第59話 閑話(とある商会長6)

 テレク港街。

 情報断絶の著しいアフラーシア連合王国内では誰も気付いていないが、現在、国内で最も活気のある都市である。


 <パライゾ>、つまりは<ザ・ツリー>統括AIからは「町」として分類されているのだが、それでもアフラーシア連合王国の中では上から数えたほうが早い程度に人口の多い都市だ。そもそも、連合王国自体衰退し切って酷い有様ではあるのだが。


「ようやく持ち直してきたか……」


 雇用促進も兼ね、新たに建設した屋敷の執務室から街を眺めながら、テレク港街の最高権力者は呟いた。眼下に広がるのは、人々の行き交う大通りと、その先に広がる海原。港から一直線に大通りが走り、その終点に5階建ての巨大な屋敷が建設された。元々持っていた建設技術では3階建て以上の建物を作るのは難しかったのだが、<パライゾ>の協力の下、5階建てという画期的な高さの屋敷を造る事ができたのだ。


 <パライゾ>の、あの白く美しい帆船の姿を、クーラヴィア・テレクは思い出す。既に1年以上前の事だが、まるで昨日のことのように、それは脳裏に浮かび上がった。内戦により疲弊した国内、滞る物資輸送。蓄財は日に日に減少し、破綻は目の前。国外に亡命するしか無いか、と本気で検討するほど、状況は詰んでいた。それを一気にひっくり返したのが、<パライゾ>の交易船だった。


 真っ白に磨き上げられた船体に、印象的な真っ赤な所属旗アイコンが翻っていた。理屈は分からないが、煙を吐きながら外輪を回して波をかき分けるその姿を、彼は一生忘れることはないだろう。彼女らは、テレク港街へ多くのものをもたらした。


 クーラヴィア・テレクは、それが経済的侵略であると気付いていたが、妨害しようとは思っていない。進退窮まっていたというのも勿論あるのだが、何より、<パライゾ>の彼女たちは真摯に向き合ってくれたのだ。こちらの窮状を把握しつつ、しかし足元を見ること無く貿易を続けてくれた。手は差し伸べてくれたが、対価も要求してきた。無償の施しよりも、取引という体を取ったほうが頼りやすい、と理解していたのだろう。常に選択肢を提示し、こちらの意見を尊重してくれた。


「祭りをしてもいいかもしれないな……」


 そんな事を考える。例えば、<パライゾ>来港記念祭。もう数ヶ月もすれば、彼女たちが来てから2年経つ。住民たちは、誰も反対しないだろう。本人たちがどういう反応を示すかは予想できないが、これまでの付き合いから、無下に断ることもないと思われる。


「建国祭も、収穫祭も、新年祭も何も出来ていなかったからな……」


 今までは、祭りなどしている余裕はなかった。しかし、テレク港街は活気が戻ってきているし、鉄の町も安定してきた。両者の交流もかなり増えてきており、荷馬車に便乗すれば簡単に往復できる。テレク港街、鉄の町、同時にパライゾ来港記念祭を開催する。いいのではないだろうか。我々は生き延びた。更に、これから更に発展していくだろう。それを、住民たちに共有するのだ。対外的な発信ルートはできないが、当面、外と交渉する予定もない。


「まずは何人かに確認して……あとは、<パライゾ>の嬢ちゃん達にも聞いておくか」


 さすがに、主役が不在というのも盛り上がりに欠ける。是非とも、彼女たちにも参加してもらいたい。何なら、パレードでもしてはどうだろうか。彼女たちは大人気だ。大いに盛り上げてくれるだろう。


「祭り、とは」


 その話を切り出すと、珍しく、あるいは初めて、彼女の驚く顔を見ることが出来た。


「ああ。あんたらのお陰で、この街は活気に沸いている。あんたらが最初に来たときと、今。別の街かと思うくらい、明るく華やかになった」


 ちょうどツヴァイの率いる船団が入港したため、クーラヴィア・テレクは<パライゾ>来港記念祭について切り出した。その結果が、目の前の彼女の表情である。

 最初の時よりも、随分と感情表現が豊かになったように思える。恐らく、常に冷静沈着に見える彼女でも、緊張していたということなのだろう。まるで天使像のような怜悧な彼女も素晴らしかったが、少し力の抜けたような、今の彼女も非常に魅力的ではあった。


