第169話 救命と殲滅
アフラーシア連合王国の主要都市全ての武装解除を済ませた日から、<パライゾ>は国境警備を開始していた。
国境線の確定のため、多数の多脚重機とその随伴の多脚戦車、そして給電ドローンが投入される。
最終的には各地に監視塔を建設し、電源供給もそれらを起点に行う予定である。
ただ、今は測量のため、地道に国境と決めた場所に金属製の怪物を走らせていた。
(管理されていない土地であるため、国境線は決めたもの勝ちだ)
アフラーシア連合王国の国土は、大半が荒野である。
当然、王国の力ではこの荒野を管理することは出来ない。
しかし、例え周辺国家がこの土地を奪ったとしても、これを維持することは出来ないだろう。
それほどまでに、過酷で不毛な土地なのだ。
(棄民などはよく入り込んでくるが)
この荒野は、元は普通の土地だった場所を溶岩が覆い尽くし、不毛な大地に変えることで発生した。
それゆえ、地下水自体は豊富に存在しているのだ。
よって、地殻変動や風化によって表面の溶岩石を割って水が染み出す場所が、ところどころに存在している。
そういった場所を運よく確保できれば、少人数での生活が可能となる。
水が供給されるため、大地を掘りやすくなり、また燃石の採掘も可能になる。
そうして生き延びた棄民と、燃石を買い取るために移動する商人キャラバンが取引をしつつ、国境沿いの荒野は僅かながらの経済圏が発生していた。
(違法集落は全て、パライゾによって接収済みである)
だが、アフラーシア連合王国の掌握と同時、<ザ・ツリー>は余剰戦力を投入してこれらの集落を全て陥落させていた。
いや、陥落、というほど武力による抵抗を受けた訳では無いが。
有無を言わさず、多脚戦車と
集落のあった場所はオアシス化しているため、それらを拠点に、現在は監視塔の設置を進めている。
(棄民たちの抵抗は、想定よりもかなり小さかった)
食料をばら撒いたのが功を奏したのだろう。
結局、彼らは食うに困ってこんな荒野で喘いでいたのだ。
労働を対価に、適正な食料を分配される。
ただそれだけで、ほとんどの棄民達は、<パライゾ>の配下となることを了承した。
極少数、違法集落で利権を貪っていた一部の人間達のみ、教育が必要だっただけだ。そんな彼らも、今はちゃんと労働している。
(問題は、未だに棄民達が侵入する気配があること)
荒野の生活は過酷だ。
食料はほとんど採れず、商人キャラバンが持ち込む保存食のみが頼りだ。
それらを買うためには、燃石を手掘りするしかない。
日中は日差しが強すぎるため、朝と夕方しか作業はできない。そうしないと、熱中症でたちまち死んでしまうだろう。
夜は涼しいが、明かりが無いため何も出来ない。蝋燭や油は貴重すぎて、とても手に入らないのだ。
当然、体の弱い者たちから死んでいく。
しかし、少なくとも、減った人数を補える程度には、棄民が集落に流れ込んでいる。
(隣国の状況は、あまり良くないようだ)
偵察衛星などで調査を進めてはいるが、経済規模が小さく、エネルギー消費文明ではないため、上空からの調査では思うように情報が入ってこないのだ。
アフラーシア連合王国西側の国境には複数の国家が接している。
(新たな侵入者を発見)
重機で国境を地均ししている最中、西側に移動する集団を発見した。
搭載されたAIは、状況を報告しつつ、直ちに行動を開始する。
これまで何度もやってきた作業であり、ある程度の裁量権も与えられている。
重機は作業を継続したまま。
多脚戦車が、その集団に向けて走り出した。
相手からすると、突然巨大な何かが自分たちに向けて突撃してくるのだ。たまったものではない。
しかし、走って逃げ出すほどに気力を保っているわけではない。
殆どの場合、彼らはある種の覚悟を決め、突撃してくる多脚戦車を睨んでくるだけだ。
稀に、蜘蛛の子を散らすように逃げることもある。
それでも、多脚戦車から視認可能な、数kmという範囲を脱することができる者は居ない。
「我々は、アフラーシア連合王国の国境警備隊である。諸君らの所属を言え」
待機状態にしていた
