第130話 がんばれ陸軍

「海軍と陸軍の対立が表面化してきたようです」


 <リンゴ>の報告によると、いままでのらりくらりと追及を回避していた海軍だが、いよいよそれも難しくなってきているとのことだった。


「それは、今後の交渉に影響があるのかしら?」

はいイエス司令マム。会談の場に、陸軍関係者が参加する可能性があります。基本的に、陸軍は海軍の足を引っ張ることしか考えていませんので、全ての交渉において障害が発生すると想定されます」


 こうなる前に、何かしら条約締結をしてしまいたかったのだが。

 結局、お披露目パーティーでの騒ぎもあり、交渉が数日ほど停止してしまっていたのだ。


 海軍は現実主義者が多く、妥協点の模索については非常にやりやすい話だった。

 しかし、陸軍は違う。

 海軍と異なり目立った功績もなく、常に海軍の後塵を拝している状況だ。

 それも、追い抜くことではなく、足を引っ掛けることを考えているような救いのない組織である。


 海軍の活躍により、陸軍の存在意義が薄れてしまっているというのも問題なのだが。


「うーん。結局、陸軍としてはどうしたいのかしらね? いまいち何をしたいのか分からないんだけど」

「分析したところによると、まとまった勢力が少なく、様々な派閥が群雄割拠といった状態のようです。予算は年々目減りし、海軍に持っていかれる。装備は旧式化し、更新の目処もたたない。国境警備の役割も、隣国と接するおよそ100km程度の境界線のみ。そこも、両側の海から海軍が睨みを利かせており、中央部には要塞が築かれていますので、鉄壁の防御状態です」


 そもそも、隣の<麦の国ヴァイツェンラント>とは友好的条約を締結済みであり、陸軍が警戒すべき隣国が存在しないのだ。

 唯一、海からの上陸侵攻を警戒する必要がある程度。

 それも、周辺はレプイタリ王国から見れば弱小国家ばかりであり、警戒するに値しない。


 当然、充分な海軍力と、上陸されても押し返すだけの陸軍戦力がある、という前提だが。


「陸軍は、祖国防衛に必要な力のみを求められています。そのため、元々は潤沢にあった予算を適正に落とし込むため、何かと理由を付けて削られています。その理由付けに海軍がダシにされることが多々あり、目の敵にしているようですね」


「へえ。八つ当たりなのね」


 司令官イブは、陸軍をバッサリと切って落とした。


「大陸と地続きとはいえ、性質は海洋国家ですので、陸軍の力が衰えるというのは時代の流れですね。当初はこの半島を制圧していますので、強力な陸上戦力を持っていたのですが」


 半島を制圧し一国家としたことで、陸軍の必要性が無くなったのだ。ここでうまく解体し、海軍へ人員をシフトできていればよかったのだが。


「陸軍はそのまま残り、もともと沿岸警備程度の装備人員しか無かった海軍は、何らかのブレイクスルーを達成し、陸軍に頼らずその権勢を手に入れました。海外から金品を収奪し、国を富ませた海軍は、次世代のスターです。陸軍は迎合に失敗し、結局火種のみが残っています」


