第6章 魔の森

第173話 燃石の技術検証(1)

「テレク港街で調査可能な、身近で不可思議な謎の物質、燃石トーン・マグについて調査します!」


 テレク港街に降り立って1週間ほど経過した頃、アサヒはそう宣言した。

 これまでは好き勝手に動き回っていたのだが、さすがに何らかの成果を出さないといけないと考えたようだ。


 司令官お姉さまであれば気にせず好きに過ごせと言ってくれるのであろうが、さすがに遊び呆けるだけというのは良心が咎めたらしい。


「今判明しているのは、圧力を掛けると発熱するということと、発熱すると質量が減っていくこと。つまり、質量を消費しながら熱を発生させているということです!」


 <リンゴ>も燃石については一通り調査したようだが、細かな条件までは調べず放置しているらしい。

 あまりにも科学的アプローチが不振過ぎて、困惑している、というのが正しいようだが。


「構成元素は不明! 謎の物質です!」


 接触は可能なため、物質的には存在している。しかし、どんなアプローチをしても、科学的に説明のつく元素は該当しないようだ。


 正確には、アプローチの方法によって、同定される元素が異なる。


 ある検査では炭素と判定されても、別の検査では鉄と出たりするようだ。

 それも、同じ検査でも判定結果が変わる事があるらしい。


「まさに不思議ファンタジー物質ですねぇ!」


 まずは、物質的な特性について、追加検査を行った。


 圧力を掛けると発熱するのは、実際に万力で挟み込むことで確認できた。


 発生する熱量は、しばらくは一定。その後、徐々に発熱量は落ち込んで発熱しなくなる。

 発熱中は、一定の速度で質量が減っていく。

 掛ける圧力を調整すると、発熱量も変化する。基本は、圧力の積分値に比例しているようだ。


 結晶が小さいと、発熱しつつやがて完全消失してしまう。

 小さな欠片ほど、消失速度は早くなる。ただし、発熱量は掛けた圧力に比例しているため、小さいほど消えやすい、つまり発熱効率が悪いということのようだ。


「うーん……。よく分かりませんが、圧力と発熱、消失速度は全て、質量に依存しているようですね。やる度に結果が変わるということもありませんので、この結果は信頼できそうです!」


 構成元素の調査と異なり、検証の度に結果が変わるわけではない。これが確認できただけで、大きな進歩だ。


「大きな結晶であるほど、質量消失の速度は遅くなる。発熱量は変わらない。つまり、大きな結晶であるほど、効率がいいということですねぇ。科学的には説明できませんが、まあ、こういうものだと割り切りましょう! 全く、<リンゴ>もあるがままを受け入れてもらわないと困りますねぇ!」


 さりげなく<リンゴ>をディスりながら、アサヒは検証を続ける。

 なお、この時点で検証を開始してから8時間が経過していた。


 彼女はまだまだ元気である。


 今度は、燃石を炎に晒してみた。

 ガスバーナの炎に欠片を突っ込むと、これも発熱してから消失することが確認できた。


「うーん、燃やすと、圧力を掛けるのと同じように発熱するということでしょうか?」


 色々と検証した結果、熱を与えることで発熱を開始することが分かった。

 基本的に、与える熱量に比例し、発熱量や発熱持続時間が決まる。これは圧力と同じだ。


「発熱中の燃石に追加の燃石を与えれば、次々と発熱していくという使い方ができるんですねぇ。まあ、その辺は通常の燃料と似たようなものと理解しましょう」


 熱量を与えるというのは、炎で炙る以外にも、マイクロ波やレーザー光で加熱しても問題なかった。高温の油に漬けてもいいようだ。


「うーん、これ、水中でも発熱するんでしょうか」


 水中で、万力で挟んで加圧する。


「……おや? 発熱しませんね」


 何度かやってみると、僅かに発熱していることは確認できた。若干、水温が上がっている。


「うーん。水中だと発熱しにくい。単に、水に熱を奪われているというわけでも無さそうですねぇ」


 計測を繰り返し、発熱量が、空気中に比べておよそ100分の1未満。正確には、121.13分の1という数値を確認できた。


「何かの定数ですかね? ライブラリを調べましたが、該当する数値はありません。燃石特有の数値か、あるいは魔法に関連する何かか。一応記録だけしておきましょう」


 現在使用している機器では小数点桁2桁までしか測れないため、これは別の機会に確認することとする。


「油だと問題なく発熱しましたが、水というのが重要なんでしょうかねぇ?」


 水に半分だけ浸した状態だと、発熱量はおよそ半分になった。

 これは、計測した結果、水中に入っている部分の発熱量が121分の1になっていると分かった。


「水で濡らしただけではダメ。ある程度の質量が無いと、水に浸かっていると判定されないようですね」


 これも計測を続けた結果、水に浸かっていると判定される燃石質量分より、質量が重い場合に適用されると確認できた。正確には、接触している水面が基準になるようだ。


 水面の判定は、接触している水の状態に依存し、例えば水滴を3つ付けると、その水滴の重心から最も離れている表面同士を繋いだ面が、水面として判定されるらしい。


 無重力状態だとどうなるかも興味はあるが、まあ、それは別の機会に測定すればいいだろう。


 これらは氷でも同じで、半分漬けた状態で凍らせた後でも、同じ結果が確認された。


 氷を押し付けるだけでは現象は確認されなかったが、発熱によって氷の接触面が溶けると水による抑圧が発生した。氷と水の区分は無いようで、接触面積が重要らしい。間に空気があると、水に浸かっているという判定は行われないようだ。


「金属や、油が間にあってもダメですね。水と接触している、という状態が重要なようです」


 その後、シリコーン油、アルコールなどの水以外の液体、そして海水などの様々な水溶液で試してみた。

 結果、とにかく水分、という成分が重要であることが判明する。


「うーん、混ざりものがあっても、水が主成分であれば、水と判定されるようです」


 水以外の不純物の含有率がおおよそ25%を超えると、水と判定されなくなるようである。


「50%ではないというのは意外、かもしれませんねぇ」


 25%というのが、正確に25%なのかどうかは機材の精度の問題で不明だが、これも別の機会に詳しく調査することとする。


「度数30%程度のお酒では、水判定はされません。なんですかね、ファンタジー的には水ではなくお酒って判定なんでしょうかね?」


 含まれる水分に依存して発熱抑制が行われる、というわけでもなかった。とにかく、75%以上が水である水溶液に接触すると、一定の発熱抑制効果が発生するようだ。

 謎の現象だが、これもこういうものだと割り切るしかないだろう。


 さて、次は燃石の切削が可能か、という検証だ。


「硬質の切削バイトで傷をつけることはできました」


 工作機械用のバイトでこすると、表面に傷がつく。

 同時に、僅かに発熱が発生した。


「削れますが、発熱もしちゃいますね。うーん、圧力を掛ける、というのと同じ判定でしょうか?」


 刃先の面積を計測しつつ、実験を繰り返す。

 掛かっている圧力よりも少なく見えるが、圧力によって発熱しているというのは間違いないようだった。


「まあ、削ることができるというのは朗報です。硬さは、だいたい石英と同じくらいでしょうか? 削ると発熱して質量が減るので、加工する場合はそこを計算に入れる必要がありますね。水中で加工すれば、ある程度自由に加工できそうです!」


 この時点で、検証開始から30時間が経過していた。

 さすがにやり過ぎ、と<リンゴ>から直々にクレームが付けられたため、頭脳装置ブレイン・ユニットの休息のため、アサヒは短時間の睡眠を取ることになった。

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