第158話 墜落

「タイタン、戦線離脱を開始。現地戦略AIが作戦再演算申請。受諾。テレク港街拠点のリソースを使用。演算終了。新たな作戦行動を開始しました」


『戦闘機192機が戦闘空域に到達しましたぁ! オケアノス戦術AIの指揮下へ、権限移譲!』


 映像の中、ワイバーンの放ったブレスによって胴体部を貫通されたタイタンが、炎と煙を吹きながら大きく旋回を開始していた。


 貫通箇所は、全翼構造の中央部、やや前方、左寄り。心臓部であるコンピュータ群には影響ない場所だが、2基ある核融合炉のうち、片方に致命的なダメージが発生していた。


「B系統の核融合炉を緊急停止しました。滞留エネルギーの強制排出を実施中です。

 エネルギーラインのオーバーフローにより、メインエンジン12基が損傷。サブエンジン2基が使用不能。

 左舷レーダー動作効率低下。武装稼働率は20%を下回っています。

 緊急離脱のため、ロケットブースターを使用します」


 エンジン損傷により失われた加速力を補完するため、タイタンは艦後部に設置された6基の固体燃料ロケットを点火する。

 メインのプラズマジェットエンジンは、20基あるうちの12基が損傷ないし全損。

 サブとして起動したジェットエンジンも、8基のうち2基は設備不具合により動作不能となっている。


 ブレス一発の直撃のみで、いきなり満身創痍である。


 そして、2系統ある核融合炉は、直撃こそ免れたものの、周辺設備が吹き飛んだため片系統は完全に沈黙していた。


「状況は?」


はいイエス司令マム

 タイタンは離脱軌道に遷移。

 艦内で大規模な火災が発生しているため、消火作業中。

 飛行は可能ですが、フラタラ都市郊外拠点まで辿り着けるかは五分五分です。

 ワイバーンは逃走を開始。高度を下げ、飛行速度を上げています。

 オケアノスは健在。

 指揮下に入った戦闘機群を使用し、攻撃を再開しました」


 降下を始めたワイバーンは、その飛行速度を一気に上げている。

 恐らく、音速は超えるだろう。


 だが、それに追いすがるのは、極超音速ミサイルと腹面レールガンから撃ち下ろされる徹甲弾だ。多少速度が出たところで、逃げ切れるものではない。


「オケアノス、メーザー砲を使用。ワイバーンの頭部へピンポイント照射を実施しています」


 更に、頭部にあると思しき感覚器官に向け、大出力のメーザー砲が照射される。

 ワイバーンが使用するマイクロ波帯域に対し、ジャミングを仕掛けたのだ。


 人間に例えると、全力疾走中に超強力なサーチライトでいきなり照らされたようなものだ。


 平衡器官を狂わされたのか、単に驚いたのかは不明だが、ワイバーンは降下しながら錐揉み状態になる。


 そこに殺到するミサイルと、大量の徹甲弾。


 防御膜による加速度変換は、既に予測演算に必要なサンプルは十分に揃っていた。

 ミサイルの突入と、降り注ぐ徹甲弾による衝撃が加速度に変換されるが、その加速方向は75%以上の的中率で、現地戦略AIによって制御されていた。


 そして、計算通りのタイミングで、防御膜が輝きを失った。


多段電磁投射砲コイルカノン、発砲。貫通しました。ミサイル群、各砲弾の直撃を確認」


 そして、防御膜が消えたワイバーンに、狙い澄ました大量のミサイルと砲弾が襲い掛かる。

 砲弾が、ミサイルの爆発が、鱗を削り弾き飛ばした。


「直撃弾多数。与ダメージ解析中」


 多段電磁投射砲コイルカノンの放った砲弾は、首の後ろから反対側に向けて貫通。

 その他、多数のレールガンの砲弾は、貫通こそしなかったものの全身を大きく傷つけていた。

 ミサイルも鱗と皮膚を吹き飛ばし、皮下の筋肉組織を超えて内臓にまでダメージを与えているようである。


「ワイバーン、加速現象消失。空気抵抗により減速しています」


「こ、今度こそやったか……」


 不自然な体勢で回転しながら、ワイバーンは地上目掛けて落ちていく。そこに、何らかの動作は感じられなかった。


「ワイバーン、沈黙を確認」


『お姉さま、ワイバーンが発していたマイクロ波も消失を確認しました。恐らくは死亡、最低でも気絶はしていると判定します!』


