第107話 浸透する脅威

 南方大陸調査隊の隊員達は、1週間の休暇を満喫し、そして本国へ向けて再び出港した。


 今度は、よく知った航路、向かう先は母国である。家族が待っている者も多く、士気は当然のごとく高かった。


 特に交易海路というわけでもないため行き交う船はほとんど居ないが、それでもレプイタリ王国の勢力圏だ。警戒もおざなりになるし、そして船長もそれを咎めない。

 物資は飛び石要塞ステッピング・フォートレスでたっぷり補給しているため、料理長も腕の振るい甲斐があるというものだ。毎日、工夫を凝らした料理が振る舞われる。


「今日も鳥星とりぼしが出てるな…」

「おう、天気がいいってこったろ。料理長の飯は惜しいが、早く本土に帰れるんだ、いいことじゃねーか」


 ここ1,2年ほどでよく観察されるようになった、鳥星とりぼしと呼ばれる、昼間に光り輝く星。

 恐らく、最初にこの星に気づいたのは飛び石要塞ステッピング・フォートレスが建設される前の島民達だろう。奴隷として使われている島民が話しているのを聞いたことがあった。

 よく晴れた日、朝、あるいは夕方になると遠くの空に光る星が出現する。

 夜空の星とは違い、動いているのがはっきり観察できるため、航海士などの知識層は、星ではなく空高くを移動する何かだと考えているようだったが。


 当時は要塞から南の空に観察されるだけであったが、最近はいろいろな場所で見られるようになっている。


2番艦グラリ―・ディバンの奴らにも食わせてやりたかったなぁ…」

「そいつは言いっこ無しだぜ、兄弟ブラザー。しんみりするのは全部終わってからだ。さあ、そろそろ飯の時間だぞ!」


 これまでの航海とは比べ物にならない、快適な帰路だった。穏やかな天気が続いており、急ぎの仕事もない。

 めいめいは適当に仕事を切り上げ、ポーカーに興じたり釣りをしたりと、好きに過ごしていた。



「というような状況です」

「すごい。完璧に筒抜けじゃない」


 船団に侵入させているボット群は、うまく物陰に潜んで船内の状況をリアルタイムでモニタリングできていた。

 電波の受信は、後方上空に張り付いている高高度ドローンが行っている。

 本来、数百キロも離れた場所から微弱な電波を拾うのは難しいのだが、電波源が他にないこの惑星では、実用に耐える精度で遠距離の電磁波を収集することが可能であった。


「ここから順調に行けば、10日後にレプイタリ王国の首都に到着するでしょう。

 可能性は低いですが、海中哨戒網があることを想定し、プランを組んでいます。

 基本は船団旗艦の真下に潜水艇オルカを同行させます。

 航路の安全が確認され次第、潜水艇群を送り込むことができるでしょう」


「海中哨戒網ねぇ…」


はいイエス司令マム

 科学的な手段、あるいは非科学的な手段により、侵入を検知する何らかの機能がある可能性があります。

 技術レベルから推察し、科学的手段はゼロと遜色ない程度の可能性ですが、ファンタジー非科学的な手段は推察すらできません。

 ですので、潜水艇オルカの同行のみ行い、反応を確認します」


 自分たちの勢力に所属しない何かを探知する機能があった場合、オルカの存在も察知される可能性はある。

 それはそれで判断材料になるし、そもそも海外から戻ってきた船であるため見逃されるかもしれない。

 侵入できれば、スパイボット群をばら撒き意思決定機構へ潜伏させることで、今後の対応もやりやすくなるはずだ。


「高度な防諜機構を持っている可能性もあるけど…」


はいイエス司令マム

 少なくとも、例の要塞を調査した限りは文明レベルは未熟です。

 たとえ特化した分野があったとしても、それを十全に扱えるほどの蓄積、素養は無いと推察されます。

 非常に優れた探知機能を持ち、我々の侵入に気付いたとしても、侵入したものが何なのか、どう対処すべきか、反攻カウンターを行えるかどうか、正確に推測し対応するためには総合的な経験蓄積が物を言います。

