第163話 魔物兵器

「<レイン・クロイン>の幼体についても、時間経過によって色々と分かりましたので、紹介しましょう!」


 <レイン・クロイン>撃破後に捕獲した4匹の幼体は、あれからずっと飼育と観察を続けている。彼女イブは興味があまりなかったため<リンゴ>に丸投げしていたのだが、アサヒはしっかりと調査していたらしい。


「まず、保護後400日頃に防御膜の存在が確認されました。よって、あの<レイン・クロイン>の防御膜は、個体の特殊能力ではなく、遺伝あるいは何らかの方法によって子孫に引き継がれる、種族的な能力と考えられます」


 大型の脅威生物達が、当たり前のように持っている防御膜。

 それが、生来の力であるということが判明した。


「幼体同士の争いが発生し、鎮圧のために水流銃で吹き飛ばした際に判明しましたようです! 一瞬ですが、防御膜の発現が確認されました!」


 その時の記録映像が流される。一方に噛み付いている幼体に対し、高圧水が噴射される。その水が衝突した瞬間、チカリ、と幼体の体が光ったのが確認された。


「ちなみに、これ以降各幼体同士での争いが激化し始めましたので、各個体を隔離しました。専用水槽で、それぞれ若干の環境変化を与えつつ飼育を継続しています」


 <リンゴ>がそう補足する。

 幼体、というか一般的なワニより大きくはなっているのだが、彼らは現在、各個体毎に十分な餌を与えられ、のびのびと暮らしていた。

 時折、採血されたり様々な刺激を与えられたりと実験を行われているものの、総じて平和に生きていると言えるだろう。


「それと、旺盛な食欲は目を見張るものがあります! 理論上、消化しきれない量の餌を食べても平気そうに動いていますし、何より成長が早い! 何か魔法ファンタジーな香りがします! 消化器官が強化されているのか、その他の要因か、興味が尽きません!」


 さらに、とアサヒは次のスライドを表示した。


第2要塞ブラックアイアンで放し飼いにしている地虫ワームですが、これも顕著に成長しています! 与えているのは魚だけですが、日に日に巨大化しています! 面白いですね、どこまで大きくなるのか!」


「少なくとも、いつぞやの巨大ワームと同じくらいには成長するんでしょ?」


 目算、2m程度まで大きくなっていると思われるワームの映像を見つつ、司令官マムはそう答える。


「そうですね! あの大きさのワームが普通に存在するとか、随分危険な国ですよね!」


 嬉しそうに、アサヒはそう叫ぶ。

 とはいえ、<リンゴ>が展開する諜報ネットワークでも、各拠点が管理する監視網にも、これまでそれらしい脅威生物が確認されたことはなかった。

 いるにはいるのだろうが、アフラーシア連合王国内の人類生存圏には近寄ってきていない。


「というか、たぶん、脅威生物の縄張りでは、人が全滅しているだけでしょうけどね!」


 確かに、アフラーシア連合王国の国土は、その広さだけでいえば非常に広大だ。

 そして、人が街を作って住み着いている土地は、その1%にも満たないだろう。

 ほとんどが手つかずの自然、荒野が広がっている。


「あの銀龍ワイバーンも、ギガンティア部隊が縄張りに近づいたから出てきたのでは、というのがアサヒの予想です! この世界の人類はそもそも飛べないので、あれと交戦したのは、もしかすると人類初かもしれません! いやあ、初めてっていいですねぇ!!」


「……」


 <リンゴ>がアサヒにジトッとした目を向けるが、当然無視された。


 しかし、その考察は非常に重要だった。

 <ザ・ツリー>勢力は、これからアフラーシア連合王国の国土を、全力で開発する予定なのだ。人の手の入っていない土地を開拓する度に、脅威生物と"こんにちは"していては身が保たないだろう。


 ……保たないだろうか?


