第64話 巨大ワームの襲撃

「電磁カタパルト展開」


 <リンゴ>の言葉とともに、ディスプレイに映された多脚地上母機の上部ハッチが開放される。滑らかな動作で棒状の電磁カタパルトが立ち上がった。長さは10mほど。垂直に立ち上がると同時に、広域監視ドローンが発進位置に固定される。


「広域監視ドローン、発進します」


 電磁的な発振音を響かせながら、瞬時に加速されたドローンが、地上母機から射出された。偵察ドローンは高度50m程度に到達すると同時に4枚のプロペラを展開、索敵を開始する。


「ドローンとの戦術リンクに成功。解析マップを表示します」


 ドローンからのデータを受け取った地上母機のコンピューターが、周辺情報を解析する。電磁波マップ、時間解析、音波探知。使節団後方、30m程度、街道直下。


「マーク。推定、地虫ワーム。移動速度が落ちています。探知した振動は急速に減衰中。この振動では、通常の人間の感覚器官ではまず気付くことはできませんね。地中を移動していますが、掘削音などはほとんど聞こえません」

「むしろ、よく気付いたわね」


はいイエス司令マム。各多脚戦車で地中の振動探知を継続させていましたので。近付く足音などがあればと考えていましたが、ワームは索敵対象外にしていたため気付くのが遅れました。申し訳ありません」


 <リンゴ>はそう言うが、そもそもが未知の魔物である。地中を移動するという特性上、もっと移動速度が遅いか、あるいは派手に音を立てていると予想していたため、想定外の接触になったのだ。

 むしろ、僅かな振動から迅速にワームを探知できたのだから、僥倖である。


「先手を打たれなかったんだから、問題ないわ。それより、今後はどうすればいいかしらね?」


 彼女は<リンゴ>をフォローしつつ、頼る姿勢を見せることで更に気持ちを上向かせるという高度な情報戦ご機嫌取りを行った。細やかな気配りが、超知性体の精神を安定させるのだ。


はいイエス司令マム。深度変わらず、移動中です。恐らく、真下から奇襲をかけてくると思われます」

「獲物の移動が止まったところで、下から丸呑みって感じかしら……。えげつないわね」


 とはいえ、相手の位置は把握できた。これで奇襲されることはないだろう。


「今時点では、ワームによる位置探知の仕組みが不明です。音か、振動か、それ以外の何かか。ただ、このままですと真下を取られますので、非常に不利です」

「……移動させたほうがいいかしら。多脚はともかく、馬車は急加速できないし……」


「馬車は、最悪、多脚戦車で押せば移動させられます。ただ、内部の人間や荷物の保証はできませんが」

「うーん……。ひとまず、地上母機の方で馬車を保持させましょうか。使節団の皆も、ある程度動けるんでしょう? 馬車から下ろして、徒歩で動いてもらったほうがいいんじゃないかしら」


はいイエス司令マム。では、そのように」


 というわけで、人形機械コミュニケーターから作戦提案を行う。馬車は地上母機の作業腕で確保し、内部の荷物はある程度諦めてもらう。

 幸い、重要な荷物は最初から地上母機の貨物スペースに保管している。

 使節団10人のうち、馬車馬2頭、馬に乗っていない6人はすぐに動けるよう軽装で地面に立った。護衛の4人は、それぞれ馬に乗ったまま警戒を続ける。

 さすがにワームと戦った経験のある者は居ないが、話は聞いたことがあるらしい。突然足元から飛び出すワームに、馬ごと食われたなどという逸話もあるとか。


 幸い、今はワームがどこにいるかが分かっている。静かに、しかし確実に、地中をこちらに向けて移動中だ。

 いつでも動けるよう暖気アイドリングを続ける多脚戦車MLT-E-012号機の直下を通り、まっすぐに使節団目指して動いている。


「どうやら、彼らの位置を探知しているようですね。一直線に向かっています」


 囮にならないか、と人形機械コミュニケーターを1体地上に下ろしたのだが、そちらには興味はないようだった。ワームの移動速度や、移動方向に変化がない。

 なので、ワームの位置を指し示しつつ、人形機械コミュニケーターも移動させる。


「……散開させたほうが、いいかしらね……」


 さすがに、自分たちに向けて移動するワームの脅威に、使節団の皆は腰が引けている。動かないほうがいい、とは伝えているが、確実に近づいてくるワームに、一歩、また一歩と脚が下がっていた。


