第105話 スパイ行為の相談

「状況はどうかしら?」

はいイエス司令マム。特に問題ありません。<ザ・ツリー>の視認距離に入ること無く、船団は北諸島へ帰還する航路を取っています」


「よしよし。こっちに来たらどうしようかと思ったけど、回避できそうね」


 もう2年も前の話になるが、武力占拠された北諸島から派遣されたと思われる船団が、その数を減らしつつもようやく帰還してきたらしい。以前確保した漂流船が、その船団に所属していたようだ、というのは船内の資料から判明していた。


「それにしても、結局この船団ってどこまで行ってきたのかしらね?」


はいイエス司令マム。遠方のため後回しにしていましたが、南方にも大陸が存在します。距離は6,000km以上離れていますが、恐らくそこへ向かったものと考えられます」


「ほぇ~。帆船でよくそんな遠くまで行けるわねぇ…。しかも地図も何も無いんでしょ」


 実際、6,000kmというのは<ザ・ツリー>にとっても簡単に到達できる距離ではない。

 いや、行くだけであれば問題ないのだが、地平線の問題で通信が確保できないため、できれば派遣したくないという距離だ。

 今でこそ途中に中継用のドローンを準備すればカバー範囲に収めることは出来るが、延々と何もない海原が続いているだけのため、北大陸を優先していたという事情もある。


「何らかの航海技術を持っていると考えられます。主に風力で移動するとはいえ、曲がりなりにも動力機関を備えた船です。地球の帆船とは航行能力も航海技術も、比較にならないと予測されます」

「そんなものかしら…」


 このあたり、例の漂流船を<リンゴ>やオリーブが詳しく調査しているため、技術レベルはかなり正確に予測できている。

 ただ、新技術と思われる未熟な構造物や、逆に洗練されたものなどかなり継ぎ接ぎな印象のある船だった。

 恐らく、日進月歩の技術革新が続いていると思われる。例えば、外輪の軸受には精度は悪いながらもボールベアリングが利用されていた。

 しかし、船内からは交換用のベアリング以外にも滑り軸受も発見されている。

 これは、恐らく軸受の信頼性が低いためと思われた。尤も、<リンゴ>曰くボールベアリングも滑り軸受も難易度的には変わらないとのことだったため、どちらが未成技術なのかは不明であるが。


「ちょうどよい機会ですので、この船団にスパイボットを侵入させましょう。高高度ドローンによる監視と給電、そして海中に潜水艇オルカを付けます。最終的には、レプイタリ王国へスパイボットを侵入させたいと考えています」


「そうね。そっちにも手を伸ばしますか。…いやあ、資源が使えるってのはいいものね」


 アフラーシア連合王国周辺で、有力な国の情報はいくつか挙がっている。

 まずは現在不本意ながら領土切り取りを行っている形になっている東の大国、森の国レブレスタ

 さらに、西には一大食糧生産地となっている、麦の国ウィートランド

 アフラーシア連合王国の南西、ウィートランドの南には小国家が乱立しておりいまいち情報が入ってこない。産業的にも大したことがないようで、これらにアプローチする予定はない。


 そして、さらにその西側に、問題のレプイタリ王国が存在する。


 レプイタリ王国は、その一部をウィートランドと接するだけの半島国家で、そして軍事大国である。精強な海軍を擁しており、3国に分かれていた半島を制圧し成立した、比較的若い国のようだ。

 まあ、若いと言っても大本になった旧レプイタリ王国自体は数百年前から存在していたようだが。

 2国を併呑し大きな問題もなく統治できているのは、制圧戦争時に起こった国内革命の影響で、旧支配体制が一掃されたことも大きく関係していると考えられる。既得権益がリセットされたことで、結果的に征服された地域での格差がほとんど発生しなかったようである。


