第54話 ファンタジーを科学する

「レイン・クロインの解析が完了しました」


 あの死闘から随分と時間が経ったが、ようやく<リンゴ>がその報告をしてきた。


「時間がかかったわねぇ」

はいイエス司令マム。申し訳ございません。そもそも解体に非常に時間が掛かったうえ、あの巨体でしたので。簡単に報告します。詳細は資料にまとめていますので」

「オッケー。お願いね」


 レイン・クロイン。ワニをそのまま大きくしたような姿をしており、肉食で、非常に獰猛。

 体長はおよそ80m、尾を除くと60m。

 体重は、概算だが1,900トン。

 全身をくねらせながら泳ぐことで、目算、時速100km以上で移動できる。

 主な食料は、回遊しているクジラに似た海獣類。一度の狩りで、十数頭からなる群れを全滅させる。


「ここまでは、生物学的な調査結果です」

「……ほんっとに大怪獣ねぇ」


 攻撃を受けた際、体表に障壁のようなものを生み出し、防御する。運動エネルギーは無くならず、衝突箇所を中心に広めに分散される。

 障壁は2秒程度継続し、連続攻撃ないし持続的圧力により消失。その後、一定時間生み出せなくなる。映像解析結果から、およそ3秒程度、再展開に時間を要すると思われる。

 肉体自体も、鱗の1枚に至るまで非常に頑強で、初速1,000m/s程度の徹甲弾の直撃では貫けない。実際に危害を加えた砲撃は、初速2,000m/sになるAPDS弾。それでも、角度によっては弾かれる。


「この硬さが厄介だったわね。これの仕組みも分かったの?」

はいイエス司令マム。現象は把握しました。原理については目下調査解析中ですが、正直なところ、科学的アプローチで解明できる可能性は低いかと」


「やっぱり、魔法?」

はいイエス司令マム。魔法です」


 結局、レイン・クロインの直接の脅威はその巨体なのだが、防御力も異常だった。でかい、硬い、そして動きが速い。海でこんなものに不意打ちされたら、少なくとも現在の<ザ・ツリー>の戦力では多大な被害が出るだろう。とはいえ、静音行動をしているわけではないため、その可能性はほぼ無いだろうが。


「この硬さは、レイン・クロインの胴体と物理的に接続している状態の体組織に対して発揮されていました。概念的な話になって恐縮ですが、<レイン・クロイン>本体、と認識されることで、非常に強靭になったと考えられます」

「……? 続けて」


 レイン・クロインから(多大な労力を割いて)切り離した体組織は、単なる肉片に変わる。強度は科学的見地から常識的なものに。放置すれば、細菌の活動で腐敗もする。しかし、レイン・クロイン本体は非常に硬く、腐敗もしない。即ち、<レイン・クロイン>であると認識されるものについては、魔法的ファンタジーな謎の力で強化されていると考えられる。


「レイン・クロイン本体へ挿入した金属片などには、強化は適用されませんでした。しかし、傷口に別の海獣の肉片を挿入したところ、時間は掛かりましたが徐々に強化されたことが確認できました」


「へえ。生物じゃないと適用されないのかしら?」

はいイエス司令マム。正確には、性質プロパティが<レイン・クロイン>に変わった時点で、この強化は適用されたと思われます」


 強化された海獣の肉片。強化が適用され始めた時点で取り出そうとしたところ、驚くべきことに癒着を始めていたのだ。レイン・クロインの生命活動は停止しているにもかかわらず、だ。詳しく調査したところ、肉片の体組織が変質しており、レイン・クロインのものと非常によく似た組成になっていた。しかも、遺伝子レベルで同化が始まっていたのである。


性質プロパティ……ねえ……」

「そして、解体中に発見された弾体ですが、骨に刺さっていたものについては、先端部分の同化が始まっていたことが確認できました」


 タングステン製の弾体が、カルシウムを主成分とする組織と同化していた。全く意味の分からない現象である。


「……。超常生物ね……さすが理不尽ファンタジーだわ……」

「いくつか仮説は考えられるため引き続き検証中ですが、有力なのは、肉だから肉として取り込んだ、硬いから骨として取り込んだ、といった、アバウトな性質プロパティの判断が入っているのではないかと」