「余計な刺激になる可能性があるので、もう少し待ってもらった方がいいのですが……。難しそうですね。はい、避難させましょう。まずは、全員で移動してもらいます」


 使節団達を移動させる。人形機械コミュニケーター1体を合流させ、なるべく音を立てないよう、ゆっくりと動いてもらう。


「移動速度、方向に変化あり。明らかに集団を探知して動いています」

「そう……。2手に分かれたらどうかしら」


 次は護衛馬4頭と徒歩組に分かれてもらう。反対方向に、ゆっくりと移動させる。ワームから見ると、獲物が左右に分かれた状態だ。


「……ワーム、動きが止まりました。分かれたことも探知できているようですね。護衛に動いてもらいましょう」


 馬4頭の護衛はそのまま移動させ、残りの6名と馬2頭はその場に待機させる。一応、即座に走れるよう心構えはしてもらう。


 やがて。


「ワーム、動き始めました。護衛4人の方へ進路を向けます。警告しますか?」

「逃しましょう」


 <リンゴ>が、人形機械コミュニケーターを介して護衛4人へゆっくり逃げるよう伝える。一気に距離を取りすぎて、使節団6人の方へ向かわれると困るからだ。


「ワーム、移動速度を上げました。狙っていますね」


 馬が駆け足で動き始めると、ワームも速度を上げた。さらに、僅かに地上に近付いているようだ。ワームの横を人形機械コミュニケーターに追随させつつ、逃げる4人に指示を出す。

 あまり直線的に逃げられると、本体と距離が開き過ぎてしまう。円を描くように、多脚戦車を中心に回らせる。


「振動音増加。掘削音が聞き取れるようになりました」

「……この音? こわっ。これ聞きながら、あの人達、逃げてるの?」


 ゴリゴリというか、ゾリゾリというか、そんな重低音が、地上の人間にも聞こえる音で響き始めた。地に付けた足からは、僅かな振動が感じられるだろう。使節団の6人もそれに気付いたのか、無意識に身を寄せ合っている。


 4人の護衛は、もうほぼ全力で馬を駆けさせている。時速50kmは出ているだろう。それでも、ワームは更に速度を上げ、彼らに迫っている。


「地上に近付いています。10秒以内に追いつかれます」


 疾走する4頭の馬、その背後の地面が盛り上がり始める。速度を上げ、また地上に近付いたワームにより、大地が押し退けられているのだ。その距離は、目に見えて近付いている。


 並走する人形機械コミュニケーターからの視界、そしてドローンからの俯瞰映像。それを見ながら、司令官イブはごくりと唾を飲み込んだ。

 見ているだけでも緊張するのだ、逃げている本人たちはどんな心境なのか。


「ワームから異音。速度低下……危険ですね」

『――散開!!』


 <リンゴ>が異常を検知。瞬間、人形機械コミュニケーターに命令を下し、限界の音量で叫ばせる。タイムラグはあるものの、その警告は何とか間に合った。


 護衛4人は、さすがに戦いを生業にする者たちである。その声に、即座に反応。馬を操り、2頭、2頭で左右に跳ねさせる。


 そして、それとほぼ同時。


 地面が爆発、そこから地虫ワームの巨体が出現した。



 土煙すら吹き飛ばし、赤茶色の頭部が斜めに伸びる。

 先端には、不揃いの黒い牙がずらりと並び、中心は大きく口を開けている。

 繊毛のような、牙のような鋭い何かが大量に生えたその口腔内に、巻き込んだ土や岩石が吸い込まれた。


 直径は、3mを超えているだろう。


 人と比べるには、それはあまりにも巨大だった。


『ぅおおぉぉおぉぉーッ!!』


 間一髪、愛馬とともにその突進を避けた護衛が、こちらにも聞こえるほどの大声で叫んでいる。

 当然だ、あんな巨大な怪物が真後ろから襲いかかってきたのだ。

 パニックになっていないだけでも称賛せざるを得ない。


 飛び出したワームは、その勢いのまま空中にアーチを描く。撒き散らされた石の破片が護衛達や人形機械コミュニケーターにバチバチとぶつかっているが、些細な問題だ。

 もしあのワームの巨体に掠りでもしたら、五体がバラバラになるだろう。


 そして、<ザ・ツリー>の人工A知能Iがそれを見逃すはずがない。


 胴体はいまだ地面から出きっていないものの、最も自由に動くであろう頭部が空中にあるのだ。

 既に照準は終えており、護衛達4人も、人形機械コミュニケーターも危害範囲外。


 多脚戦車に搭載された戦術AIは、絶好の機会と判断した。


 砲弾装填済みの砲身レールに、コンデンサに溜め込まれた大電流が流れ込む。ローレンツ力により加速された砲弾が、プラズマの尾を曳きながら、初速5,000m/sで砲身から飛び出した。

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