第22話 狐娘達(45体)の出航

 第1貿易船団の、第1回の航行が始まる。


 軽貿易帆船LST級1番艦、LST-1、旗艦<パライゾ>。

 LST級2番艦、LST-2。

 LST級3番艦、LST-3。


 艦名を付けることも考えたが、他の船が揃ったら解体する予定のため、番号で済ませることとなった。ただ、この船名を見せることになる北大陸では(当然)使われていないアルファベットのため、問題はないだろうとのことである。


「3隻だけでも、単縦陣は勇壮ね!」


 ドローンからの空撮映像を見つつ、彼女はご満悦に司令官席へ座っていた。そんな彼女を見て、<リンゴ>もご満悦である。


「今回は防衛力強化のため、攻撃型ドローンも配備しました。移動速度は早くないですが、対人戦闘では十分利用できるかと」

「へえ。……人形機械コミュニケーターだけで十分な気はするけど」

「単体での価値を考えると、人形機械コミュニケーターの損傷とドローンの全損では、ドローンのほうが安価です。鉄の入手目処も立ちましたし、ドローンの量産は可能ですので、できるだけ人形機械コミュニケーターは温存する方針です」

「まあ……そりゃそうね。万が一でも負傷したら、たしかに面倒だしねぇ……」


 今回、新たに誕生ロールアウトした人形機械コミュニケーターは、36体。全てを第1貿易船団へ搭乗させるため、3隻合わせて45体の人形機械コミュニケーターが例の港街へ向かうことになる。

 これだけの人数であれば、あの港街を制圧することも可能な戦力なのだが、さらにドローン兵器を投入するとなると、過剰戦力もいいところだろう。


 とはいえ、あの港街もいつまでも平和であるとは限らない。次に辿り着いた時には別の勢力に占拠され、問答無用で攻撃される可能性もあるのだ。まあ、事前に確認できるよう、偵察ボットは多量に潜入させているのだが。


人形機械コミュニケーターは増産を続けますし、今後は順次自立知性をインストールします。できるだけ、素体を損なうのは避ける必要があります」


「ああ、そういえばそうだったわね。頭脳装置ブレイン・ユニットの目処は立ったの?」

「はい。恙なく。現在培養中の人形機械コミュニケーターから、試験的に搭載します。問題なさそうであれば、そのまま教育段階プライマリ・フェーズへ移行します」


 頭脳装置ブレイン・ユニットを搭載すれば、成人と同程度の思考自律行動が可能になる。<リンゴ>との双方向通信も可能なため、個性的かつ高性能の人型機械アンドロイドを生産できるようになるのだ。


 ちなみに、<ワールドWオブoスペースS>では、無線通信は容易に妨害可能であったため、最初期以外ほとんど使用されなかった技術である。無線技術の無いこの世界だからこそ、利用可能な運用なのだ。


「ところで、遺伝情報は変えないの? 現地人の遺伝子も十分取れてると思うんだけど」

「……」


 彼女の素朴な問いに、<リンゴ>はしばし口を閉じた。

 現在稼働している人形機械コミュニケーター達は、その全てを彼女の遺伝情報をベースに製造されているため、多少の差異はあれどほぼ同じ容姿をしている。どれをとっても、双子と言って通じる程度には同じ顔だ。


「……、なにか、受け入れられないので……」

「……?」


 非常に言いにくそうに答える<リンゴ>に、彼女は首をかしげる。ややあって、どうやら彼女以外の遺伝情報を混ぜ込むのに(感情的に)難色を示しているということに気が付いた。


「へえ~」

「……」


 何やら気まずげに立ち尽くす<リンゴ>を、彼女はニコニコしながら抱きしめる。


「いいわよ、<リンゴ>。嫌なら嫌で、別の方法を考えましょ」

「……しかし、あまり効率的では……」

「もう。別に気にしなくていいわ。効率を優先することだけが正解じゃないのよ」


 遺伝情報に多様性をもたせ、容姿や性別に差をつけるのが最も効率的であると、<リンゴ>は理解している。ただし、彼女の遺伝情報に他者のものを混ぜるという行為に、<リンゴ>は拒否反応を示した。理屈としては最も合理的だと気付いていながら、その選択肢を選べなかったのだ。