 まあ、ただ取り込む・同化するという現象そのものは、科学的に再現は可能だろう。体組織の変質、遺伝子の書き換えは分子モレキュラーマシンを使えば実現できる。タングステンがカルシウム化するというのも、原子変換炉の現象そのものだ。


「分子マシンにしろ、原子変換炉にしろ、何らかの設備を魔法というエネルギーで代替しているのだと考えれば、まあ、ある程度は妥協して納得もできなくはないかもしれません」

「納得してないじゃん、全然納得してないじゃん」


 <リンゴ>が納得しているかどうかは別にして、今度はその魔法の発生要因だ。

 多大なエネルギーを投入し、レイン・クロインの巨体の腑分けを行った。その結果、発見されたのは心臓の直ぐ側に見つかった、巨大な結晶である。


「ああ、いわゆる魔石?」

「不明です」


 科学的アプローチによる検査では、その正体は不明。透き通って見えるが、反対側の光が透過しているわけではなくそれそのものが発光している。体組織にガッチリと食い込んでおり、何らかの臓器として機能していると考えられる。


「この結晶を取り出すと、レイン・クロイン全体の構造強度が急激に低下する現象が確認できました。魔法的構造強化の核となっているのが、この結晶であると想定されます」


 現在は、結晶は元の位置に戻している。そうしないと、レイン・クロインが自重で押し潰され、さらに腐敗が始まると予想されるためだ。


「そういえば、海獣の肉が癒着したって言ってたけど、復元能力があるのかしら?」


 例えば、そのまま放置してたら蘇生したりとか。


はいイエス司令マム。ある程度は、ですが。今の所確認できているのは、接触している傷口同士は癒着するということです。ただし、生物学的に治ったと言うより、ただくっついたというだけです。血管が繋がるわけでも、新たに生成されるわけでもありません。蘇生はありえないでしょう」


 ひとまず言えるのは、この謎の結晶さえくっつけておけば、レイン・クロインは腐らず、そのまま保管できるということだ。


「でも、いつまでその効力が続くのかしら? 常識的に考えると……、いえ、この場合は科学的に考えるとだけど、この謎の強化を続けていれば、いつかエネルギーが尽きるでしょう?」

はいイエス司令マム。そう考えられます。それが供給されない限りは、ですが」


 外界からの影響を跳ね除け、何らかの状態を維持するには、当然相応のエネルギーを必要とする。レイン・クロインの構造強化は、たとえその場に放置するだけでも、重力や気圧、気温の変化、細菌による腐敗活動などで影響を受け続ける。その変化を無効化しているのだから、何らかのエネルギーを消費していると考えるのが当然だろう。


「可能な限り小さな変化も見逃さないよう、現在は厳重に監視しています。時間経過による変位量などは、しばらくすれば確認できるでしょう」


 最悪、切り分けて冷凍庫に放り込めば保存は可能だ。そのため、当面はそのまま放置し、変位測定を続けることにした。


「それから、レイン・クロインの幼体ですが、順調に育っているようです。現在確認されたのは4匹。体長は50cmほどです。母体となっている海獣は腐敗が始まっていますが、特に気にせず食い荒らしていますね」


 レイン・クロインの幼体は、産み付けられた海獣の死骸とともに<ザ・ツリー>で確保している。わざわざ屋外に専用の生簀を造り、そこで観察中だ。逃げ出さないよう網で囲っているが、今の所脱走する素振りは見せていない。海獣の上で日向ぼっこしたり、時折食べたりと気ままに過ごしているようである。


「ただ、腐敗が進行するとどういった影響が出るか分かりませんので、要経過観察です。成長速度はかなり早いですので、先に食い尽くすかもしれませんが」


 ちなみに、<リンゴ>としてはそろそろ1匹くらい捕まえて、いろいろと実験してみたいと思っている。親のレイン・クロインと同じ力を持っているかとか、遺伝子の違いとか、気になることはたくさんあるのだ。


「そ。まあ、貴重なサンプルだしね。間違って死んじゃったりしないようにね」

「気をつけます」

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