第31話 テレク港街は八方塞がり
貿易船団<パライゾ1>が、歓声と共にテレク港街へ迎え入れられた。
「おお、すごいすごい。桟橋まで新設してるし、大歓迎ねぇ」
「
「え、そうなの?」
わずか3回目の貿易だと言うのに、既にそこまで状況が変わっているのか、と彼女は驚いた。確かに、最初に訪港してから、半年以上過ぎてはいるのだが。
「周辺の情勢は、驚くほど急速に悪化しています。<パライゾ>の交易品がなければ、そしてこの町の政治力が不足していれば、廃墟になっていたかもしれません」
「へえ……」
ドン引きであった。テレク港街自体は比較的治安もよく、とても戦時下とは思えないほど平和だったのだが、周囲はとんでもないことになっているらしい。
「難民キャンプがテレク港街の北に出来、そこを盗賊団が襲撃を繰り返すなど、一言で言うとこの世の地獄ですね。テレク港街も余裕はないため、難民キャンプは黙認放置。食糧を売るくらいはしているようですが、難民ですので対価もなく」
「いやあ……地獄ね、ほんとに」
例のセルロース製の糸や布を求め、豪勢な輸送隊が往復しているようで、それが不幸中の幸いというところか。王都方面とのやりとりは継続しているようだった。
「うちは、塩とか水とか積んでるんだよね。次は食料品も詰めたほうがいいのかしらね?」
「確認しましょう。とはいえ、穀類は用意できませんので、魚肉加工品、または海藻類の乾物になります。需要があるかどうかは不明です」
テレク港街周辺には、穀倉地帯は存在しない。基本的に、貿易品の対価として王都方面からの輸入に頼っている。漁は行っているが、やはり主食、穀類は必須だ。比較的温暖な地域のため、イモ類の栽培が可能ではないか、とは<リンゴ>の分析だが。
「事前の予測通り、しばらくは持ち堪えるでしょう。ですが、その後は難しいと予想されます」
「……。そろそろ、本気で介入するかどうか、決めないといけないか」
ひとまずの方針は、静観。情報を与え、延命させる。鉄の貿易を継続し、リターンが得られなくなった時点で切り捨てる。<ザ・ツリー>側の
では、
しかし、逆に言うとそれだけだ。
陸上戦力を用意できないため、防衛は出来ても侵攻が出来ない。現地戦力に任せる事になるだろう。しかし、テレク港街は小さな町だ。大きな戦力を用意することは難しい。
「例えばですが。テレク港街を完全に<ザ・ツリー>の支配下に置き、要塞化するという手段もあります」
「……。今の資源探査状況から考えると、それも有りなのよね。この周辺、鉱床が見つからないし……」
鉄鉱山の探査範囲は徐々に広げている。ただし、有力な反応は見つかっていない。地下に埋設しているか、本当に鉄がないのか。
「手っ取り早く、例の鉄鉱山の町を押さえる。我々<ザ・ツリー>の露見を恐れなければ、最も早く、最も確実に鉄資源を大量に入手できる可能性が高い選択肢です」
「そうね。でも、敵対勢力を誘引する引き金にもなる。今の所、私達にとって致命的となる戦力を持つ集団は確認されていないけど、それは私達が無敵であるという証明にはならない」
「
「もう!本当に、鉄が足りないわね!」
ある程度、戦闘艦を製造する目処は立った。しかし今度は、別の問題も考えなければいけなくなる。
「鉄さえあれば、ほとんどの問題が解決するのに……!」
備蓄している石油系燃料は、まだ十分に在庫がある。しかし、補給の目処が立っていないため、当然、これも採掘開発を考える必要があるのだ。
「油田も見つかっていません。とはいえ、油田の探査はそう簡単には行きませんので、仕方ありませんが……」
これも、航空機による探査。あるいは、人工衛星を使った広域探査ができれば、違ったアプローチも可能だろう。ただし、どちらも資源不足により、対応が難しい。
「テレク港街から搾り取って、次はあの半島国家を目指すか……。対話ができればいいけど、最悪、戦闘状態になる可能性もあるのよね」
「かなり好戦的な国家であると推測しています」
「テレク港街と鉄鉱山を確保する。鉄鉱山の埋蔵量は分からないけど、一気に大量の鉄を入手できる。でも、開発にはそれなりに時間がかかるし、その間に大規模な襲撃を受ける可能性もある」
「曲がりなりにも、相手は国です。内乱状態とはいえ、外敵があれば再びまとまることも考えられます。そうすると、下手をすると数十万人の敵兵を相手にする必要があるかもしれません」
物量で攻められると、さすがに防衛しきれないだろう。<ザ・ツリー>の全力を使い、鉄鉱山を奪取する。テレク港街を要塞化し、鉄の精錬、戦力の増産を行う。不可能ではない。
「不可能ではないけど……。リスクが大きいわね。ここの防衛が疎かになる。万が一失敗したら、全てを失いかねない。その後、再起の目は……」
「<ザ・ツリー>の現有資源を使用する前提ですので、失敗すると、何も残りません。資源を残すと、失敗確率も相応に上がりますし」
「うーん、悩ましいわねぇ」
<ザ・ツリー>単独で生産できる資源は、セルロースと、海水から抽出する金属類、そして実験室レベルで成功した、石油を生産する藻類。駆逐艦1隻を作るにも、何年掛かるか分からないレベルで資源不足なのだ。
見つめるディスプレイの中で、接岸した<パライゾ>旗艦、
「大興奮って感じね」
とはいえ、それも仕方がない。帆船全盛期のこの時代に、帆を持たない動力船で乗り付けたのだ。しかも、明らかに戦闘艦。さらに言えば、この船団はテレク港街に対して非常に好意的なのである。大歓迎しない理由がない。正に下にも置かない態度で、ただの階段式タラップすらも褒めちぎりながら、ツヴァイ一行を迎賓館に案内する。
どうも、荷降ろしは翌日に回し、今日は歓迎会を行うとのことだ。ひとまず
「ここまで頼られると、見捨てるのは忍びないのよねぇ」
「
画面越しとはいえ、ここ半年以上、(主に盗撮だが)毎日のように顔を見ていた人々だ。できる限り、助けてあげたいと思うのが人情だろう。
「最悪、鉄鉱山は諦めても町は守り切る……かしらね。この国の内乱が落ち着けば、また交易も再開されるかもしれないし」
実際のところ、情勢がどうなるかは全く予想がついていない。様々なシナリオを立ててはいるものの、既に商会長クーラヴィア・テレクのこの友好っぷりすらどのシナリオからも外れた行動であった。すなわち、絶対的な
それから、どうでもいいが、タラップについてはこういった階段状の昇降設備の概念がまだ無く、普通に新技術として驚いていたということが後に判明した。技術レベルが低すぎて、何が当たり前で何が発明前なのか、全く予想がつかない、ということが改めて実感された話である。
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