第219話 インスタント偵察

「手を出すって言っても、結局、どのくらい介入するのがいいのかしらねぇ」


 レプイタリ王国のデータを眺めつつ、司令官イブはぽつりとつぶやいた。


「アマジオさん的には、がっつりやっちゃってもいいって感じっぽいけど」


 全面的な協力を求めるアマジオ・シルバーヘッド公爵は、今後の関係性を考えつつ、基本は<パライゾ>主導で進めて構わないと言っていた。

 いや、あれはどちらかというと、プレイヤーのアマジオ・サーモンとしての言葉、なのかもしれない。国を治める公爵としては、他勢力からの介入は最低限にしたいだろうから。


「我々は通常の国家とは異なりますので、あちらも扱いかねているというところでしょう」


 多方面からの情報収集を行っている統括AI<リンゴ>は、そう補足する。

 レプイタリ王国と接触する<パライゾ>勢力は、ひとまず国家として付き合いを継続している。だが、本格的な介入を行うのであれば、超国家的な振る舞いを行うことになるかもしれない。


「武器を輸出するだけでも、あっちに対価を用意できるかって問題がねぇ」


「借款という手もありますが、返しきれるかが問題です」


「無償提供は、私もやりたくないわね」


 <ザ・ツリー>産の銃器は、少なくとも観測している限り、技術格差は数百年単位と考えられる。そんな武器をまとめて提供すれば、相当な優位性を持たせることができるだろう。


 だが、この世界には、魔法という未解析の技術体系が存在している。それが、<リンゴ>によるシミュレーションを阻害していた。


「プラーヴァ神国の戦力測定ができないため、適切な支援量を提案できません」


「そうね。そこは時間で解決はするけども。間に合うかしらねぇ」


 プラーヴァ神国の侵攻は、速度を落としつつも継続している。速度が落ちているのは、戦線が拡大しているからだ。相手国の抵抗は、全く効果を発揮していないようだった。


「とはいえ、この情報も、今はレプイタリ王国経由しか無いのよね。うーん、偵察を飛ばす方がいいかしら」


「……はいイエス司令マム。ギガンティアからヴァルチャー2を発進させるオプションを提案します。ギガンティアで発着させることで、航続距離を確保できることと、不測の事態へ対応しやすくなります」


「ほう。ヴァルチャー2とか用意してたのね」


 超音速高高度偵察機LRF-2ヴァルチャー2

 LRF-1は地上滑走路の発着だが、LRF-2はギガンティア搭載型として開発された機体だ。

 基本性能はLRF-1を引き継ぎつつ、マイクロ波給電にも対応させることでエネルギー容量を飛躍的に伸ばしている。

 LRF-1では不可能だった、センサーと武装の同時使用ができるようになったのだ。

 これにより、複数機をリンクさせた超精密多重レーザー照射なども行える。上空27kmという超高空から、地上をピンポイントで攻撃できるということだ。


「偵察機とは一体……」


 巨大な魔物達を相手にすることはできないだろうが、大抵の生物であれば、ヴァルチャー2を数機派遣するだけで頭上から丸焼きにすることが可能。当然、相手が建造物であっても超高温を叩きつけることができる。


「残念ながら、ソニックブームの問題は完全には解決されていません。表面装甲の凹凸を有機的に変化させて飛行音を打ち消す技術はありますが、超音速時の制御に難があるため、実用に至っていません」


「結構な音がするって話だっけ」


 音速を超えた瞬間に発生する衝撃波が地上で爆音として聞こえてしまう現象が、ソニックブームと呼ばれている。低高度でこれが発生すると地上に被害が発生する程度には、強力な衝撃波なのだ。


