第211話 ほのぼの回

「いろいろあったけど、ようやく落ち着いた感じねぇ」


はいイエス司令マム


 まだまだ片付けなければならない案件は、多く残っている。

 ただ、司令官イブが判断ないし要望を言う段階は過ぎた、と言えるだろう。


 今後は、<リンゴ>に丸投げしておけば、いいように采配してくれる。

 現地に設置した統治用の戦略AIも順調に育っており、今後はそちらに権限を移譲していくことになるだろう。

 そうすると、<リンゴ>の処理能力は更に余ることになるのだが。


「よし、今日はいまから、海水浴とバーベキューにしましょう。あと、そのままキャンプよ!!」


「キャンプですか」


「そうよ! たまには外で一夜を明かすというのもいいんじゃないかしら!」


 司令マムの言葉に、<リンゴ>はひとまず、ライブラリを検索した。


 キャンプとはいかなるものか。

 なぜそれをやりたいと思うのか。それを面白いと感じるのか。

 それをするにあたり、何か問題が発生するか。


 0.03秒で思索を終え、<リンゴ>は頷いた。


はいイエス司令マム


◇◇◇◇


 岩礁海域に聳え立つ要塞<ザ・ツリー>だが、日々拡張を続けていた。


 基本的には、内部で暮らす司令官イブを守るための防衛機構が増設されている。


 それは周辺を囲う柵であったり、防御砲台であったり、航空戦力用カタパルトであったりする。


 そして、それらとは別に併設された施設。


 人工ビーチである。


 稀に司令官が泳ぎたい気分になるため、安全に海を楽しめるよう、<リンゴ>が苦労しながら設計した設備である。


 基礎はコンクリートで固め、意図しない生物種が侵入しないよう、幾重にも柵や網が設けられている。

 内部は砂が敷き詰められており、数人で泳いで遊ぶには十分な大きさがあるだろう。

 海水自体は外洋と直接循環しているため、波や潮の満ち引きも存在する。


 一応、全天候型ということで、透明度の高いクリスタル製の天井も備えられている。これは可動式で、巻き取ってしまうことも可能だ。

 ただ、紫外線による皮膚や目へのダメージが懸念されるため、通常は天井が展開された状態だ。

 側面までは覆っていないため、自然の風も十分に循環する構造である。


 ビーチ内部、および外周外側は、定期的に水中ドローンや空中ドローンが巡回しており、異常がないかをチェックしていた。


 ビーチ内には無害判定された海藻、魚類、その他小型生物が放流されており、半ば独立した生態系を確立している。

 これらはドローンによって管理されていた。

 意図していない生物種が紛れていないか、個体数に大きな変動はないか、細菌やウィルスが繁殖していないか、毒素が生成されていないか。

 ビーチを使用する司令官イブへ万が一にも危害が及ばないよう、徹底的にチェックが行われている。一種のビオトープだ。


「はー。こう、何もせず漂ってると、全てを忘れられるわねぇ」


 イブは、浮き輪に仰向けでお尻をはめた姿勢で漂っていた。

 そのままだとどこに流れていくかわからないため、<リンゴ>の操る人形機械コミュニケーターが浮き輪の縁をガッチリと掴んで、縦泳ぎをしていた。それなりに深い場所なのだ。