「皆さんの懸念の通り、今後も脅威生物との接触、交戦は避けられないでしょう! そこで、アサヒは考えました! 今の防衛体制だと、巨大な魔物と戦う度に膨大な戦費が発生します!」


「そうなの?」


「いえ、特には」


 単純に使用する資源で言えば、確かに砲弾は消耗品だ。

 だが、鉄やその他の砲弾材料など、現在設備投資に使用している金属量と比べると微々たるものであり、損耗した兵器も回収すれば再資源化可能である。

 そもそも、資源回収量そのものは右肩上がりであり、気にするほどのことでもない。更に言えば、戦場を浚うことで大半の砲弾は回収できるだろう。

 むしろ、戦術AI、戦略AIの経験蓄積の面を考慮すれば、プラスである。


「ですが、現状よりも効率よく撃退できるのであれば、考慮に値します」


「ではっ! じゃっじゃ~ん! 巨大兵器建造計画!」


 効果音は自前らしい。

 アサヒの声とともに、スライドに何かのシルエットが表示された。


「さて! 脅威生物に対抗するには、どうすればいいか!

 奴らはでかい、硬い、強い! 普通に戦ったのでは、簡単に撃退は出来ません!

 大量の砲を並べ、膨大な弾体を叩きつけ、それでもなお倒せるかは分かりません!

 我々の準備する機械は強力ですが、それでも彼らから見れば群がる蟻! 身動ぎするだけでたやすく踏み潰されてしまいます!」


「そう?」


「いえ、そこまでではありません」


 陸上の主戦力である多脚戦車の運動性能は高い。例え巨体が暴れようと、その攻撃圏内から脱出するのは容易い。

 あのワイバーンのブレスのような遠距離攻撃があるとそれも変わってくるが……。


「脅威生物に対抗するには、同じ大きさの脅威生物をぶつければいいのです!」


 巨大兵器建造計画、という文字が再び表示された。


「砲は弾を消費しますので、主な攻撃手段は打撃! だいたいの生物は、ぶん殴れば大人しくなります!」


 すごい暴論を突っ込んできた。


「遠心力を乗せるための長大な尾を! そして、機動性を確保するため、巨大な脚を! 遠方の敵を足止めするため、遠距離攻撃力を!」


「打撃を無視して、また強そうな飛び道具を載せたわねぇ」


「更に、メンテナンスコストを抑えるため、捕食によるエネルギー補給と、自動修復機能があるのが望ましいですね!」


「化け物かな?」


 新たな魔物を生み出そうとしているアサヒはさておき、防衛用の移動要塞を配備するというアイデア自体は、悪くないだろう。

 基本的には資源の存在する地域のみを防衛すれば良く、その他の地域の脅威生物まで、全てを駆逐する必要はない。

 資源を掘り尽くせば次の地域へ移る。そうすると、防衛拠点も移動型であるほうが、時間短縮にはなる。


「さて、そこで登場するのが、確保している<レイン・クロイン>の亡骸です!

 知っての通り、この巨体、生物であるにも関わらず死んだ後も腐らず、その強度を保っています! その謎の現象の源になっているのが、この巨大な魔石!」


 <レイン・クロイン>の体内には、今以て解析できていない、正体不明の結晶体が存在していた。この結晶体が、<レイン・クロイン>の肉体を、腐敗から守っている。

 何より、鱗、皮膚、骨格の強度、非科学的な強靭さを持つ筋肉を実現させていると目される。


「この魔石、回収した他の脅威生物の体内からも発見されました! いずれも解析不能、ですが何らかの魔法現象を常に発揮させるという特性を持っていることは判明しています!」


 特に、魔物の体内にある魔石は、その魔物の肉体を何らかの方法で強化していると推定されている。この仕組みを解明できれば、慣性・重力制御技術を用いなくても、巨大構造物を運用できるようになるかもしれない。


「<レイン・クロイン>は、いまだにこの特性を発揮しています! ということは、<レイン・クロイン>の肉体を加工し、巨大兵器を製造することで、脅威生物と単独で渡り合え、かつ肉体の自動修復機能を有した機動要塞を運用することが可能になります!」


「いや、死体をそのまま使うとか怖いでしょ! 却下よ却下!」


「そんなあ」


 色々と、やることはたまっているのだが。


 <ザ・ツリー>は、今日も平和であった。

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