第68話 閑話(レオン・デグラート1)

「ではレオン、頼んだぞ」

「はい。行って参ります」


 場所は五連湖のほとり、街道沿い。この先半日ほど歩いた先に、フラタラ都市が存在する。


 使節団は、フラタラ都市で補給兼休憩を行うことが可能かどうか、斥候を出すことにした。

 斥候は、馬に乗った護衛長、レオン・デグラート。見送るのは使節団代表、アグリテンド・ルヴァニア。


 そして。


「ツヴァンツィヒさんも、よろしくお願いします」

「承った」


 <パライゾ>からの随行員、護衛のツヴァンツィヒだ。フラタラ都市への斥候を出したいという話で、彼女が立候補した。自分がついていけば、護衛の魔導機械ゴーレムも出せると。


 危険があるため遠慮してもらいたかったが、しかし<パライゾ>に所属する彼女たちの力というか戦闘能力は、正直なところ非常に高い。そもそも随行してもらうのも、護衛戦力としてだったため、素直に同行してもらうことにしたのだ。


「長居するつもりもありませんし、様子を確認できればすぐに戻ります。問題無さそうであれば先触れの連絡程度は行いますが、そうですね、日が暮れるまでに戻らなければ、フラタラ都市へは近付かれないようにお願いします」


「分かった。一応、明日の昼までは待つ。死ぬなよ」

「はい。死ぬ気は毛頭ございません。彼女も一緒ですしね」


 頷き、レオンは愛馬に跨った。ツヴァンツィヒも、彼女の操る魔導機械ゴーレムに乗り込む。このゴーレムは、随伴する巨大なゴーレム(彼女らはボキと呼んでいたが)に格納されていた小型のものだ。長さはレオンの乗る馬と同じ程度だが、幅は倍以上あるだろう。

 4本のがっしりとした脚を持ち、見た目は脚の少ない蜘蛛だ。そのため、体高はそれほど高くなく、彼女の座る位置はレオンよりも低いくらいだ。


「では」

「行ってくる」


 馬が駆け出すと同時、彼女の跨るゴーレムも走り出した。速度は馬と変わらない。音も殆どしないため、かなり高性能なゴーレムなのだろう。


 とはいえ、レオンはゴーレムなど、酒場の噂話程度にしか聞いたことはないのだが。


 フラタラ都市まで歩けば半日は掛かるが、馬の駆け足ならそう掛からずに到着する。街の周辺だと小型の魔物も出現する可能性があるが、普通は馬に襲いかかることはないため無視していい。

 気を付けるべきは野盗だが、彼らも街と街の間の街道などに拠点を作ることが多いため、こちらも気にする必要はない。なにせ、鉄の町やその周辺領地との交易は1年以上途絶えているのだ。


 わざわざこちら側に野盗が網を張っている道理はない。


 そんな事を考えながら馬を駆けさせていると、すぐに遠目にフラタラ都市の外壁が見え始めた。後ろを駆けるツヴァンツィヒに対し、レオンは合図を送る。


「見えてきましたよ、ツヴァンツィヒさん。ここからは打ち合わせどおりにお願いします」

「分かった。何かある場合は、そちらから指示を」


 レオンが頷くのを確認し、ツヴァンツィヒは羽織っていたマントのフードを目深にかぶる。彼女の容姿は非常に目立つため、せめて衆目に晒すのを避けようという狙いだ。また、彼女はゴーグルと呼ぶ魔道具を、両目を覆う形で装着している。

 正直なところかなり異様な見た目になっているのだが、フードと合わせて声を掛け辛い雰囲気で、悪い意味での注目の的となるだろう。ただ、容姿端麗な狐耳の少女という評判が広がるよりはずっとマシだ。


 使節団の誰もが、治安に関しては全く信用していなかった。


 <パライゾ>の面々が表に出た瞬間、人攫いが大挙して押し寄せるだろうというのが、全員の共通認識である。


 今回の偵察も、情報が途絶えている間にフラタラ都市が壊滅していないかだとか、盗賊団に占拠されていないかとか、そういう最悪の事態になっていないかの確認が目的である。


「見た感じ、荒れているようには見えませんね」

「……そう。確かに、荒廃しているようには見えない。煙も上がっているし、人間が生活しているのは間違いない」


 確かに、恐らく煮炊きの煙と思しきものが幾筋も確認できる。ただ、レオンが記憶している限り、フラタラ都市は魔石を燃料に使う焜炉コンロが普及していたはずだ。煮炊きに薪を使っているということは、魔石の供給量が低下しているのか、魔道具の故障を修理できなくなったか。