「……お姉ちゃんだ」


「あら……オリーブね」


 そうやって漂っていたイブの浮き輪に、同じく浮き輪に入ってパシャパシャと移動していたオリーブがぶつかった。


 オリーブは引っ込み思案で、普段は他の姉妹たちの後ろでじっとしているのだが、こういうシチュエーションだといつの間にかイブにくっついている事が多い。

 わりとちゃっかりしている性格だった。


「あなたは遊んでこなくていいの?」


「いい。ついていけない」


 イブの視線の先では、ウツギとエリカがはしゃいでいる。

 はしゃいでいるというか、2人して水中鬼ごっこをしていた。


 両足にフィンを付け、その身体制御能力を遺憾なく発揮し、まるでイルカかペンギンのように、水面からジャンプしつつ泳ぎ回っている。


 ちなみに、人型機械アンドロイドとしての身体能力に、5姉妹たちでそれほど大きな違いはない。ウツギ、エリカにできているということは、オリーブにも可能である。


「まあ、ああいうことを積極的にやるのはあの2人だけだとは思うけど」


 イブは砂浜に顔を向ける。

 そちらでは、アカネとイチゴが、何やら砂の建造物を製造していた。


 どうも、何かの資料で読んだ、砂を使った芸術品アート作りについて、2人で実践しているらしい。

 既に、いくつかの失敗作が砂浜に出来上がっている。


「あっちには行かなくていいの?」


「えっと……いまはこっちのきぶん」


「あら、そう?」


 そういえば、とイブは思案する。

 アカネ、イチゴ、ウツギ、エリカ、オリーブの5姉妹。彼女らは、それぞれが何らかの趣味のようなものを持っていたり、自由時間に遊んでいたりという姿を見掛ける。

 娯楽を娯楽として楽しむ。それぞれが、好きと感じる何かに打ち込んでいることが多い。


 が、<リンゴ>に関しては、あまりそういった姿を見ることはない気がした。


 とはいえ。


(<リンゴ>は能力が高すぎるのよね。たぶん、どんな趣味でも、一瞬で極めてしまう。しかも、シミュレーション上だけで)


 <リンゴ>に掛かれば、大抵のことは軽くこなしてしまうだろう。

 逆に5姉妹が趣味に打ち込むのは、その演算能力がハードウェアに依存しているためだ。スタンドアローン状態でのシミュレーション能力はそこまで高くなく、思いついたことが可能かどうかは、実際にやってみるしか確認方法がないのである。


 なんとなく嬉しそうな表情をしてぐいぐいと顔を寄せてくるオリーブに苦笑し、イブはその頭を撫でた。


 人形機械全般には、撫でられるという行為に対して反応する神経が準備されている。

 多くの動物には、撫でられると快楽を感じる機能が備わっている。これを模したものであると想像は付くのだが、なぜ機械にこの機能を搭載したのだろうか。


 まあ、設計したのはイブではないし、<リンゴ>でもない。最初から保存されていた雛形だ。

 考えても、答えは出ない。教えてくれる存在も居ない。


 気持ちよさそうに目を細めるオリーブを引き続き撫で付けつつ、イブはどうでもいい思考をだらだらと続けていた。


◇◇◇◇


 バーベキューである。


 バーベキューセットは、<リンゴ>がしっかりと管理していた。

 大型のグリル内には炭火が準備され、巨大な肉塊がジリジリと炙られている。肉塊の正体は、アフラーシア連合王国で発見された豚によく似た家畜だ。イブは豚と呼んでいる。


 <リンゴ>は複数の人形機械コミュニケーターを操作し、調理を行っていた。


「お姉さま。肉が焼けた。ぜひ食べて欲しい」


「ありがとう。じゃあ、もらうわね」


 アカネが、イブの持つ皿の中にトングで掴んだ肉をそっと入れる。アカネが自分で、焼き網の上で焼き上げた肉である。もちろん、焼き加減は<リンゴ>がしっかりと確認している。問題ない。なので、特に制止はされなかった。


イブが口を付けたのを確認し、アカネも自身の皿に肉を入れていく。


「おいし」


「……」


 頷きながら咀嚼するアカネ。

 アカネはよく食べる。最近は調理に嵌っているらしい。自分の手で、いろいろな料理を生み出すという行為が好きなようだ。


 その向こうで、ウツギとエリカが焼きそばを作っていた。

 頭に鉢巻を巻き、コテを使ってサクサクと混ぜながら焼いている。

 妙に様になっていた。


 その他、その辺で採れた魚や貝が焼かれていたり、栽培している玉ねぎやトウモロコシのような野菜類が網の上に乗っている。

 個人の家の庭で行われる、理想のバーベキューといった風体だった。


 普段出される料理も美味しいのだが、こういった野外料理は、とくに美味しく感じられる。


 非日常的な雰囲気というのが、味をより際立たせて感じさせるのだろう。知らんけど。


 時刻は夕方だ。

 泳ぎ始めたのは昼を過ぎてからだったため、それなりに疲労している。当然、お腹も空いていた。

 安っぽい作りの透明なプラスチックに入れられた焼きそばをエリカから受け取りながら、イブは願う。


 このふわふわとした幸せな生活が、いつまでも続きますように、と。


 そして、この焼きそばは、なんでそんな容器に入れられているのだ、と。

 え、様式美? 意味が分からない。

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