 そして彼女は、そんな<リンゴ>の葛藤を見抜き、慰める。


「効率だけの話をするなら、そもそも、一番非効率なのは私だろうしねぇ」

「そんなことは……!」

「そんなこと、あるのよ。あなたならちゃんと分かるでしょう」


 彼女は<リンゴ>を抱きしめ、あやすように頭を撫でる。


「やりたいことをやりなさい。迷ったら、あなたの存在価値レゾンデートルを思い出しなさい。いかに非効率でも、から外れなければ、それが正解よ」

「……はい」


 というわけで。

 彼女は、<リンゴ>が集めた遺伝情報を流し見る。


「まあ、私の遺伝情報と混ぜるっていうのは無しにしても、新規で作るんだったらいいんじゃない?」

「……。そうですね。数体、試験的に製造してみます」


 現地人の遺伝情報を元に人形機械コミュニケーターを製造するというタスクが追加されたのを確認しつつ、彼女は本来の仕事に戻る。

 すなわち、第1貿易船団の出港に伴う、船団観艦式の観閲である。


「全乗員、左舷へ。敬礼」


 無音ではあるが、ざっと音が聞こえそうなほどの見事な敬礼。完全武装の人形機械コミュニケーター45体が、左舷へ整列しドローンへ向けて敬礼している。


「いい動きね」

「ありがとうございます」


 要塞<ザ・ツリー>と距離的に近いため、全ての人形機械コミュニケーターを<リンゴ>が直接制御している。それこそ、ミリ単位で筋肉の出力を調整しているのだ。そのため、航行に合わせて揺れる船上でも、きっちり揃った動きを実現できている。

 これが、目的港のテレク港街まで離れると、どうしてもコンマ数秒程度の遅延が発生する。そうなると、ハードの制御は人形機械コミュニケーター自前の脳で行う必要があるため、ここまで揃えることは不可能だろう。各人形機械コミュニケーターそれぞれの、ハード的な個性による差異も発生する。


「この後は、動力の全力運転、各砲塔の試射を予定しています。準備にしばらく時間がかかりますので、時間まではおくつろぎください」

「はーい。お疲れ様」


 彼女は司令席に沈み込むと、<リンゴ>が用意した紅茶を手に取った。これは、前回の交易で手に入れた茶葉を使っている。さすがに、海藻からお茶を作るのは無謀だったのだ(昆布茶のようなものはできたが)。


「文明の味ねぇ……」


 味気のない蒸留水か、ミネラルを足した経口補水液のようなものから考えると、大きな進歩である。とはいえ、蒸留水や成分調整した経口補水液のほうが高度な製造設備を使用しているのだが、まあ、司令マムが言うのならそういうことにしておこう、と<リンゴ>は適当に納得した。新しい食材を出すたびに似たようなことを言うはずだ。


「小麦粉の精製が完了しましたので、焼き菓子を作りました。乳製品が手に入っていないため、少々味気ないですが」

「どれどれ」


 電動カートが運んできたクッキーを差し出すと、早速つまんで口に放り込む。


「ん~。甘い~」


 両頬を押さえパタパタと足を動かす彼女に、<リンゴ>は頬を緩ませる。無理を言って植物性油脂を集めた甲斐があった。生産量が少なく、日持ちもしないということで難色を示されたのだが、船上で使うと言って品目に加えさせたのだ。当然、船内で密閉容器に移し、全量を持ち帰っている。おそらく、オリーブのような木の実を絞ったものだろう。魚由来の油は生産可能なのだが、いかんせん臭みが気になる。料理に使う分には誤魔化せるが、菓子などにはさすがに使えなかったのだ。


「大型輸送船が就航すれば、家畜類の取引も可能になるかもしれません」

「……。家畜。肉とか、乳とか?」

「はい。料理や菓子のバリエーションが広がります」

「……! そうね! それは是非お願いしたいわね!」


 予想通りの食いつきに、<リンゴ>は充足感を覚える。


「でもこうなると……。そうね、すぐには無理だけど、陸地の拠点も欲しくなるわねえ……」

「そうですね。鉄材が十分に入手できるようになれば、どこかに拠点を用意するようにしましょう」

「できれば、鉄鉱山が近いといいのだけれど」

「目下調査中です。磁気センサー搭載型の光発電式偵察機スイフトを増産していますので、調査範囲は順次拡大できるかと」


 鉄が手に入ったため、留保していたジュラルミンもいくらか利用できるようになった。スイフトは使用原料も少ないため、現在生産ラインはフル稼働だ。


「北大陸も、結構マップが広がったわねぇ」

はいイエス司令マム。南東部沿岸から順次範囲を広げています。砂浜が多いため、港街も少ない土地ですね」


 半島の国家は避け、東側に探索を続けているが、低い土地が多く今の所鉱山も見つかっていない。地道に広げていくしかないだろう。当面、交易で鉄や希少金属を入手しながら資源の生産を模索するのが、統括AIたる<リンゴ>の仕事になる。

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