第93話 脅威生物
「
「…ん。ん? 脅威生物?」
「
「んあー…。うん、まあ、わかりやすくて良いんじゃない? ちなみに誰が名付けたの?」
「アカネです」
「そっかー」
彼女が眺める空間投影映像に、新たに発見された魔物が表示された。
それは、砂地の上を走るトカゲであった。周りに大きさの基準となるものが表示されていないため、どのくらいの体長があるのかは分からない。
「んー。あ、体長1.3mね。確かに大きいけど…」
魔物ってほどでは、そう続けようとしたが、それは言葉にならなかった。
突如、走るトカゲの傍の砂が吹き上がったかと思うと、そこからカニのハサミのような腕部が飛び出し、トカゲの胴体を鷲掴みにする。
望遠映像のため音はしないのだが、彼女はたしかに、ボキリという音を聞いたように感じた。
体長1mを超えるトカゲの胴を挟んだ鋏は、容易くそれをへし折ったのだ。
鋏の大きさは、実に70cm。トカゲも確かに大きいが、この鋏も巨大だ。
そして、その持ち主も相応に大きいはずだ。
「うわ、出てきた!」
トカゲを無事に狩ったからか、それは砂の中から姿を表した。
撮影時刻が明け方ということもあり、色はあまり鮮やかではない。しかし、哨戒機のカメラが捉えたその映像には、全体像がはっきりと映っていた。
体長については、映像内で補足されている。前腕部の鋏から、先端に針を持った尾部まで、実に7m。体高は50cm。それは、巨大な
「でか!」
「
「…えっと、多脚戦車が全長…10mくらい?」
「
彼女の言葉に<リンゴ>が気を利かせ、映像を一時停止して
体長は7mと10mの違いだが、サソリは腕部も尾部も曲げているため、もっと短く見える。また、体高もサソリはかなり薄いため、確かに多脚戦車1型の半分程度の威圧感だろう。
「うーん…でも、7mなのよね…」
<リンゴ>が気を利かせて、サソリと多脚戦車1型の間に
「やっぱ、でか! なに、魔物ってなんでこうでかいのかしらね!」
「申し訳ありません、目下研究中です。ただ、体組織構造強化の現象はどの魔物も共通して持っている特性のようですので、大型化に際する自重の問題をある程度無視できるものと想定されます」
生物が大型化する際、特に問題となるのは重力である。巨大な体を支えるため、頑丈な骨と強力な、あるいは大量の筋肉が必要になる。
しかし当然、骨も筋肉も、それそのものの重量が同時に増えることになる。
そして、その筋肉を支えるため、相応の栄養を摂取しなければならない。
体が重いと運動性能にも影響が出るため、捕食行動は制限を受けざるを得ず、骨格、筋力、捕食行動はそれを支えるためにそれぞれを増強させるというイタチごっこが始まるのだ。
そのため、通常の物理制約の下では、生物の大型化は一定のラインを超えると起こらなくなるのだが。
「魔法という別法則の下では、物理制約がある程度緩和されます。同じ筋肉量で、より強力な力を発揮できます。骨も外皮も強靭になり、重さを無視できます。あるいは、生物的な組成を無視して金属やセラミックを体組織として利用できます」
「まあ…そうねえ…。何らかの制限はあるでしょうけど、あの<レイン・クロイン>とか
以前の戦いを思い出し、
「で、このサソリが脅威生物ってことでいい?」
「
また、運動性能から各関節に掛かる負荷を計算しましたが、明らかに想定される強度を上回っています。ここから、何らかの魔法的強化が為されていると推測しました」
生体組織と金属組織の混合もだが、甲殻内体積から計算すると明らかに不足する筋力の運動性能。少なくとも、<リンゴ>が保有する知識からは物理法則に反すると思われる現象をいくつか確認できたため、この
「はー。あんなのが大挙して押し寄せてきたら、確かに面倒ねぇ」
それがいわゆる『フラグ』では無いか、と<リンゴ>は思ったが、賢明にも口にしなかった。こういうのは、口に出すから駄目なのだ。
さて、肝心の油田である。
調査の結果、自噴量はあまり多くないと判明した。
湖のように広範囲に溜まっているが、それは水と違って蒸発によって失われる量が少ないためで、既に地上に露出している部分は軽質分が失われており質としてはあまり良くない。
アスファルトとしては有用なため、これはこれで回収するのだが。道路舗装材として利用できるため、今後、様々な場所がアスファルト舗装に変わっていくことだろう。
しかし、この石油が自噴してできた湖はかなり広範囲に渡って点在しており、その量もそれなりだ。そのため、地下には相当量の石油が埋蔵していると想定された。
採掘用の油井を掘削し、空気に露出して変質していない生の石油を掘り出したい。そのため、音響探査、電波探査を組み合わせて地中の3次元マップを作成中である。
「ひとまず、地上に露出している石油は回収していきます。汲み上げ用のバケット設備の設置を開始しました」
「オッケー。このあたりの指揮はオリーブね。まあ、特に心配はないかしらね」
粘度が相当に高いため、バケツを突っ込んで汲み上げるのだ。ポンプのほうが効率はいいのだが、専用のものを準備する必要があるため見送った。
これは今、オリーブが指揮を取って設備の組み立てを開始したところである。
「その他、現時点で石油をある程度回収できそうな地点をいくつか見つけましたので、ボーリング設備の設置準備を開始しました。ある程度の油量を確保できる見通しが立ちましたので、パイプラインの設置も開始しています」
パイプラインの設置距離は、およそ80kmとなる。
油田は南北東西100km以上の範囲に広がっているため、総延長距離は相当なものになると思われるが、オイルポートと油田間の距離はそんなものだ。
資材を節約したい<ザ・ツリー>にとって、有利な条件だった。
「油井の掘削と汲み上げ設備の稼働は、およそ5日と見込まれます。そこから多輪連結運搬車による輸送を開始。パイプラインの稼働開始は2週間、14日後です。その後は採掘量を見ながら多輪連結運搬車の増車、あるいはパイプラインの増設を行っていくことになります」
「うむ。順調なのはいいことだわ。…備蓄資源の減少量には目をつむるとして…」
ここにきて、<ザ・ツリー>は大量の資源を消費しつつ作業機械と設備材料の大増産を行っている。
転移時に所持していた備蓄資源と、第2要塞で採掘される資源を湯水の如く消費しながら、大量の機械と資材を生産しているのだ。
それらをオイルポートに運び込むことで、まるで映像の早回しのような速度で各種設備が建築されているのである。
「あとは、この油田の大本がどこにあるか、ね。探査方法はあるんでしょう?」
「
「なるほどね。それ、さすがにイチゴとかだと制御できないわよね?」
「
「そうね。今の所、<リンゴ>で全部制御できてるからいいけど、それこそ宇宙規模の活動を始めたら、末端は現地AIに任せるしか無いものね。今後もお願いするわよ」
「
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