第218話 スカウト

 海岸からほど近い、とある山頂。


 人の手が入った気配の全くないその山に、<ザ・ツリー>は観測拠点を作り上げた。


「情報収集は順調です。少なくとも周囲20km程度は人類の痕跡は認められません。また、100km圏内において継続的な活動は観測されていません」


「それは逆に、100km以上移動しないと、有効な偵察ができないってこと?」


はいイエス司令マム。本基地を拠点に、子拠点を伸ばしていくという方法になるでしょう」


 リンゴは、拠点から蜘蛛の巣のように伸びていく監視網のシミュレーションを表示した。


 プラーヴァ神国の海岸側の森林地帯は、どうやらあまり人の手が入っていないらしい。

 まあ、開拓は西側に広がる平原地帯を優先しているようだし、わざわざ起伏の多い森林側には来ていないということだろう。


「本拠点の地下に動力炉を設置、エネルギー供給拠点として稼働させます。制御AIは、万が一を想定し、沖側5kmの海中へ設置。光ファイバーケーブルを埋設し、直接接続しています」


 プラーヴァ神国の情報収集に当たるのは、A級AI、<アイリス>だ。

 <アイリス>は、海中要塞<アヤメ>に設置されているA級AI<アヤメ・ゼロ>を基盤に製造された拠点管理用の戦略AIである。頭脳装置ブレイン・ユニットではなく、光回路フォトニクス神経ニューラルネットワークチップが主器演算装置として採用されている。


 そして、光回路を使用しているという特性上、演算信号を光ファイバーに乗せることが可能だ。十分な通信帯域を確保した上で、何重にもバックアップを掛けるという前提ではあるが、山頂の拠点に小脳のような役割を持った演算器を準備し、直接接続することで、実用上はタイムラグ無しに制御が可能となる。


 もちろん、正確には1000分の1秒ミリセカンド単位で遅延は発生するのだが、神経ニューラルネットワーク演算器であればそのタイムラグは吸収できる。


「んー、AI達の構造がだんだん複雑化していくわね。運用に問題はなさそう?」


はいイエス司令マム。運用データ取得の意味もあります。山頂拠点を放棄した場合、直接接続されている<アイリス>に、悪影響が発生する可能性があります。これを予防するため、常時バックアップを海中拠点側に取るよう構成しています」


「……まあ、箱入りにするにも限度があるしね。ある程度は仕方ない、か……」


 司令官イブとしては、彼女の妹達、あるいは娘達は大事に育てたいという想いがある。

 だが、それでは<ザ・ツリー>としての成長は頭打ちだ。

 外へ外へと、拡大を続ける必要があるのだ。


「ノウハウも溜まってきましたし、資源にも余裕が出てきています。ある程度のところで、無感情コピーAIに切り替えるべきかもしれません」


「そうねぇ。成長性が失われる問題はあるけど、それをカバーする多様性と物量は用意できるようになったものね」


 その実験という意味でも、第2世代セカンドの<アヤメ・ゼロ>を土台として、第3世代サードの<アイリス>を製造したのだ。

 基盤バックボーンとした、第1世代ファーストAI<アカネ>とどれだけの差異が出るか。

 判断能力、情緒ないし感情的な反応の違い。

 また、敵地偵察用の拠点という性質上、当面の間は人形機械コミュニケーターは与えることができない。その状況に対する反応を確認する必要もあるのだ。


 頭脳装置ブレイン・ユニット、あるいは神経ニューラルネットワークベースのAIは、程度の差はあれど、どうしてもある種の感情を備えてしまう。


 この感情という思考演算は、プラスの面ももちろんあるが、マイナス面も発生する。


 例えば、AIをまるごとコピーした場合、扱い方を間違えると双方の自意識同一化を促進してしまい、自我崩壊を起こすことがあるらしい。

 これは、十分に情報的隔離を行うことで予防できるのだが、そうすると製造後一定期間、同一の、または関わりのある業務に割り当てることができなくなる。


 十分に時間的、資源的余裕があるのであれば、そういった方法でAIを増やすことも可能なのだが、機械的大量生産のメリットを潰すことになるため、できるならば回避したい問題だ。