 ただ、クーラヴィア・テレクも妻子のいる身であるし、そもそも少女性愛趣味は持ち合わせていないため、彼女とどうこうと考えているわけではないのだが。


「……」


 しばし、人形機械ツヴァイは沈黙する。


 この間に『町ぐるみで開催される祭りとは如何なるものか』という情報を無線で<リンゴ>に問い合わせているとは露知らず、珍しく固まってしまった彼女の姿を商会長は堪能した。


 ちなみに、最初期から使用している人形機械コミュニケーターにもある程度の判断能力が備わって来たため、<リンゴ>もわりと適当に操作するようになっている。何だったら、操作せずに自律動作で放置していることもある。その際、言動で隙を見せることが多く、意図せず彼女達の人気を押し上げる結果となっていた。ギャップ萌えというのは、いつの時代にも一定の需要があるのだ。(と、<リンゴ>は理解している。)


「……そう。悪くないのでは。士気高揚という面でも、ちょうどよいタイミングと考える。それが、我々の来港を記念するもの、というのは……面映い、ものがあるが」


 普段使わない言葉を検索したため若干のタイムラグが発生したが、クーラヴィア・テレクは、彼女が照れているものと好意的に解釈した。

 面白くなってきたため、<リンゴ>は静観している。


「大一番で、パレードなんかもできればいい。是非、あんたらにも参加してほしいんだがね」

「なるほど」


 ツヴァイの搭載する頭脳装置ブレイン・ユニットは、<ザ・ツリー>のライブラリから祭りやパレードに関する情報を引っ張り出し、もたらされる効果について演算を行う。<リンゴ>にも問い合わせを行ったが、好意的な、あるいは穏やかな生暖かい感情値のみが返信されただけで全く役に立たなかった。感情らしい感情を感じるだけの下地のない頭脳装置ブレイン・ユニットは、上位知性の支援のないまま、愚直に演算を繰り返す。


「パレードへの参加については、何か問題がない限りは了承する。詳細については?」

「ああ。嬢ちゃん達が参加してくれるっていうなら、これから本格的に検討するさ。色々と報告なり相談なり、都度都度させてもらおう」

「了解した。……祭りについては、楽しみにしておく」


 定形応答リストから無難な回答を選択して返答し、ツヴァイは祭りについての問答を終了させる。


「ま、楽しい話はこれくらいにしてだ」


 場は暖まっただろう、とクーラヴィア・テレクは判断し、本題に移ることにした。


「以前少し話があった、東門East gate都市cityについてだ。ツヴァイさんは聞いているか?」

「把握している。こちらから確認したことでもある」


 東門都市への経路確認や、人員の派遣についてである。周辺情勢の調査や、道中の安全性の問題。このあたりが、ようやく情報が出揃ってきたのだ。


「よかった。ひとまず、道中の安全性については、ある程度目処はたった。まあ、荒れ過ぎて人が居なくなったらしい、というのが正確なところのようだがな」

 そうして、テレク港街をまとめる商会長は、自身の知るところを語りだした。


 現在、アフラーシア連合王国の南方地域は、治安的にはかなり安定してきている。ただし、それは内戦に決着がついたというわけではなく、度重なる戦乱、略奪、野盗の跋扈により小さな村や町が軒並み放棄された結果らしい。人が居なくなれば、野盗、盗賊団も姿を消す。あとは、荒廃まっしぐらだ。逆に、東門都市に近い五大湖周辺は人に溢れ、治安も悪化しているようだ。それでも、有力氏族の治める土地のため、なんとか文明を維持できているとのこと。ただ、危ないのは間違いないため、その辺りは経由せずに東門都市へ向かうルートが良いようだ。


「嬢ちゃん達の馬車、あれが使えれば、移動は格段に楽になるだろう。もちろん、そっちの許可は必要だがな」


 道は当然整備されていないが、曲がりなりにも馬車を通すためのものだ。<パライゾ>が提供してくれている馬車が使えれば、踏破可能と考えている。なにせ、車軸も車輪も鋼鉄製なのだ。サスペンションとかいう機構もあり、悪路でも十分に走れるだろう。


「了解した。森の国レブレスタとコンタクトを行いたいというのもある。必要な物資は提供する準備はある」

「……今更聞くことでもないかもしれないが。森の国レブレスタは、何かあるのか?」


「それについては」


 ツヴァイは情報を開示できないと返答しようとし、その瞬間、上位知性<リンゴ>が操作権を取得した。


「可能であれば、彼の国と接触したい。できれば、交易を」

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