第92話 見守る司令官(無職)
迅速な物資輸送と兵力展開のため、
防衛の問題からオイルポートの滑走路建設は見送るつもりだったのだが、思いの外順調に占拠が可能であったことと、やはり第2要塞からの出撃では時間がかかるためで、防衛設備と共に航空基地機能をもたせることにしたのだ。
滑走路の建設となると、さすがに多脚重機では動作効率が良くないため、タイヤ式、無限軌道式も第2要塞から運搬する必要がある。
さっさと運用開始できれば貨物機の離発着が可能になるため、船便ではなく空挺で各種機材を投下することとした。
貨物船だと時間が掛かる上、現在航行中で第2要塞に戻ってくるのは3日後の予定だったのだ。
そんなわけで、また物資を満載した貨物機と直掩機が、第2要塞の滑走路から飛び立った。
「で、そのうちこれもジェットエンジンに置き換えたいわね。プロペラもかっこいいけど、速度が出ないし」
「
ターボプロップエンジンであればプロペラ機でも亜音速を叩き出す事は可能だが、やはり超音速にはジェットエンジンが必須である。
石油を安定的に手に入れることができるのであれば、航空機の置き換えは積極的に行っていくつもりだ。
現在、油田に到着した多脚機械群が、地中の詳細情報を収集している最中だ。じわじわと広がる探査済領域を眺めながら、彼女はため息をつく。
「何かやりたいけど、何もやることがないわね」
「大変申し訳ありません、
本当に申し訳無さそうに頭を下げる<リンゴ>に、彼女は笑って頭を撫でた。
「分かってるわよ。ただ、この状況で全く関係ないことをする気にもなれないのよねぇ…。うーん…」
彼女は相変わらず、自身の司令室から5姉妹の働きを見守っている。
これを機に、ということで姉妹達とも寝室を分けてしまったため、顔を合わせるのは食事の時間、休憩時間だけだ。それも長い時間ではないため、スキンシップはめっきり減ってしまっている。
まあ、姉妹達の本来の存在意義を考えると、それが正しい姿のはずだが。
そうして姉妹達が働いている中、何も出来ない彼女は悶々としているわけだった。
いっそ割り切って全く別のことを始めれば良いのだが、心配性の彼女はそれもできずに困っているのだ。
そんな
心拍や脳波情報を確認した限りでも、殊更にストレスレベルが高いわけでも無いため、ひとまず現状維持とすることを決定した。
「
というわけで、作戦期間中、<ザ・ツリー>の食卓は
これを通し、彼女の食事要求のレパートリーも増え、日々の<リンゴ>のメニュー考案タスクの負担が減ったとか、減ってないとか。
「エリカ、積み下ろし状況は~?」
「報告ー。船尾開口部は8割完了、船側開口部は5割完了ー。作業終了予定時刻は定刻!」
「オッケー」
「ウツギ、滑走路の建築状況はー?」
「報告~。掘り起こしは6割まで進行、砕石生産は予定通りー。
現在、大陸油田開発本部(イチゴ命名)司令室に詰めているのは、ウツギとエリカの2人である。1日24時間(本惑星基準)を3種類に区分し、常に誰かが詰められるようローテーションを組んでいるのだ。
大抵は1人だが、ウツギとエリカはペアで
「地盤改良材も配置完了だね~。今日も順調、順調~」
滑走路は、2,000mを掘り返し、柔らかい場所には砕石を敷き詰め、地盤改良材を充填して基礎強度を確保している最中だ。
<リンゴ>謹製の速乾凝固剤で岩盤並の強度を確保し、突貫工事にもかかわらず必要十分な構造強度と長さを備えた滑走路を、僅か7日という期間で整備しようとしている。
そして、その計画は順調に推移していた。
「えーっと、期間的には…。明日から管制塔の建設かー」
「お。資材は準備完了してるぞ~。うんうん、指揮AIちゃんはちゃんと仕事してるねぇ」
ウツギ、エリカの仕事は、現地の戦略AIに対し工程表を投げることと、その進捗管理だ。いくらスケジュールを立てても、細かい事象で予定は少しづつずれていくものだ。
当然ある程度のマージンは確保しているが、問題発生時はやはり柔軟な発想が可能な、彼女らの搭載するような
「今日のイベントは、あのおっきな岩盤の追加補強だけだったかな~」
ウツギの担当範囲で発生した問題は、地下の岩盤を詳細スキャンした際に発覚した、組織の断面を起因とする亀裂と強度不足の対応である。
原因は解析中だが、事前の音響・電波探知で発見できなかった不具合である。
岩石内で複雑に乱反射する超音波、ないし電磁波の作用により、偶然にもその亀裂が見逃されてしまったと推測されている。
強度不足のまま、その上に建造するわけにもいかなかったため、岩石を穿孔し芯材と補強材を流し込むという追加作業が発生したのだ。
「こっちはイベントは無かったなー。平和なのは、いいことだ!」
「平和が一番だよね~」
そんな会話を続けつつ、彼女らは無線通信で様々な情報を処理していく。
イベント、と呼んでいるが、そのイベント未満の問題は大量に発生していた。
それは、重機の故障であったり事前情報と異なる地質情報であったり、あるいは砂漠地帯の日照による部材の変形であったりする。
本来、こういった些事は現地の戦略AIに担わせるのがセオリーなのだが、オイルポートに設置されたAIには、今回の作戦に合わせて新造されたまっさらな
経験を十分に積んだ
もうしばらくすれば、現地のAIもこういった細かい調整もできるようになるはずである。
ただ、それまでは姉妹達が適切に軌道修正してやる必要があるのだった。
◇◇◇◇
突如現れたそれらに驚き、多くの生物がその場所から逃げ出した。
それらは大挙して押し寄せ、瞬く間にその場所を占拠した。昼夜の区別なく動き続けるそれらに、彼らは恐怖し、我先に逃げ出した。
幸い、それらは逃げた彼らを追ってくることはなかった。
しかし、その影響は確実に周囲に広がっていた。
折しも、嵐に伴う豪雨が降った後だった。
降り注いだ雨水自体は、照りつける太陽と保水できない乾燥した大地によって消え去っているものの、芽吹いた緑はこの機を逃すなとばかりに成長し、多くの生物に隠れ場所と食料を提供している。
縄張りを追い出された彼らは、食事に困ること無く周囲に広がり、生物相を激変させることになった。
そして。
日が落ち、気温が下がり始めた時間帯、餌を求めて魔物が動き出す。
突如として増えた自らの餌を、魔物は喜々として捕食していく。
餌が多ければ、周囲からそれを求めて肉食の生物が集まってくる。移動により空白になった地域には更に外側から生物が流入する。
砂漠の異変は、確実に周囲に広がっていた。
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