第21話 増える変態的帆船

 旗艦<パライゾ>に続き、2番艦、3番艦がロールアウトした。


「<パライゾ>の航行で構造上の問題は発生しなかったため、ほぼ同じ設計です。3番艦は、150mm滑腔砲ではなく多銃身20mm機関砲を装備させました。現地を確認した限り、こちらの方が有用な武装になるかもしれません」

「へえ……。勇壮ねえ……!」


 2隻が並んで浮いている光景に、彼女はわくわくした表情を隠しもせず、手すりから身を乗り出した。慌てて、<リンゴ>の操る人形機械コミュニケーターが彼女の腰を捕まえた。


司令マム、危ないです」

「大丈夫よぉ」


 やはり過保護だ、と彼女は思った。下は整備された桟橋で、高さは2mほど。落ちても海面だし、万が一気絶してもすぐに助けられるだろう。そのくらい、好きにさせてくれればいい。


 傍から見て、あまりにもはしゃぎ過ぎて危なっかしい事には気付いていなかった。


「とりあえず、これで本格的に交易を始められそうね」

はいイエス司令マム。鉄製品を恒常的に仕入れられれば、かなり安定しますので。大型船の製造も可能になります」


 大型船、のところで、彼女は沖の方に顔を向ける。そこには建造中の大型帆船が浮かんでおり、現在も作業中だった。


「結局鉄鋼が足りなくて、航空機用のジュラルミンを使ってるんだっけ」

はいイエス司令マム。主要骨材をジュラルミンまたは鉄鋼で設計し、基本構造材はセルロースとしていますが、強度が必要な箇所はやはりジュラルミンを使用しています。最終的には、必要な鉄が確保できた時点で解体し、ジュラルミンは回収する予定ですが」

「ジュラルミンは、できれば航空機に使いたいものね」

はいイエス。大型の飛行艇を運用できれば、展開速度を大幅に高められます」


 現在、要塞<ザ・ツリー>で利用できる滑走路は、要塞内を貫いて設置されている短距離滑走路のみだ。カタパルト射出方式のため、それに対応した飛行機プレーンでないと運用できないのはもちろんのこと、滑走路そのものが小さいため、大型の機体を運用できない。

 その点、海面離着水可能な飛行艇であれば、大型化も可能だ。貨物搬送用の桟橋は必要だが、滑走路を建設するよりは現実的だ。とはいえ、その構造物を建設するだけでも、資源の問題が立ち塞がるのだが。


「そこはまあ、ひとまず鉄の安定供給の目処が立ってからねぇ……」


 トン単位でのやりとりが可能になれば、鋼鉄製構造物を建造できる。船舶用の大型汎用工作機械プリンターを設置できれば、建造速度も飛躍的に向上するのだが。


「鉄の入手を最優先として情報収集していますので、近いうちに何らかの報告ができると思っています」

「そこは心配してないから、大丈夫よ」


 彼女も司令官として、一応<リンゴ>が何をしているのか、こまめに行動記録ログを見て把握するようにしている。最近は主に、地上に露出した酸化鉄がないかを走査スキャンしているようだった。沿岸部で露天掘りができるような場所があれば、交易ではなく採掘用として船団を派遣することができるのだが。


「それから、そろそろ<パライゾ>を引き上げます。交易交渉も有利にすすめることが出来ましたし、各種香辛料や食物も手に入れましたので」

「あら、そうなの。それは楽しみねぇ」


 <パライゾ>襲撃事件後、あの港街ではかなり大規模な掃討作戦が行われたらしい。<パライゾ>にちょっかいを掛けてきた商会一味を、丸ごと消したとか。<リンゴ>曰く、ごねても良かったが初回取引ということもあり誠意を受け取ったらしい。相当に感謝されたとか。


 ただ、一応、示威行為も兼ねて"敵"商会の建物は150mm滑腔砲で吹き飛ばした。<リンゴ>が全力で演算し、精密に狙いをつけて発砲した炸裂砲弾は、計算通り目標の建物のみを粉砕した。事前に警告していたため、敵商会長以外の被害は無かったそうだが。