「少しづつ、そういった自動機械も増やしていきましょう」


「そうね」


 お姉さまイブは現地の<アイリス>に対して頑張れスタンプを送信し、モニターを待機に回した。


「で、これが今運用してる偵察ボット?」


はいイエス司令マム。鳥類型のボットです。これまで運用していた虫型のものよりも高精度なセンサーを搭載しており、移動速度や外乱耐性を向上させています」


「うーん、鳥ねぇ。カラス?」


はいイエス司令マム。種別としてはカラス科、カササギ属をベースとしています。似たような色彩の鳥類が周辺に分布していることが確認されましたので、目撃されても不審がられる可能性は低いと判断しました」


 正面ディスプレイに投影されているのは、プラーヴァ神国の偵察に使用するボットである。


 全長は40cmほど。

 黒い羽と白い模様、そして長い尾羽が特徴の、中型の鳥だ。


「こちらが、周辺に生息している鳥です」


 隣に映されたのは、基地周辺の森の中で見つかった、似たような色彩の鳥である。

 似たような、というか、ボットの色彩をこの鳥に寄せたのだが。


「あら、かわいい」


 全長は60cmほど。やや緑がかった黒い羽と、白い模様、長い尾羽根。

 食性は雑食で、木の実や虫、動物の死骸などを食べているところが観察されていた。


「この鳥はあまり移動はしない種のようですが、ボットは上空500m程度を100km以上飛行させることが可能です」


「虫型、風に流されてたものね」


 虫型ボットは、発見されてもほぼ気づかれないというメリットが有るのだが、体が小さく強度も低いため、風や雨などの外乱に非常に弱く、かつセンサー精度も低いというデメリットを抱えている。

 街中であれば風を凌ぐ場所が多く、センサー精度も数で補うということが可能だが、自然の多いこの地形では、ほぼ運用はできないだろう。


 そのため、筐体を大きく取れる鳥型を導入することにしたのだ。

 バッテリーは最低限で、駆動エネルギーを送信できるからこそ可能な、わりと力技の選択ではあるのだが。


 鳥型も、虫型よりは大きいものの、飛行させる必要があるため、あまり重量が大きいものは搭載できないのだ。

 飛行機能ということだけを考えれば、固定翼機が最も効率が良い。


「現在は、このボットを多数展開し、運用経験を蓄積しているフェーズです。数日後には本格的に情報収集を開始します」


「多少でも、アマジオさんに渡せる情報が仕入れられればいいんだけどねぇ」


 そんな司令官イブの言葉に、<リンゴ>は無言で頷いた。


◇◇◇◇


 アマジオ・シルバーヘッドという、彼らの大先輩。

 来歴の概要は聞いたものの、彼の目指すものが一体何なのか、結局語られることはなかった。


 ただ、彼の住む国を助けてほしいと。

 そして、可能であれば彼の相棒たる超知性体の再稼働に協力してほしいと。


 そのような要望を、やんわりと伝えられている。


 イブはそこまで気が付いていないが、<リンゴ>は統合的に情報を検証し、ある予想を立てていた。


 アマジオは、彼の国、レプイタリ王国に対して、そこまで愛着を持っていない。


 侵入させているボットが拾ってきた音声から、彼が<パライゾ>に接触を持ったのは、首脳部からの要請があったからと判明している。

 おそらく、自分で動くつもりはなかったのだろう。


 色々と、予想は立てられる。

 <リンゴ>は、想像する。


 アマジオ・サーモンというプレイヤーがどんな思いで生きてきたのか、と。

 あるいは、そんな状況に、<リンゴ>の愛する司令官が置かれた場合にどう生きるか、と。


(100年以上、この世界で生きてきた。転移前に何歳だったのかは不明だが、経緯を聞く限り、80歳、90歳という年齢であった可能性は低い。20歳程度で転移してきたと仮定すると、彼は人生の85%以上を、こちらで過ごしていることになる)


 果たして、それだけの時間を生き続け。

 なお、初心を保ち続けることができるのか。


 何らかの心変わりをしている可能性は、非常に高い。


(警戒をすべき、というほどではない。ただ、すべてを諦めている可能性は、ある)


 科学技術のない世界で、科学技術を追い続けることが、果たしてできるのか。

 それほど、強い思いを抱き続けられるのか。


(対話を続ける必要がある)


 あるいは、いっそ、与えてみるか。


(とはいえ、まだ時間はある。まずは、目先の脅威を排除する)


 <リンゴ>は冷徹に思考する。

 彼女イブ以外に現れた、彼女イブのためのモデルケース。彼女イブのため、彼女イブとの悠久の時間のため、<リンゴ>は情報を欲していた。

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