 どちらにしろ、あまり良い想像ではない。


「……文明が残っていればいいが」


 レオンは思わずそう呟いた。それが聞こえたらしいツヴァンツィヒは僅かにレオンに顔を向けるが、特に何を言うでもなく視線を前に戻した。特に返答が欲しかったわけではないため、それは問題ない。

 ただ、口の中で呟いた程度でも聞こえていたというのが驚きだった。あの狐耳は、伊達ではないということか。


(彼女らの前では、密談はできないということか……)


 レオンはその程度に考えたが、実際にはもっと大きな問題だ。クーラヴィア・テレクあたりがこの情報を聞いたら、ひっくり返って失神するだろう。

 とはいえ、既にほぼ全ての会話が<パライゾ>側に筒抜けになっているのだから、何があろうが彼女らの対応は特に変わらないのだが。


 レオンとツヴァンツィヒはそのまま馬(とゴーレム)を進め、フラタラ都市へ近付いていく。

 外壁は、土を盛り上げて木製の柵を渡しただけの簡素なものだ。

 高さは3m程度あり、野盗や小型の魔物の侵入を防ぐだけであれば問題ない作りだろう。


「右側に門があります。あちらに向かいましょう」

「分かった」


 右手に、閉じられた門扉が見える。門番の姿は見えないが、こちら側から出入りする人間はほとんど居ないだろうから仕方がない。問題は、もしこの門が閉鎖されていた場合、開いている門を探さなければいけないということだ。


「……ひとまず、尋ねてみましょう」


 ツヴァンツィヒにはそのまま騎乗していてもらうことにし、レオンは馬を降りた。ガチリと金属の擦れる音がしたため振り返ると、ツヴァンツィヒが手に持つ金属の武器(ライフルと呼んでいた)を何やら操作している。


「これ? 用心。気にしないで」

「……分かりました」


 まあ、確かに。いきなり襲われる可能性もあるから、門の外では警戒して損はないだろう。さすがに、都市に入ってからはあからさまな行動はやめさせたほうがいいのだが。


「おい、誰か居るか!!」


 門に付けられたノッカーを打ち鳴らし、声を張り上げる。2回繰り返したところで、中からガンと金属を叩く音が返ってきた。


「聞こえてる! 今から開けるからちょっと待て!」


 ややあって、ぎぃ、と音を立てながらのぞき窓が内に開いた。


「なんだ、わざわざこっちの門に回ったか……? 獲物も居ないだろうに」


 顔を出したのは、特徴的な染め方をされたバンダナを巻いた男だった。これは覚えがある。フラタラ都市の衛兵たちが揃って身に付けている、身分証のようなものだ。

 レオンは安心する。少なくとも、見た目はフラタラ都市の治安機構が残っているということだ。内情はまだ不明だが。


「いや。私はここの者ではない。テレク港街こうがいは知っているか?」

「……? いや、聞き覚えはないが……。……! もしかして、他の街から来たのか!?」


「ああ。我が王国で、唯一の港のある街だが、知らないか」


 レオンの言葉に、門番は大きく目を見開いた。


「港か!それは聞いたことがある! ……ちょっと待て、すぐに知らせに……いや、入ってもらおう! 人数は!?」


「私は先触れだ。もう1人ついてきている、馬とゴーレムが居るが、一緒に入っても問題ないか?」

「馬と……ごーれむ? ああ、いや、問題ない。領主館に直接入ってもらおう。少し待て、門を開ける」


 バタバタとしたやり取りの後、門扉の片方が外向きに開き始めた。どうも門番は1人のようで、レオンも開けるのを手伝う。


「ああ、すまない。助かった。普段はこちらを使う事は無いからな、1人しか詰めていないんだ」

「だろうな。なに、私も下働きだ。気にしないでくれ」


 さすがに全て開くには門が重すぎる。半分ほど開いたところで、中に入ることにした。


「さあ、行くぞ。ツヴァンツィヒさんも、どうぞ付いてきてください」


 レオンは愛馬を引いて歩き出した。ツヴァンツィヒも頷き、ゴーレムの歩を進める。そんな彼女とゴーレムを、門番の男がすごい顔で見ているのが印象的であった。

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