「ふーん…」


 <リンゴ>が表示しているのは、スパイボット網から入手したデータを詳細に解析した勢力関係図である。

 各人物の派閥、影響力、人気度などを数値化し、独自解析を行ったものらしい。


「独自と付けると急に胡散臭くなるな…」

「アカネがどうしてもと」

「仕方ないわねぇ」


 海軍はピラミッド状に綺麗にまとまっているが、陸軍はごちゃごちゃだ。トップが誰かすらよく分からない。

 さらに、それを取り囲むように各地の領主や貴族、商人達がそれぞれ存在を主張している。


「レプイタリ王国は、これまでは拡張路線を取り続けていました。ここに我々が楔を打ち込み、内政へ目を向けさせることに成功しています」

「正直、そこまで考えていたわけじゃないけど。こうして見てみると、また内戦でもやらかしそうなくらい混沌としてるわねぇ…」


 今の所、国内の関心は海外へ向いており、ある意味で安定していると言える。国内事情に関係なく海外から富が流入するため、国民全員が何らかの形で恩恵を受けているのだ。


 しかし、ここで拡大路線にブレーキが掛かる。


 自分たちより遥かに強大な勢力が存在するとなると、世論がどう動くか分からないのだ。


「交易できればいいんだけど。海軍は粘れるかしらねぇ…?」


◇◇◇◇


「海軍に任せたままでは、不利な条件を結ばせられるだけだと言っておるのだ!」

「その通り。船の性能で負けているからと言って、臆病風に吹かれては困る!」


 案の定というか、提督級会議は紛糾していた。


「対応次第で、我らが麗しのモーアに砲弾が撃ち込まれるかもしれんのだぞ! 迂闊な対応はできんと言っているのだ!」


「その態度が軟弱だと言っているのだ! あの船の大砲が問題だと言うなら、こちらも大砲を並べればよいではないか!」


「市街地に大砲を並べられる訳が無いだろうが!」


 慎重な対応を目指す海軍に、主導権を握られまいと反対する陸軍。統合司令部は機能しなくなって久しく、閑職扱いで回された老将軍達は、ただただ無言を貫いている。


「今の体制では不平等条約を押し付けられた時に反論できる者がおらんのではないか?」


「我々の交渉役を侮辱する気か! 交渉担当は歴戦の者を充てている!」


「ふん、どうだかな。弱腰の貴様ら海軍共では、少し突かれただけでも引っくり返るのではないか?」


 会議という名を借りた、言葉の大乱闘会であった。


 とはいえ、この会議も陸軍のガス抜きという大切な役割を持っている。

 故に、海軍側で叫んでいるのは准将や少将クラスであり、大将、中将は会話の趨勢を見守っていた。


「交渉の席には、我々陸軍も同席させていただくぞ。否はないだろうな?」


「相手は陸軍との会話など望んでおらんぞ! もし機嫌を損ねたら、責任は取れるのか!?」


「機嫌で対応を変えるような国を、相手にするだけ無駄であろう!」


「国内統率すらできない、野蛮な国家と見られてもいいのか!」


「碌な意見もできない腰抜けと侮られるより、よっぽどマシであろう!」


 議場は暖まりきっており、いつ掴み合いが発生してもおかしくないほどの罵詈雑言が飛び交っている。

 傍から見れば馬鹿馬鹿しいやりとりなのだが、当事者達は本気で叫んでいる。


 従来、陸軍も海軍も、ガス抜き、という裏事情は暗黙の了解として定期的に開催してきた会議ではあるが。

 その範疇を超え、本格的な罵り合いの場に変わってしまっていた。

 元々、こういった事態も警戒し、武器の持ち込みを一切禁止としていたことだけが救いだった。


 ◇◇◇◇


「盛り上がってるじゃない」


はいイエス司令マム。もし海軍が押し切られて陸軍が会合に参加してくるようなことがあれば…」

「余計なことを言ってきたら、ぶっ飛ばす?」


はいイエス司令マム。それも選択肢の一つです。政変程度であれば放置しますが、クーデターなどを起こされると面倒ですので、その気配があれば事前に潰すのも吝かではありません」


 議会内から中継される、大乱闘。

 それを観戦しながら、司令官イブと<リンゴ>はのんびりと会話を続ける。


「ここで、燃石の取引とか打ち込んだら、阿鼻叫喚よねぇ」

はいイエス司令マム。弾薬庫に焼夷弾を撃ち込むようなものでしょう。盛大な花火とともに、国の中枢が吹き飛びますね」


 現在、<パライゾ>は武力で脅しつつ有利な条約を結ぼうとしている状態だ。

 そこに、燃石という文字通りの燃料をくべるとどうなるか。


「海軍は当然確保したいところですし、陸軍も欲するでしょう。商会も黙ってはいません。壮絶な奪い合いが発生することが目に見えています」


 そんな訳で、提示している運搬品目からは、意図的に燃石は外している。

 とはいえ、その目録ですらレプイタリ王国側からすると魅力があったようで、食いつきは非常にいいのだが…。

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