第164話 閑話(とある亡国の公爵)

 アキライ・ユバーデン・アフラーシア公爵は、用意された食事を口にして目を見開いた。


「う、うまい……」


 これまでも、別に不味いものを食べていたわけではない。一流の料理人を雇入れ、まともな食材を使ってまともな料理を準備させていた。

 まあ、昨今の情勢から、食材のランクは落ち気味ではあったのだが。


 それにしても。


 今日の食事は、全く違うものだった。


「お口に合ったようで、何よりです。公爵様。我々も驚いておりますが……」


「ああ……。今日から例の厨房のものに変わるとは聞いていたが。何なのだこれは……」


 ユバーデン公爵は、特に美食家という訳では無い。よって、この料理の何がどう凄いのかは分からない。

 ただただ、美味い、その一言であった。


「<パライゾ>の者が言うには、適切な材料に適切な下処理を施すことで、雑味を出さないようにしている、との事で。食材同士の相性により、角を取り、複雑な味を出していると」


「ふむ……。……。いや、美味いな。他の者にもこれは振る舞われているのかね?」


「は。あの、自動調理器、という魔道具は、時間と材料さえあれば何人前でも作れると。材料の関係で同じレシピではございませんが、騎士や使用人達にも食事は行き渡っております」


 例の、<パライゾ>とかいう連中がこの王都を占拠して3日。

 今朝までは、被害を免れた屋敷の厨房で、保存食を調理したものが出されていたのだが。

 準備ができたとかで、今日の昼食から<パライゾ>が料理の提供を始めたのだ。


「そうか……。昨日まではどうなることかと思っていたが、ひとまず、心配は無くなったか……」


 3日前、<パライゾ>の、あの魔導機械ゴーレム軍によってアフラーシア王都は軍事占拠された。

 一切の抵抗を許さず、彼女らは、王都の戦力を全て、1人も逃さず丁寧に無力化していったのだ。その際、王都内の建物も、物資も、市民達でさえ、無駄な犠牲は出ていない。


 圧倒的な力で以って、赤子の手をひねるように、アフラーシア王都は容易く制圧された。


 実は、王都内で最も被害が大きかったのは、ここユバーデン公爵邸であった。

 <パライゾ>の侵攻にかこつけて、他の公爵がユバーデン公爵に対して襲撃を仕掛けてきたのだ。それ自体は破壊を伴うものではなかったのだが、<パライゾ>がユバーデン公爵の身柄を押さえるために投入したゴーレムが、屋敷を半壊させたのである。


 <パライゾ>の兵によって屋敷の外に連れ出された公爵が見たのは、屋敷を半壊させながら動き回る、巨大な6本脚の化け物であった。


 当時は、何が起こっているのか全く理解できなかったが。


 その後、<パライゾ>は恙無く王都を占領し、ユバーデン公爵を含む3公爵全てを拘束。

 原則外出禁止を王都内に通達し、軍による統治を開始したらしい。


 ユバーデン公爵は自分の屋敷の敷地内に軟禁されており、外部との接触も制限されているため、何も情報を入手できていないのだ。


「占領下とはいえ、敵地であってもこれほどの料理を準備できるのか……」


 あれだけの戦力を運用し、食事にも力を割ける。それも、占領からまだ3日目だ。状況が落ち着いた、とはとても言えない。

 であれば、この食事の質は、彼女らの軍の標準であると考えて、間違いないだろう。


「この仮設住居、とやらも驚いたものだが……」


 ちなみに、ユバーデン公爵が現在寝泊まりしているのは、半壊した屋敷ではなく<パライゾ>が用意した住居だ。

 軍事行動により破壊された屋敷の再建が完了するまで、と説明されつつ、この仮設住居が空から降ってきたのである。


 公爵は目を疑った。

 同時に納得した。

 王都がこれほどまでに簡単に陥落した理由の一端を、理解したのだ。


 なるほど、この仮設住居を空から運べるなら、あのゴーレムの集団を王都の急所にピンポイントで投入できるだろう。

 こちらの兵は、ろくな抵抗もできずに壊滅したに違いない。


 公爵とその付き人達、そして残っていた騎士団員は、外部との接触を絶たれた状態にある。そのため、何が起こったのか、何が起きているのかは正確に把握できていない。

 しかし、もうそろそろ、最低限の接触は許可すると<パライゾ>から通達されていた。


「しかし、これは……我が料理人達に再現はできるのかね?」


 この味を知ってしまえば、もう戻れない。

 そう思いつつ傍らに控える執事に尋ねると、彼はゆっくりと頷いた。


「必ずや。<パライゾ>の者は、軍事機密ではない限り尋ねれば応えると言っております。早速、料理人達が質問攻めにしておるでしょう。彼女らの言う、この"こんてなはうす"も、しばらくの間は開放すると。すでに使用人全員分まで用意されております」


