第33話 戦略ゲームに興じる少女達

「さあ、お勉強の時間よ」


 パンパン、と彼女は手をたたき、そう言った。椅子に座った5人の姉妹たちは、思い思いに返事をしながら、司令官に向き直る。


「今日は、2次元の戦略ゲームね。とはいえ、私もそこまで詳しいわけじゃないんだけどねぇ」

「フォローは随時いたします」

「お願いね、<リンゴ>」


 正面の大型ディスプレイに、マス目で区切られた作戦区域の俯瞰図が表示される。


「お姉ちゃん、それは何?」

「お姉ちゃん、それはどこ?」


 三女のウツギと、四女のエリカが早速聞いてきた。座学においては突出した才能はないものの、彼女らはとにかくよく喋るし積極的だ。コミュニケーション能力が高い、と判定されている。


「これは、これから私達が守らなければいけない場所。テレク港街よ」

「……これがテレク港街」


 興味深そうに、じっとマップを見つめるのは長姉のアカネ。


「そう。<ザ・ツリー>からは北におよそ1,300km離れている、私達の最初の拠点よ」

「拠点と言うと、外に出ていくのですか?」


 そう確認してきたのは、二女のイチゴだ。彼女は優等生タイプで、真面目に、ただひたすらに、彼女と<リンゴ>に付き従ってくる。


「そうね。ある程度安全が確保されたら訪問してもいいんだけど。当面は、無人で運用する前線基地という扱いになるわ」

「……何か、作るの?」


 基地と聞いて目を輝かせたのは、五女のオリーブ。彼女は、もの作りに対して非常に興味を示していた。個人用の小型プリンターを与えたところ、延々とモデル設計と出力を繰り返している。よくもまあ飽きないものだと、彼女は感心しているところだ。


「ええ、そうね。あそこは、鉄を取引できる唯一の場所よ。だから、積極的に確保することにしたの」

「……鉄、大事……」


 もの作りに関する知識は貪欲に吸収しているオリーブだ。<ザ・ツリー>の腹ペコ具合は、肌で感じているのだろう。深刻そうなそのつぶやきに、彼女は思わず笑ってしまった。


「そうよ、オリーブ。鉄は大事なの。だから、これから皆で、このテレク港街を守るための作戦会議をしましょう」

「早速ですが、まずは周辺状況の説明から始めます」


 <リンゴ>が手をふると、マップ表示が南側からの斜め俯瞰に変わる。手前に港、町、そして森。その先にある平原と、黄色いアイコン。


「町に関係する集団、および町に友好的な集団は、青いアイコンで表示します。敵対的な集団は、赤いアイコン。どちらにも属さない集団は、黄色です」


「あ、黄色いアイコンがあるね~」

「関係ない人たち~?」


 平原に表示されたアイコンに、<難民グループA>というラベルが表示された。


「はい。これらが、現時点で最大の課題です。他の地域の戦争から逃げてきた難民グループ。数はおよそ5,000人とそう多くはありませんが、彼らは皆飢えています。」


「……ご飯が食べられないのは、よくない」


 物静かな長姉、アカネがつぶやいた。本好きで、文学少女といった行動が目立つが、最近、食事の楽しさに気付いたようだった。食いしん坊文学少女という謎の属性が成長しつつある。


「ええ、そうねぇ。……彼らが飢えに負け、暴徒と化してテレク港街に襲いかかる。これが、今の所最も懸念されるシナリオよ」

「そのほか、他地域の戦力が流れてくることも想定はしていますが、今の所近付いてくる気配はありません。ですので、今日はこの難民グループAをどうするか、というのがテーマです」


 第1世代の人型機械アンドロイド5人を交え、今後の方針を話し合う。実際には司令官イブの意向を酌みながら<リンゴ>が決定することになるのだが、5人の姉妹たちに経験を積ませるという意味で、今回の会議が開催された。