ここで、所属を言える者はまず居ない。居たとしても、元々暮らしていた街や村の名前が出てくるだけだ。
「……我々はどこにも所属などしていない。村は滅んだ。行く当てもない」
今回の集団は、比較的まとまりがあるようだ。代表と思しき男性が、前に出てそう答えた。
(交渉は、理性的に行えそうだ)
AIはそう判断し、追加で2体のコミュニケーターを地上に降ろす。
集団の人数は、22名。男性6名、女性10名、子供が4名、乳飲み子が2名。
全員が疲弊しており、直ちに処置が必要。
昼間に移動しており、この荒野での動き方を把握していない。
高温で乾燥した荒野では、朝や夕方、あるいは月明かりの下で移動し、昼間は日陰で休むのが正解だ。そうしないと、あっという間に体力を奪われてしまう。
「了解した。諸君らは非常に疲れているな。水と食料、日陰を準備しよう」
そう声を掛けるコミュニケーターの後ろ、2体のコミュニケーターはテキパキと行動し、テントを設営する。
後から追いついた物資運搬用の多輪輸送車は、十分な水と食料を積んでいる。
「まずはこちらに。子供達も居るだろう。まだ間に合う」
得体の知れない相手だが、その容姿は、小柄で可憐な少女だ。ある程度警戒しつつ、その集団は招かれるままにテントに入った。
既に限界だったというのもあるだろう。
全員に配られた経口補水液を飲み、涙を流す。
芋を煮潰し、塩と油で味を付けただけの携帯食でも、拝み倒さんばかりに感謝を捧げられる。
乳児は危険な状態ではあったが、緊急と言うほどではないため、粉ミルクを与え保育器に寝かせられた。
これらは、違法集落を制圧した際に乳幼児が確認されたため、急遽準備されたものだ。
この処置に、この集団は完全に警戒を解いたようだった。何らかの思惑があるにせよ、当面は何の価値もないはずの乳児に対する手厚い対応に、少なくとも当面は危害は加えられないと理解したのだ。
こんな光景が、2日に1回はどこかで繰り返されている。
人数も回数も、あまり楽観できない数字になっていた。
(隣国へのスパイボット浸透も考慮する必要がある)
対象範囲が広大であり、資源的な面で見送られていた物理的浸透も、真剣に考慮する必要がある。
現地AIから報告を受けた<リンゴ>は、そう考えていた。
◇◇◇◇
「突撃ィーッ!」
荒野に作られた、即席の砦。
ここは、アフラーシア連合王国内を不法占拠した隣国、ディアラトライン王国が築城した、燃石採掘場である。
2週間ほど前、<パライゾ>の派遣した多脚戦車と
逃げ帰った常駐部隊に下された命令は、砦の奪還。
実際には、国からの命令は手出し無用だったのだが、辺境伯が独自に兵を再編、侵攻を行ったのだ。
国元は、完全ではないとは言え、<パライゾ>の脅威を最低限理解していた。連絡を送ってきた大使を十分に信用していたのである。
だが、辺境伯は国からの指示を、自身の権勢を削ぐ策と誤解してしまったのだ。
故に、自身の持つ最大の力、燃石採掘場の奪還を決めた。
決めてしまった。
相手は少数。謎のゴーレムを使っているという話だが、数は少ない。
少数で足止めし、残りが砦に取り付き、内部の敵兵を排除する。
そのために、物資食いの騎馬兵まで連れてきたのだ。
突撃する騎馬兵に、砦の中からのっそりと巨大な何かが立ち上がった。
<パライゾ>の多脚戦車。
(迎撃を許可する。
その状況を注視していた<リンゴ>は、指令を下す。
相手は正規兵である。
遠慮はいらない。
上部砲塔に装備された同軸ガトリングガンが、大量の砲弾を吐き出した。
まず、突撃してきた騎馬兵団が血煙に変わった。
そのまま、砲塔が旋回する。
主砲のレールガンから撃ち出されたフレシェット弾が後続の歩兵に降り注ぎ、1発でほとんどの兵を行動不能に追い込んだ。
そこに、多脚攻撃機とそれに跨った
砦から飛び出した彼女らは、潰走を始めた歩兵団を追撃、次々と彼らを撃ち倒す。
開戦から5分と経たずに、50名の歩兵と10頭の騎馬からなる奪還部隊は、壊滅した。
◇◇◇◇
「
「あら、物騒ねぇ。ちゃんと抗議しておくのよ」
「
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