 それを見ていた彼女はさすがにやり過ぎじゃないかと思ったものの、自慢げな<リンゴ>の様子に絆され、すぐに忘れることにした。


 あのテレク港街をまとめる商会長の男、たぶん領主のような立場だと予想されるが、彼は次回の交易までには必ず要求された量の鉄インゴットを用意する、と約束してくれた。やはり砲艦外交が一番有効なのである。次はもっと驚くはずだ。なにせ、3隻に増えるのだから。


「大型船を投入できれば、輸送量はこの3隻合計の3倍になります」


 大型輸送船は積載量と安定性を重視し、船底は浅く広く。動力も外輪ではなくスクリューを装備する。主要な移動手段は当面風力だが、資材が揃えば水素ガスタービンに換装する予定だ。燃料の水素は、光発電パネルで海水を電気分解して貯めるらしい。


「交易船団を組んで……。そのうち戦艦も作りたいわね」

「戦艦ですか。何m級を?」

「うーん……。よく知らないけど、300mくらい?」


 彼女の適当な回答に、<リンゴ>はしばし考え込み。


「わかりました。戦艦を建造できるよう、ツリーを進めましょう」

「そう? 楽しみね」


 巨大戦艦を船団に組み込むことが、目標となってしまった。



 そのまま、10日ほど過ぎ。

 <パライゾ>が、無事に戻ってきた。

 貨物満載とはいかないものの、多くの鉄製品や保存食、調味料、各種工芸品や貴金属が積まれている。


「鉄は1トン程度ですので、船1隻にも満たないですが」

「減っていくだけよりはマシよ。次からはもっと増やせそうなんでしょう?」

「はい。要求はしておきましたので。今回は無垢の糸と布でしたが、次は染色したものもリストに加えましょう。いくつか型紙も手に入れましたので、服飾のサンプルも出したいところですね」


 戦争ばかりの所為か、やはり文化的に未熟なようだ。布製品は王都方面で需要がある、といった話は聞くことが出来た。

 これが文化的侵略か、と益体もないことを考えながら、服や工芸品のリストを眺める。彼女にデザインセンスは欠片も無いため、特に批評することもないのだが。


「あとは、武器類は比較的交換レートは高いようですね。あちらの武器も入手しましたので、出来を見てこちらから出す品質を調整します。今回出したものは最高品質と伝えていますので、量産品は多少出来が良い程度で問題ないでしょう」

「そうね。そのあたりは適当にね」

はいイエス司令マム


 現在、彼女は展望デッキに設置されたテーブルセットに座り、<リンゴ>の給仕を受けている。新たに誕生ロールアウトした数体の人形機械コミュニケーターが、彼女の世話をしている。いつか危惧したような、ダメ人間まっしぐらな光景なのだが、幸いなことに彼女はその事実に気付いていない。


 荷降ろしのため動き回る人形機械コミュニケーターを眺めながら、彼女は<リンゴ>が用意してきた炭酸水をストローで啜った。


「……うまっ!」

「入手した砂糖を精製し、サイダーを作りました」

「……。……、文明の味だわ……」


 また適当なことをつぶやく彼女マムに砂糖漬けのフルーツも薦めながら、<リンゴ>は更なる食事の充実のため、侵入させているボットの情報収集に励むのだった。


◇◇◇◇


 要塞化された北諸島から、調査船団が出発した。


 目指すは、まだ見ぬ南方大陸。


 木造帆船ではあるものの、遠洋航海には最適の構造材だろう。補助動力に最新式の魔導式外輪は装備しているが、基本的には帆走だ。技術の粋を集めて建造された大型船が3隻。護衛艦として、戦艦2隻、巡洋艦4隻、合計9隻の大船団が、ゆっくりと外洋に滑り出す。


 その目的は、南方大陸からの漂流者から聞き出した、南方大陸覇権国家の偵察。可能であれば、平和的交流の模索。接収した大型船の調査から、技術レベルはそこまで乖離していないと判断された。航続距離の問題から、主力戦艦を派遣できないのが唯一の懸念事項である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る