「気絶……。まあでも、防御膜が復活している様子はないし、あの落下速度で地面に叩きつけられれば、いくら超生物でも耐えられないわよね……」


 大気との摩擦があるため、落下速度はそれほど速くはならない。

 それでも、時速数百kmという速度で地面に激突すれば、少々体組織が強化されている程度の硬さでは、到底耐えられないだろう。


 あの<レイン・クロイン>であれば、もしかすると耐えきれるかもしれないが。


『お姉さま、タイタン消火完了しました! 被害は甚大ですが、なんとか基地までは飛行できそうですよ!』


「そう、よくやったわね。処女出撃でいきなり墜落とか、縁起でもないことにならなくてよかったわ」


 ギガンティア部隊は、地上制圧戦においては無類の強さを発揮する。

 遥か高空から大量の地上制圧機を降下させ、そして複数の砲台により支援砲撃も可能だ。

 飛行速度は時速1,000kmを超え、必要な戦場へ迅速に移動できる。

 また、核融合炉から生み出される莫大なエネルギーを使用し、周辺一帯の指揮下ユニットへ給電も可能だ。

 当然、それらのユニット全てを制御しきれるだけのAIも積んでいる。


 まさに、飛行要塞。


 だがそれでも、空力飛行を行っているという特性上、装甲が薄いという弱点を持っている。


 今回は、その弱点を直撃されたのだ。


 しかも、最前線だったということもあり、エアカバーも不足していた。

 というか、飛行型の敵が寄ってくる事を全く想定していなかったのだ。

 それでも、最低限の直掩機を随行させていただけでもファインプレーである。


 数百kmも離れた場所から、よりによってドラゴンが襲い掛かってくるなど、予想できるはずがない。


「アフラーシア連合王国の制圧は予定通り終わったのに、あのワイバーン、たった1匹で全部掻っ攫って行ったわね……」


はいイエス司令マム。大変申し訳ございません。全く想定しておりませんでした」


 それはそうだ。司令官イブも、何より朝日アサヒすらワイバーンについて予見することは出来なかった。

 <リンゴ>を責めるのは無理だし、気落ちしている<リンゴ>を見ると、心が痛む。


「気にしないの、<リンゴ>。こればっかりはどうしようもないわ。この理不尽ファンタジーな世界じゃ、何が起こるかわからないもの」


 司令官イブは<リンゴ>を慰めつつ、広域マップを確認する。


 アフラーシア連合王国の主要都市は、全て押さえた。

 公爵級の本人及びその家族も、全て居場所を特定済み。何かあれば、すぐに対処可能だ。


 各街の主な兵力も、ほぼ全て制圧済みである。

 僅かな抵抗勢力が反抗組織レジスタンスを結成する可能性はあるが、まあ、特に問題ないだろう。


 なにせ、<パライゾ>には優秀な諜報網が存在するのだ。


「さて、残るは東門East gate都市cityね。実質的には占拠済だけど、一応、有力者は押さえて指揮権を剥奪。最後に、森の国レブレスタへの通達ね」


はいイエス司令マム。これをもって、<お前のWhat'sものはyours俺のものis mine>作戦は完了となります。本日、日没までに完了するでしょう」


 なんとかなった。


 大きく息を吐き、司令官イブは椅子に沈み込んだ。


「しかし本当に、油断ならないわねぇ……。あと、アサヒの言ったとおり、本当にドラゴンが出てくるなんて」


『それほどでもお姉さま! でも、さすがにアサヒも、このタイミングで出てくるとは思っていませんでしたが!』


 モニターの中で、アサヒは万歳しながらくるくると踊っている。

 ドラゴンという、ファンタジー世界の代表とも言うべき魔物サンプルが手に入るため、興奮しているらしい。


 ただ、踊りながらも無線で大量の指示を送出し続けており、仕事はきっちりこなしていた。

 見苦しいと言うだけで、注意するほどのことではない。というか、司令官お姉さまはむしろ、微笑ましいという表情で眺めていた。<リンゴ>は沈黙を守る。



 そんな騒ぎの中、銀のドラゴンは、減速する素振りも見せず、魔の森の浅層に墜落した。

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