 まあ、実用化していないというだけで、<リンゴ>であればシミュレーション上は解決してしまっている可能性が高いのだが。


「まあ、びっくりはするだろうけど、問題ないんじゃない? ソニックブームだって気付くような人は居ないだろうし」


はいイエス司令マム。では、ギガンティアをアフラーシア連合王国北部地域へ派遣。そこから、西側に向かってヴァルチャー2を発進させ、戦場の偵察を実施します」


「そうね。とりあえず、私達が介入しているって事は伏せておきたいからね。ヴァルチャーなら捕捉されることはないと思うけど、気を付けましょう」


はいイエス司令マム


◇◇◇◇


 ギガンティアが、上空8,000mほどを飛行している。

 正体不明の魔物Unknownを刺激しないよう、レーダー波は最低限。その代わり、広域にわたって哨戒機を展開させていた。


 ギガンティアの背面で、射出扉がゆっくりとその口を開けていく。空力抵抗低減のために装甲で覆われていたカタパルトが立ち上がり、射出態勢を整える。


 エレベーターでせり上がってきたのは、ギガンティア搭載用に再設計された超音速高高度偵察機、LRF-2ヴァルチャー2

 2本のカタパルト上に、2機が配置された。


 排炎防御用のディフレクターがせり出し、固定される。

 僅かに時間をおいて、ヴァルチャー2の装備するロケットモーターが炎を吹き出した。


 ロック解除。


 電磁カタパルトが、ヴァルチャー2の機体を空中に押し出した。

 初速1,000km/h以上で、ヴァルチャー2が射出される。ロケットモーターの加速力により、数秒で音速を突破。加速を継続しつつ、一気に高度を上げていく。

 2機目も同様に、大空を駆け上がる。


 高度20kmまで上昇すると、2機のヴァルチャー2は編隊飛行を開始する。1機が先行し、もう1機が斜め後方を飛行する形だ。

 そのまま加速を続け、役目を終えたロケットモーターをパージ。

 ラムジェットエンジンでの加速に切り替える。


 徐々に高度を上げつつ、機体は加速を続ける。最終的には、上空27km、飛行速度はマッハ3.4に到達。この高度と速度を維持しつつ、目標地点を順に撮影していくのだ。

 機体の振動の問題はあるが、偵察衛星は最低でも高度200km程度を維持する必要があるため、それより遥かに低い軌道で地上を撮影できる。

 つまり、より詳細な画像を取得できるということだ。


 2機のヴァルチャー2は飛行を続け、およそ1,500km先の目標点に25分ほどで到達。複数の角度から画像を取得する。


 旋回しつつ、必要な地点を回り終えると、2機は帰還コースに乗った。

 特にイベントは発生せず、予定通りの帰還である。


 ギガンティアには、搭載機回収装置も準備されている。上空から滑空状態で降りてきたヴァルチャー2は、正確精密な操作で回収装置にタッチダウン。固定された機体は、そのままギガンティア内部に収納された。


 偵察にかかった時間は、およそ1時間。

 機体内の記録装置から吸い出された偵察情報は、ギガンティア経由でアフラーシア王都の戦略AI<イチョウ>が回収し、ウィルス等の情報洗浄を行った後に<ザ・ツリー>に送信された。


「戦場の情報を入手しました」


「見てはいたけど、早いわね」


 上空から撮影された何千枚もの高解像度画像、映像を解析しつつ、<リンゴ>はいくつかの画像をピックアップして表示する。


「全てとは言いませんが、ほとんどの戦線の撮影には成功しました。プラーヴァ神国の戦力は、現在解析中。戦線は、開戦前の位置からおおよそ500km程度は押し込まれていると考えられます。既に4か国が完全制圧されており、2か国は国境を突破されていますね」


「んー……。どうしようかな。これ、アマジオさんに渡しても大丈夫かしらね」


 リアルタイムと言って差し支えない時間で入手した、最前線の情報だ。

 これがあるのと無いのでは、今後の戦略策定に大きな影響を与えることになる。

 果たして、これを提供して、<ザ・ツリー>側の戦略に大きな問題が発生することはないか。


「影響は限定的である、と想定されます。迅速に移動を可能とする航空戦力は、存在しません。動力船による兵力移動も、最低でも5日は掛かるでしょう。むしろ、我々の力を示すとともに次の一手を考える材料を与えたほうが効率的と考えられます」


「まあ、そうねぇ……。基本的に動きは全部監視できているし、まあ、大丈夫か……」


 そうして送信された戦場画像を見て、アマジオが白目を剥いたというエピソードが追加されたのだが、特に重要な情報ではないため司令官イブには伝えられなかった。

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