第194話 道中

 森の国レブレスタの街道を、異様な風体の一行が進んでいた。


 先頭は、洗練されたデザインの、4頭立ての馬車とその護衛達である。

 これはレブレスタの役職付きが使用する馬車であり、珍しいが異様というほどのものではない。

 通常より、随行する護衛が多いという程度だ。


 問題は、その馬車に続いて走るである。


 6本もある脚を使って移動する、巨大なゴーレム。

 その全長は、先頭の馬車より遥かに大きい。


 どこか生物的なフォルムを思わせるそれが、2体、街道を塞ぐように並んで進む。

 滑らかに動作する各脚と、上下に振れることのない安定した胴体の動きは、見る者に根源的恐怖を想起する。

 純白に輝くその外装に、誰かの横顔を模したレリーフが彫られていることに気付かなければ、あるいは新種の魔物と報告されてもおかしくはない。


 しかし、その2体のゴーレムの後ろには、更に巨大な構造物が続いている。


 横幅は、街道を完全に塞いでいる。

 全長は非常に長く、4頭立ての馬車4台が並ぶよりも更に大きい。

 多数の車輪が付いており、何らかの人工的な乗り物であるということは予想が付くだろう。


 だが、それを引く動物は繋がれていない。

 その巨大な乗り物は、ひとりでに動いていた。


 更にその後ろにも、大きさは半分程度とは言え、十分に巨大な、これも恐らくゴーレムと思われる自走する貨車。


 そして、6脚の巨大ゴーレムと、それに付き従うように最後尾を歩く小型の6脚ゴーレムが続く。

 だが、それは目の錯覚だ。

 最後尾の小型に見えるゴーレムは、先頭の6脚ゴーレムと同じ大きさである。

 つまり、6脚ゴーレムは、3台のそれと、その倍の大きさの巨大なゴーレムが存在するということだ。


 先頭を歩く馬車がおもちゃに見えるほど、その大きさに差異がある。


 その一行を目にしたレブレスタ国民達は、皆がぽかんとした顔で見上げることになった。


 彼らが現在移動しているのは、森の国レブレスタとアフラーシア連合王国との交易路に当たる。

 アフラーシア連合王国の東門East Gate都市Cityからもたらされる様々な交易品。特に全盛期は、大量の小麦、調教された馬、そして何より、貴重な燃石トーン・マグという魔法的戦略物資を運ぶため、大規模な街道が整備されたのだ。


 ただ、アフラーシア連合王国の凋落に伴い街道は寂れ、宿場街はいくつも潰れた。


 それが俄に活気を帯びてきたのは、交易品の数も量も、それなりに増えてきたからである。

 噂に聞こえるのは、アフラーシア連合王国が再統一されたという話。

 よって、国内事情が改善し、再び交易が開始されたということだ。


 とはいえ、宿場街で商売をする人員達は、所詮は下働きである。

 詳しい事情はもちろん分からないし、知る術もない。


 ただ、アフラーシア連合王国を統一した新勢力が、巨大な乗り物と共に使節団を派遣してくるから驚かないように。

 そう伝えられただけであった。


 馬車移動と考えると、彼らが進むのは通常の倍の速さだ。

 大使達の一行は、毎日のように馬を替えつつ、かなりの速さで移動するのが常である。

 おおよそ、人の歩く速さで1日おきに準備されている宿場街には、正午頃の到着となった。


 大使達とその護衛については、往復するたびにこの宿場街に世話になっているため、面識がある。

 とんでもない一行が来たとは言え、彼らも仕事だ。すぐに馬のための水や飼葉が用意される。


 もちろん、大使達、そして護衛達にも食事を振る舞わなければならない。

 さすがに贅を凝らした、とはいかないが、一般的に見ればかなり質のよい食事だ。


 そして、今回は彼らに加え、アフラーシア連合王国の使節団の分も準備が必要である。


 馬の分は必要ない、と口を酸っぱくして言われた甲斐があり、訝しみながらも用意しなかったのだが。それは、その一行を見て理解できた。

 そもそも、馬が随伴していない。


 更に、食事の場所も殊更に準備は不要、広い場所だけ確保させられたのは、アフラーシア連合王国の使節団が、自らその場所を設営するからだ。


 純白の巨大なゴーレムから、パラパラと人が降りてくる。

 見た目は華奢で、一見するとただの少女の集団に見える、彼女達。


 彼女らは、巨大なゴーレムからテキパキと荷物を運び出し、指定された場所にあっという間に首都の高級カフェレストランのオープンテラスかと見紛うほどに整った食事スペースを設営してしまった。


