第179話 ホットスポット
「まあまあ生えてるな」
案内役として雇われているため、目的が果たせそうで安心したらしい。
「サルファ、これだ。こんな感じで、魔素計の針が振れるだろう。なぜかは分からないが、ここら一帯の魔素濃度が高いのさ。で、魔素濃度が高いと、薬草が育つと」
「……。魔素計の針が振れるのは、理由が?」
「ん? んー、なんだろうな。しばらく置いておくと止まってる気がするけどな。きっちり針が止まるものでもないし、そういうもんだ」
「そうか。了解した」
この魔素計は手に入れるべき、と、<コスモス>は判断した。早速、ノースエンドシティ内の端末に探索を指示する。
「クリス、アトロ、こっちだ。これがマグワート。葉を収穫して使う。傷軟膏の素材になる」
グラヴァーが指差す先を、クリス――ベータ・クリサンサマム=コスモスは興味深そうに観察を始めた。
「傷軟膏?」
「外傷に塗ることで、炎症を抑え、化膿を防ぐ。傷の治りも早くなる。そういう魔法薬だ」
マグワート。<リンゴ>の画像解析から、
「葉の収穫は、ひと株で半分程度を目安にする。そうすると、3日ほどでまた収穫可能になる。取り過ぎは厳禁だ」
「これは、ホットスポットにしか生えない?」
「いや。草原にも生えている。ただ、魔法薬にして効果が出るのは、ホットスポットに生えているものだけだ。街中の空き地にも生えるくらい、色々なところで見る植物だ。普通に食べることもできる」
解説しつつ、グラヴァーはプチプチと葉っぱを千切り、編み籠に入れていく。
「マグワートは、ひとまず今日はこの籠いっぱいに収穫する。あと、パーティーの役割だが、こういう採取は基本、俺が対応することになっている。レイダスが周囲の警戒役、ナディラが俺の護衛だな」
「役割分担か。確かに合理的だ。だが、普段も3人で行動している? 採集役を増やしてもいいのでは」
作業人数は多いほうがいい。
それは、機械文明を極めている<ザ・ツリー>ならではの感想だろう。
「そいつは、俺らもちょくちょくに考えてはいるんだぜ」
そして、その疑問に答えたのは、パーティーリーダーのレイダスだった。
「採集家を増やすと、護衛も増やさないと守りきれねえ。護衛を増やせば人数が増える。装備も食料も、その分増やさないといけねえ。何より、人間ってのは相性ってもんがあるんだ。気の合う奴じゃねーと、魔の森で何日も一緒に過ごす、なんて絶対無理だ。俺らのパーティーで人数を増やすとなると、同時に2人見つけなきゃダメなんだが……」
「これでも、私達は子供の頃から組んでるから。勝手知ったる何とやら、よ。いまさら新しいメンバーを入れても、うまくやっていく自信はないわ」
ちなみに、冒険者のパーティーは、3人から5人、多くても6人まで、というのが慣習らしい。流石に3人は少ないようだが。
それでも、彼らの3人パーティーは、安定感があり人格もよく、何より腕がいい。
<パライゾ>から要請された案内役として選ばれたのも、無理はないだろう。
「なるほど。確かに、人間関係は難しいものだ」
「マグワートはこれでいい。次はこっちだが、大丈夫か?」
話し込んでいる間に、マグワートの葉の採集が終わったらしい。グラヴァーはマグワートの株の周囲の草をざっと刈り取り、立ち上がった。
「こういう薬草以外にも、普通の草も生えるからな。慣習だが、こうやって余計な草は刈り取っておけば、次からも採取しやすい」
「狩り場のマナーという認識で合っている?」
「そうだな」
グラヴァーは頷き、次の薬草の場所まで歩く。
「これは、ミニオニオン。まあ、匂いからすると、野菜のタマネギと同じ種類だろう。ここに生えているのは、この根本の玉がそれほど大きくならない種類だ。街の市場で売られてるのはもっと大きいが、ここのは薬草だ」
細長い葉が密集して地面から突き出しているその周囲を掘り、端から何株かを引き抜く。