「そうか……。しかし、外部の情報を断っていたつもりは無いのだが、外国は随分と様変わりしたのだな……」


「は。彼女らは、状況は後日、まとめて通達すると。他の公爵共も集めると聞いております」


 辺境の片田舎、そう呼ばれているのは知っていた。

 それでも、ユバーデン公爵は何か出来ないかと常に足掻いていたのだ。

 過去、隣国の麦の国ヴァイツェンラント森の国レブレスタにも訪問したことがある。

 その時も、あまりの文明格差に愕然としたものだが。


 <パライゾ>の齎した衝撃は、それらとも全く比較にならない。


「これまでの事を考えると、そう酷い事にはならんようだがね。……これから、どうするつもりなのか」


「……少なくとも、当面は今の体制を続けよと指示はされております。とはいえ、外部との接触は禁じられたままでございますがな」


 かろうじて崩壊を免れた公爵邸の3階部分から見ることができる街中は、略奪が起きているとか、そういった兆候は確認できない。

 むしろ、見慣れた煮炊きの煙が見えた程だ。

 最低限、王都民達は生活は維持しているということである。


「午後の予定は、<パライゾ>の者と面会であったか」


「は。情報共有と、予定の通達、と連絡が来ております。来訪されるのは、ツェーン・リンゴ様。軍階級は、我々のそれでいう少将。本国での貴族階級は、公爵。王族の一員である、とのことです。地位的には、公爵様とほぼ同等のため、畏まらなくて良い、とわざわざ通達されましたな」


「ふむ……。まあ、もてなしたくても、何もないがな。我々の手元にあるのは、全てあちらが用意したものだ。別に、もっと高圧的でも文句も何も言えんのだが……。律儀なことだ」


 占領した都市の権力者に対し、同じ地位だから畏まらなくて良い、などとわざわざ言ってくるなど。

 彼女らの手慣れた行動を見ると、軍事侵略は方々で行っているのだろう。

 別のところで、面倒な何かが起こったのかもしれない。


 いや、あるいは、既に他の公爵が何かをやらかしたか。


 カルバーク公爵など、正直全く信じていないのだが。

 こちらへの当たりが強くなったという様子もないため、何もないと信じたいものだ。


「屋敷より、小物や服飾もある程度回収できておりますので、会議室に準備しております。さすがに、装飾品までは用意されておりませんので」


「<パライゾ>が用意した部屋だからな。無ければガーデン・パーティーになるところだ。とはいえ、そもそも屋敷を破壊したのは<パライゾ>ではあるが……」


 そのあたりは、愚痴っても仕方がない。

 議場の準備は<パライゾ>の人員と一緒に進めているとのことで、外交儀礼的な問題もほぼ無いだろう。

 全く交流のない国とやりとりする際は、慣習も分からないため神経を使う。相手が協力してくれるのであれば、それに越したことはない。


「……。ふむ。茶も美味いな……」


「は。驚くほどの品質でございます。どうも、森の国レブレスタ産の茶葉のようで。品質も劣化しておらず、これほどのものは、東門East gate都市cityでないと手に入らないでしょう。運搬中の劣化を考えますと、現地でしか飲めない一品です」


「そうか……。保存技術が優れているのか、運搬速度が早いのか。いや、両方か。空を行くなら、運搬速度も……」


 そうやって、食後のお茶を楽しんでいると。


「こ、公爵様!! 急いで外を、外を御覧ください!!」


「む。騎士団長か。何事かね」


「く、口ではとても! 見ていただくのが一番早いかと!!」


 乱入してきた騎士団長に、公爵も執事も眉をひそめる。しかし、騎士団長たるものがそこまで慌てているのは、よほどの事態であろう。

 ただ、武装をしているわけでもないため、問題が発生したというわけでも無さそうだった。


 いささか無作法ではあるが、茶は残したまま、ユバーデン公爵は食堂から外に出る。

 そして、騎士団長の指差す先に、視線を向けた。


 そこには。


 何か、巨大な。


 そう、御伽噺に聞くドラゴン、としか思えない、巨大な何かの死体。


 それが、不可思議な魔導機械ゴーレムに吊り下げられ、ゆっくりと空を移動していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る