「国としては未成熟な部分も多いと思われますが、それでもそれなりに広大なこの半島をうまく統治しているのは事実です。今の時点では、最も警戒すべき国ですね」


 最後に、さらに西側に広がるのは一つの宗教を主軸に連合する国家群である。こちらはテレク港街とは交流が乏しかったため、あまり情報は入っていない。

 ただ、それなりに野心的な宗教連合であり、着々と勢力を広げている、というような話だけは聞くことができた。


「ウチからは結構離れているからね。まあ、今のところは静観でいいでしょ」


 と司令官イブが決めたため、<リンゴ>もあまり積極的に情報収集は行っていなかった。


 とはいえ、今後レプイタリ王国と関係を持っていくのであれば、宗教連合の情報収集も必要になってくるのだろうが。


潜水艇オルカは船団旗艦の直下に付けます。給電は夜間、海面下にアンテナを展開して行いますので、航続距離は実質的に無制限となります。そうですね、最終的にはレプイタリ王国まで浸透し、スパイボットを侵入させることを目標にしましょう」


「そうね。そういえば、西側の対空能力はどんな感じなのかしら? ちょいちょい光発電式偵察機スイフトを侵入させてたと思うけど」


「現時点では迎撃の動きは確認できません。

 先日のLRF-1ヴァルチャーによる偵察行動も、目立った動きはありませんでした。

 森の国レブレスタのような、上空まで届く攻撃手段は持っていないと判断しています。

 とはいえ、見る者が見れば、高度20km程度は視認可能です。

 ヴァルチャーの場合はエンジン音もそれなりに発生しますので、頻繁に飛行させると警戒される恐れがあります」


「まあねえ。そろそろ衛星が欲しくなってくるけど、もう少し我慢ね。レプイタリ王国は、じっくりやっていきましょう。

 で、ヴァルチャー飛ばして、何か分かった?」


はいイエス司令マム

 スキャン範囲が広大でしたので解析に時間がかかりましたが、滞りなく完了しました。

 正確を期するためにはあと3回程度は偵察を行いたいのですが、警戒される可能性がありますので、別途相談いたします。

 レプイタリ王国の全土の航空写真、およびレーザー計測を行いました。

 正確性は98%以上です。

 画像解析により、おおよその国力は推定できました。

 特に我々と関係のある軍事力、海軍はほぼ正確に特定できています」


 <リンゴ>が示したのは、レプイタリ王国周辺の軍艦の分布図である。


「ご覧の通り、レプイタリ王国は半島国家で、大陸に接しているのは最小幅60km程度のこの部分のみ、そのため四方を海に囲まれています。

 各地に軍港が建設されており、多くの軍艦が駐留しています。

 ほとんどは木造の船体に未装甲の大砲を並べた、いわゆる戦列艦と呼ばれるタイプのものですね。かなりの数が配備されています。

 航空写真から確認できた数は、この戦列艦が247隻。

 そして、簡易的な回転砲塔を備えた、半金属製の船が50隻程度。

 ただ、砲の口径はこちらのほうが大きく、照準機能も持っているようですので、全体の戦力としては戦列艦よりも上でしょう。

 そして、恐らくこれらが主力艦隊で、金属装甲で覆われ、回転砲塔を備えた戦艦が8隻。

 随伴艦を合わせると、先に挙げた計297隻よりも戦闘力は高いと思われます」


「…ずいぶんと、艦種が入り乱れているわね?」


はいイエス司令マム

 何らかの理由で、造船技術が飛躍的に向上したものと思われます。

 特に、首都周辺で工業化が進んでおり、造船所も多く確認できました。

 複数の軍艦を建造しているようです。

 画像解析だけですが、戦艦8隻も能力にかなり差があります。

 次々に新技術を取り入れ、建造しているものと思われます」


「なるほどねえ。産業革命的な?」


はいイエス司令マム。恐らく。

 製鉄所と思しき工場群、そこに続く鉄道。

 北方の港湾都市から工業地帯へ、鉄道網が整備されています。

 輸送されているのは、恐らく鉄鉱石。

 燃料は現時点では不明ですが、煙は確認できていませんので、恐らく例の燃石が使用されているものと推測します」


 燃石は、最近テレク港街周辺で採掘を進めている、魔法の力で燃える石のことである。


 <ザ・ツリー>では、特に使用用途はないため研究も進めていないのだが、石炭よりは間違いなく使いやすい。不純物を気にする必要もないため、製鉄にはもってこいなのかもしれなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る