説明の通り、根本が直径2cm程度の大きさに膨らんでいる。
見た目は、たしかに小ぶりな玉葱だ。
「これも、取るのは半分にする。ただし、とりあえず全部掘り出してから、半分を埋め戻す。埋めるときは、株を分けて少し離して植える。そうすると、勝手に増えるから次にまた採集できる。こいつは育つのに少し時間がかかって、元通りになるのに5日くらいだ」
グラヴァーはそう説明するが、5日程度で成長して増殖していくというのもなかなか
「ミニオニオンは、この根本の玉を使う。葉は不要だ。玉は、飲み薬の原料だ。効果は身体活性。魔力の回復も促進される。そのまま食べても効果がある」
「さきほどのマグワートもだが、薬草の保管は?」
「マグワートは乾燥させれば数ヶ月は保つ。ミニオニオンは、日に当てなければ数週間といったところだ」
説明しつつ、グラヴァーは作業は止めない。葉を落とし、根も落とし、ざっと土を払って新たに取り出した編み籠に詰めていく。そして、説明通り半分ほどはそのまま土に埋め戻した。
「ここに生えている薬草は、あとひとつ。ああ、ちょうどクリスの足元にある。タラクサカムだ」
<リンゴ>はそれを、
「こいつは、狙うのは大きめの株だ。使うのは根だな。葉は食べることもできるが、うまくもないし、薬効もない」
グラヴァーは周囲を見回し、比較的大きな株の傍に座り込む。
手にした細長い堀具を使い、タラクサカムを根ごと掘り起こす。
「タラクサカムは、そこらにたくさん生えているから、大きいものから取っていけばいい。取り尽くしてもどこかから種が飛んでくる。まあ、小さいのは薬には使えないから、取り尽くすことなんて無いだろうけどな」
タラクサカムの根は、そこそこに太く立派なものだった。上部の葉を落とし、土を払い、これも新しい編み籠の中にしまう。
「タラクサカムの薬効は、傷の治りを早くすることと、解熱鎮痛だ。飲み薬の原料になる。こいつを乾燥させれば、半年くらいは問題なく使える」
さくさくと掘り進め、ミニオニオンとタラクサカムを次々と採取していくグラヴァー。
その様子をじっと観察するクリスとアトロ。サルファは、ゆっくりと周囲を見渡していた。
「普段は、自分で持ち帰れるだけを持ち帰る。だから量も限られる。だが、その後ろにいるバックパッカーに載せることができるなら、こういう採集活動も捗るだろう」
「……。そうか。ちなみに、バックパッカーは魔物からの攻撃対象になると思う?」
「どうだろうな。魔物が、何の理由で襲ってくるかなんて分からない。縄張りに入った、とかなら、たぶん襲われるだろう。狩りのためなら、あのバックパッカーは動物には見えない。積極的には襲われないのではないか」
魔物の生態は、あまり分かっていない。経験豊富なこの3人でも、知っているのは表面的な事だけだ。
彼らは冒険者であり、研究者ではない。故に、魔物の行動パターンは知っていても、それが何を意味するかまでは考えない。考える必要もない。
「魔物ってのは、大抵、元になった動物がいる。中には似ても似つかないやつもいるがな……。とにかく、魔物になっても元の動物と行動は似ている。似ているが、完全に同じでもない。俺達冒険者は、なるべく避けるか、あるいは罠に掛けて戦っている」
冒険者といいつつ、彼ら3人は慎重な性格だ。案内役にはもってこいだが、面白みはないだろう。<パライゾ>の目的である、魔物の研究、ひいては魔法の研究という面では、些か探究心が足りない。
しかし、その点は、<パライゾ>側で行動すればいいのだ。
いや、逆に現地の研究員という体で雇ってもいいかもしれない。
何にせよ、彼ら3人パーティーは、<パライゾ>から見ても非常に優秀だった。
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