第36話 閑話(テレク港街・鉄の町)
<パライゾ>の戦艦(正確には駆逐艦だが、町民の認識としては戦艦だ)が駐留すると触れがあった直後は、少なからず混乱があった。これまでは、なんだか分からないが優美な船で安い鉄屑を買い漁っていく上客、という認識であったのだから、当然だろう。彼女らが急にその牙を街に向けたのではないか、と不安に思った町人が多かったのは事実だ。しかも、初日に行われた一斉砲撃、その衝撃は測りきれない恐怖を植え付けた。
だが、時が経つにつれその恐怖は払拭され、更には歓迎ムードへと変わっていく事になる。難民たちを襲っていた盗賊団を大砲で吹き飛ばしたことや、供給される大量の食糧、農具、そして武器の話が広がるごとに、<パライゾ>の評価は上がっていった。
特に、武器の供給については大いに歓迎された。常識的に考えて、これから支配しようとしている勢力に武器供給など行わない。対等に見られているという認識は、自治に対する機運の高まりに乗りかかる形となり、多くの志願兵を生み出すことになった。品質の揃った大量の剣、弓、矢。町人の多くは、詳細はさておき現在の情勢は理解している。テレク港街が無事に運営できているのは、何より立地と交易品のおかげだと。供給された武器を手に、志願兵たちは訓練に明け暮れることとなった。
「<パライゾ>の求めている鉄を、手に入れなければならない」
彼女たちは多くを求めない。現時点では、ただひたすらに与えてくれる存在だ。だが、それは対価があってこそである。多くを与えてくれるのは、彼女らが求める鉄を手に入れることができるから。幸い、街の中の鉄を供出することは求められなかった。そこまで求められれば、さすがに彼らもこの状況を受け入れる事はできなかっただろう。彼女達が目を付けているのは、内陸にある鉄の町。輸送隊が途絶えたために情報が入らなくなっているものの、最後に確認された状況であれば、まだ籠城は続けられているはずだ。元々定住者は少なく、鉄以外の特産品もない小さな街だ。炉で使用する燃料の供給が途絶えており、鉄鉱石の採掘も行われなくなっているとも聞いている。
で、あれば。
彼女らが求める通り、鉄の町を解放しに行くべきだ。そこに彼女らの求める物があり、そしてテレク港街にはそれを奪還する力がある。
そして、テレク港街が本格的に独立を始めておよそ4ヶ月後。志願者により構成された第一陣が、鉄の町へ向けて出発した。
◇◇◇◇
絶望、あるいは諦観。目減りしていく食糧、頻繁に現れる盗賊や降伏の使者。周辺の汚染された水源ではまともに食糧の栽培もできず、立て籠もる町人達は疲弊していた。
あと1週間もすれば、何かしらの決断をしなければならない。そんなタイミングで、最後まで交流のあったテレク港街から、援軍が到着したのだ。謀略を危惧する声もあったが、鉄の町の人々はテレク港街の提案を受け入れた。
即ち、防衛戦力の駐留と交易の再開。再び鉱山を動かし、掘り出した鉄鉱石と引き換えに食糧を得るのだ。サンプルとして持ち込まれた干物や海藻類、そして何より、安全な水。
鉄の町の水源は、鉱毒によりすっかり汚染されてしまっている。元々かなり硬度の高い水だったのだが、採掘を進める内に取り返しがつかないレベルで汚染されたのだ。そのため、鉄の町では雨水をためて利用するというのが一般的になっていた。天候に左右され、また気候によってはかなりの節制を要求される。飲料水の絶対量が町の住民数の制限にもつながっていたため、持ち込まれた保存水は大歓迎された。いつでも好きなときに、安全で混ざり物のない水を飲めるというのは、革命的な出来事であった。
早速、山になっていた未精錬の鉄鉱石が荷馬車に積み込まれ、テレク港街へ送り出される。残った男達は気勢を上げ、坑道へなだれ込んだ。久しぶりにもたらされた食糧と大量の水に、女達は喝采しながら煮炊きを始めた。
俄に活気を帯びた鉄の街は、即座に周辺勢力の知るところとなる。最初に襲いかかったのは、近くに拠点を持っていた盗賊達だった。商隊が町に入ったのを確認した彼らは、手勢を集め、次の日の夜には鉄の町に襲いかかる。そして、テレク港街の守備兵に蹴散らされることとなった。
盗賊達は、奪った武器や防具で武装し、夜の闇の中、町へ入り込もうとした。相対したのは、<パライゾ>からもたらされた装備を身に着けた男達。なまくらでは傷を付けることすら敵わない強靭な糸が織り込まれた防具と、切れ味と頑丈さを兼ね備えた
そしてこの襲撃と撃滅という結果は、鉄の町の町人と守備隊の士気を著しく向上させることになる。自衛と自治、交易対価による生活必需品の獲得が可能となり、一時はどん底だった鉄の町は、その活気を徐々に取り戻していった。
そうして数週間が経過し、今度は近くの領主からの接触。ある物を全て差し出せという内容に、当然町人は反発。使者が非常に横柄な態度であり、また護衛共々武器を抜くという暴挙に出たため、使者一行は全員が殺されることになった。この事態は最初から予想されており、テレク港街側からその後の指示が行われていた。町は即座に防衛体制を敷くと共に、防壁の設置に取り掛かる。鉱山から出た屑石を積み上げ簡易の防壁を作りつつ、周辺の木々を伐採して木材に加工、馬防柵や弓兵用の櫓を作り上げる。何度か送られてきた領主の使者を全て討ち取り、時間を稼ぐ。領主側が鉄の町の状況を把握する頃には、防衛用の施設はすっかりと準備が整っていた。ここで活躍したのも、<パライゾ>が準備した工作道具である。荷運び用の一輪車や土木作業用のスコップ、ノコギリやハンマー。鋼鉄製の道具は作業効率を飛躍的に向上させ、瞬く間に籠城の準備は整った。
最初に差し向けられた兵力は、外壁に取り付くことも出来ずに敗走する。
次に送られてきたのは、領主の主力と思われる軍勢だった。テレク港街との通商路を確保する必要もあったため、守備隊は野戦でこれを迎え撃ち、犠牲を払いつつも撃退に成功した。
主力を失った領主は、その隙を突かれ別の勢力に打ち破られる。その混乱により鉄の町の情報は記録から失われ、どの勢力からも認識されない空白地帯となった町は、しばしの平和を享受することになった。
◇◇◇◇
「鉄の町との通商は順調か。鉄鉱石も採掘できている。……ああ、<パライゾ>の道具を使えば、今まで掘れなかったところも掘れるようになったと……」
「へい。坑道も増やせるようですぜ。あの、原理もよく分からねえ探知機とかいうのを使って、新しい鉱脈も見つけたとかでさぁ」
「……言っちゃ何だが、本格的に<パライゾ>に命脈を握られている感じだな……」
「お、そうですな、はっはっは! 商会長もあっしらも、あの嬢ちゃん達にゃ頭が上がんねぇですなぁ!」
「笑い事ではないが……笑うしか無いな」
「あっしはもう諦めましたぜ! ありゃあどうしようもないですわ!」
「……そうだな。諦めてしまうのが楽なんだがな……」
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