「このまま放置しておくと、この難民グループAは数週間後には暴徒の群れに変わるわ。今は持ち込んだ食糧が残っているようだから大丈夫なのだけど」

「このユニット達は、食糧の調達はできないのでしょうか?」


 イチゴの問いかけに、彼女はふむ、と頷く。


「そうね。持ち込んだ食糧はそれなりの量があったし、森で狩りもしているみたい。でも、そのままでは先細りね。これだけの人数を養えるほど、この森は豊かではないの」

「そうなのですね……。では、暴徒化を防ぐには、食糧を供給するしかないのですね」


 イチゴはそう言って、首を傾げた。どうやら、食糧をどこから調達するかという方向に思索を向けたらしい。


「ウツギ、エリカ。あなたたちは何かあるかしら?」

「え~?」

「わたしたち~?」


 彼女が2人を指名すると、ウツギとエリカは、互いに顔を見合わせた。


「そのままにしておくと、敵対ユニットにかわるのね?」

「じゃあ、いまのうちに倒しておかないと」

「へえ」


 彼女らは2人でまとまって行動することが多い。そのせいか、他人の認識が2人と家族とその他、のような大雑把な括りになっているようである。イチゴは難民を助ける方向で考えているようだが、ウツギとエリカは、さっさと殲滅すると言い出した。


「食べ物をわたして、おんがえししてくれる?」

「リターンが無いよ。戦闘ユニットにもならないし、生産ユニットにもならないんでしょ?」

「そうね。今のところ、助けたとしても私達にリターンは殆どないわね」


「じゃあ、やっぱり先に倒さないと!」

「こうこのうれいは断つ!」


 なかなか過激な意見ではあった。とはいえ、<ザ・ツリー>の被る被害を考えれば、先に殲滅するというのは現時点でのベターな提案である。


「……殲滅すると。テレク港街の住人たちの、信頼を得られないのでは?」


 それに反対意見を差し込んだのは、長姉のアカネ。


「そういった例は多い。将来の敵だからといって、現時点で敵ではない者たちを殺してしまっては、よい印象は得られない」

「……そうね。アカネ、その通りよ。……ちなみに、どこからの知識かしら?」


「キーラー・クラウス著、ベルアッガーの戦い、傭兵シリーズ第3巻。第4章、第5章の描写に、そのような話し合いについて書かれていた。類似のシーンは、その他複数の物語にも登場している」

「相変わらずねぇ……。でも、間違ってはいないし、実際そのとおりのシチュエーション、かしらね?」


はいイエス司令マム。難民の扱いについては、難しい判断も含めて似たシーンが出てきますね。アカネが読んだ複数の物語では、様々な結論が出ています」


 ふむ、と彼女は頷く。


「アカネ、あなたはどうするべきと思う?」

「……。正解は、分からない。でも、今後、テレク港街と付き合い続けると仮定すると。彼らの心象を悪くするのは避けるべき。できれば、難民を助ける方向が良いと思う」

「……それは、例えば<ザ・ツリー>が食糧を供出するメリットと釣り合うのでしょうか? 最悪、テレク港街も含めて殲滅すれば、後顧の憂いはなくなるということになりますが……」


 イチゴの意見に、なるほど、と彼女は考え込んだ。


 この5人の姉妹たち。彼女たちは、他人との関わりが非常に薄い。自分たちと、その他の人々の間に、明確な区分がある。そのため、効率のみを求めた非情な決断も即座にできるのだろう。しかしそれは、<ザ・ツリー>の安寧のみを求めれば正解だとしても、いささか寂しい、人情味というものが全く無い生き方になってしまう。


 できれば、閉じた世界の幸福ではなく、広い視野を持った幸せを感じてほしい。


 とはいえ、そのあたりは彼女にも言える話なのだが。現実世界でもそれほど他人と関わりがあったわけではなく、まあ、引きこもりのように生活していたのだから。とはいえ、あの世界では皆が同じような生活をしていたことを考慮すれば、極めて一般的な生活スタイルであったのは事実である。


「テレク港街とは、できるだけ仲良く、そして末永く付き合いたいわね。そういう方向で、もう少し考えてみましょう?」


 司令官お姉様の言葉に、5人の姉妹たちは元気に返事を返すのだった。

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