「護衛の方々もあちらに。大使殿、こちらで構わないか」


「ああ……。……素晴らしい手際だな。感服する」


 大使の随行員達が、慌てて準備を始めた。

 宿場街の用意していた食事や飲み物を広げ、彼らに指示を出し、昼食会場を整えていく。

 流石に面食らってはいたようだが、そこはプロだ。


 席についた面々の前に、用意されていた食事が次々と運び込まれた。


「道中の食事などはこちらで準備させて頂くとは言ったが、このようなテーブルや椅子を、短期間で出していただけるとはな。中々興味深い」


「全て、アフラーシア連合王国産の木材で制作させたものだ。環境が厳しいからか、硬く引き締まった品種が多い。野外での過酷な使用に耐えられる。興味があるなら交易品目に追加させるが」


「是非にお願いしよう。しかし……。まだ信じられないが、本当にあの大きさのゴーレムが動き続けることができるのだな。速度は、どうやら我々に合わせていただいているようだがね」


 あまり悠長にしていると、次の宿場街に付く前に日が落ちてしまう。

 早速食事に手を付けながら、外交官筆頭ティアリアーダ・エレメスは話を続ける。


「全く、信じられない思いだ。空を行くあれも、あなた方が飛ばしているのだろう。物資の輸送にも使っていると聞くが、それでもこのような地上を走るものも使っているのだね」


「空は広いが、飛び回るには大きな力が必要だ。それに、魔物の脅威もある。あなたが想像するほど、空は自由ではない。よって、地上で運搬できる輸送車というものも、我々は運用している」


 用意されたのは、手早く食べられるよう小さく切り分けられたサンドパン。具材をパンで挟み込み、片手で、そして一口で食べられるものだ。

 具材によっては、高級感も演出できる。

 手掴みしても下品だと言われないというのも、こういった場で喜ばれる。


 ティアリアーダは一口で食べているが、対する人形機械コミュニケーター、アルボレア=ヒースと、アリスタータ=ヒースは、ちまちまと小さな口に運んでいた。

 並んで立てば、彼女らは肩より下に頭が来るのだから、さもありなん。


 とはいえ、ティアリアーダは決して、彼女らを軽んじているわけではない。

 初めて<パライゾ>と相対したときこそ侮っていたが、彼女らが見た目によらず事務的であり、言葉を交わす毎に深い知性を示すことから、高い評価を下している。


 ともすれば、自分たちよりよほど優秀だ、と。


 彼女達は見た目にも気を使っており、少女らしい格好を好む。

 だが、それでいて少女としての、何より女としての武器を使わない。女性としての扱いを望まず、常に対等な交渉を望む。

 少女特有の甘えも見せず、感情も顕にせず、淡々と物事を運ぶことをよしとする。


 東門East Gate都市City担当のドライツィヒなどは、どうも本国の王族に連なる血筋だ、という事も匂わせているため、恐らくそういった教育を受けているのだろう。

 ただ、彼女らの一族が押し並べてそうなのだ、ということは、今ティアリアーダと同席している2人と交流を始めてから知ることになった。


 2人は揃って、頭に大きな猫の耳をつけている。

 普通に色違いの狐に見えるのだが、当人たちが猫だと言っているのでそうなのだろう。確かに、時折振られる尻尾は、狐よりも細く長く、しなやかだ。


 まあ、外見はさておき。


 彼女らのストイックな姿勢に、ティアリアーダはすっかり感化されていた。

 女性らしさを全面に押し出さない、事務的にことを進める姿勢が、非常に好ましいものと映っているのだ。


 外交官として多くの経験を持つ彼をして、彼女らは最も付き合いやすい、しかし最も手強い相手だった。

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