 我々はそれを知識ライブラリという形で保有していますが」


「彼らには、その歴史的蓄積はない、ね。

 そうね、まだ若い国家みたいだし、ようやく工業化が始まったってレベルだものねぇ。

 最悪オルカが対処されても、次は飽和攻撃も試せるか…」


はいイエス司令マム。スパイボット程度であれば、いくらでも」


 <ザ・ツリー>は継続的に資源を集める仕組みが完成した。そして、大幅な増産の見込みも立っている。

 10機で対応できなければ100機を、100機で対応できなければ1,000機を送り込める資源を確保できているのだ。


 第2要塞も、順調に機能拡張を続けている。

 地下資源の採掘規模を拡大しつつ、生産設備も同様に増設している。

 石油、および天然ガスを原料とする大規模な化学プラント。

 鉱物運搬用のベルトコンベアは、自動制御で網目のように伸びていっていた。


 また、日々発生する大量のケイ素化合物を建築材とし、閉鎖型の植物生産プラントの建造も行っている。これは、大量のセルロースを確保するための試験棟で、効率よく植物を育成する方法を確立することを目的としている。

 ついでに、ケイ素化合物の利用法模索の一環だ。ちなみに現在の利用先の殆どは、ブロック状に加工して整地や埋め立ての基礎となっている。



 そして、およそ12日後。


 途中、海が荒れたために漁村へ停泊するなどのアクシデントがあり若干遅れたものの、船団は無事に、レプイタリ王国首都モーアへ入港した。


 その直下に、<ザ・ツリー>製の潜入機械を伴って。



 着々と更新されるレプイタリ王国の地図を眺めながら、司令官イブは溜息を吐いた。


「なんか、あれねぇ…。こう、思ったよりこう…。レベルが、低いわね」

はいイエス司令マム。予想はしていました。アフラーシア連合王国の文明レベルが低いことから、この大陸全体の文明レベルもある程度推測はできましたので」


 予想はしていた。

 が、理不尽ファンタジーな出来事が続いていたため、どうしても予想精度の数値を落とさざるを得なかったのである。


「魔法技術って、あんまり発展していないのかしら」


「今のところは、脅威となるものは見つかっていません。全て、<ザ・ツリー>の科学技術で同等のものを再現可能なレベルです。そういう意味では、レプイタリ王国は警戒に値する勢力ではありません」


「せめて国家と言ってあげなさい」


 調査船団と同時に侵入した潜水艇オルカは、夜の闇に乗じてスパイボットを港に展開。その基地能力から指示系統まで、全てを丸裸にしてみせた。

 結果判明したのは、急速な工業化に伴う様々な歪み、洗練されたとは言い難い軍編成。そして政治的な様々な柵、汚職、乱立した政府機関であった。


「歴史上の状況と比べると、かなりマシであると思われます。

 レプイタリ王国の歴史については調査中ではありますが、過去数十年以内に、大きな政変があったようです。

 貴族階級の既得権益はそれほど問題はないようですが、民間の汚職が目立ちます。

 急速な経済発展により、格差が無視できないレベルで発生しているものと想定されますね」


 結局、警戒していた哨戒網も全く存在しないと判明したため、その日のうちに大量の潜水艇オルカがレプイタリ王国中の海岸線に突入。

 大量のスパイボットが各地の港を中心にばら撒かれた。

 既に取得済みの航空写真から策定されていた拡散経路に沿い、スパイボット群は王国中に浸透していっている状態である。

 ついでに突入、海底に設置された戦略AI搭載の特殊潜水艇により、ボット群は有機的に制御されつつ急速に諜報網を構築しつつある。


「この調子なら、レプイタリ王国の国家中枢も」

「王宮および各議会、主要な高官の邸宅には諜報網を構築済みです」

「あ、そう…」


 最近増えてきた、鳥星とりぼしの目撃証言。


 繁殖期でもないのに、大きな羽虫が急に増えたという愚痴。


 まあ、当然どちらも<ザ・ツリー>の介入の結果ではあるが、それがまさか他勢力からの浸透作戦の一環であるとは予想もつかないだろう。


「かわいそうになってきたわ」

はいイエス司令マム

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