していたような、画一化した面白みのない人型機械アンドロイドにはなっていないので、一安心だ。外部刺激が少ない<ザ・ツリー>では、健全に精神育成できるか予想できなかったらしいが、案外ここは刺激が多いようだった。<リンゴ>は処理能力が高すぎるから、余計なことに気を回し過ぎなんだろう。


 よくよく考えてみれば、広い建物に5人の姉妹、親代わりの私と<リンゴ>、たくさんの知識を蓄えたライブラリに、雄大な海原、大自然。刺激が少ない、なんてことはないだろう。大人数との関わりがちょっと足りないが、それも時間で解決できる問題だ。


 最近退屈していたので、相手をできる彼女たちができたのは、私にとっても非常に興味深い。普通の子供とは当然違うが、年の離れた妹といった感じで接することができるのは、何かこう、

満たされるものがあった。


 さて、彼女たちのためにも、頼れる司令官お姉さまにならないと、ね。

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