第120話 閑話(とある海洋国家3)

「……」

「……」


 会議室の中は、沈黙が支配していた。


 ひとまず、ということで、全権大使デック・エスタインカ中佐からの口頭報告を受けたのだが。

 全員が、沈黙してしまっている。


「…皆様方の、心中はお察しする。その上で、我々は対応について考えなければならない」


 デック・エスタインカは、この場の誰よりも、そのことを痛感していた。


 対応を、誤ることは出来ない。


 この難局をどう乗り切るかで、今後の王国の趨勢が決まるのだ。

 それほどまでに、重要な案件だった。


「…。よし。まずは整理しよう。我々の認識が共有できているか、この場で確認しなければならない」


 レプイタリ王国海軍総提督、アルバン・ブレイアスが口を開いた。


「まず、<パライゾ>の軍艦の能力は隔絶しており、我々の船では太刀打ちできない。この認識は間違っていないか」

「太刀打ちできないとまでは…。砲弾を直撃させれば、いかな船とて…」

「そういう話をしているわけではない。あの9隻の船団と、我々の新鋭艦9隻を戦わせて、勝てる見込みがあるかということだ」


 単純に、大きさだけで見ても既に負けている。

 そして、間近で確認した主砲。


 砲口径はまだしも、その砲身長は、見たこともないほど長大だった。


「主砲だけを見ても、我々の遥か上。技術レベルは、数世代どころか十数世代は上だと考えられる」


 砲身は、わずかの歪みも許されない。高速で射出される砲弾が歪みに引っ掛かれば、最悪、砲身内で暴発する。それでなくとも、射出後の砲弾の飛翔方向がずれ、集弾率が悪化する。

 故に、レプイタリ王国海軍で採用されている砲身はいまだ短く、少しでも砲身長を伸ばせるよう日夜改良が続けられているのだ。


「そもそも、装備している銃の精度が段違いだ。射撃状態を確認できたわけではないが、その形状から、間違いなく機関銃と思われる。歩兵携行銃としては最高峰だろう。陸軍の構想の中でも、いまだ夢物語と笑われる装備だ」


 何をとっても、何を聞いても、技術はあちらが上。

 これは、この場の全員の共有事項だった。


「何より、我々と、直接会話をしている。それがとにかく恐ろしい。全く見たことも聞いたこともない勢力が、それも我々よりも遥かに技術的に進んでいる勢力が、我々の、レプイタリ語を流暢に話しているのだ。これ以上の問題があるかね?」


 そう。

 <パライゾ>は、何の違和感もない流暢なレプイタリ語を、最初から使いこなしている。

 レプイタリ語は、周辺国家で使用しているのはレプイタリ王国のみだ。それも当然で、元は半島のいち勢力でしか無かったレプイタリ王国の言語だからだ。

 いくら勢力を拡大しているとはいえ、30年やそこらで、土着の言語を上書きできる理由はない。まして、併合したわけでも、植民地化したわけでもない。


 むしろ、周辺で最も話者が多い言語は、神聖言語だろう。西側の神国勢力で使われている、ある種の統一言語。


「これまで接触のなかった勢力が、完璧に我々の言語を使いこなしている。なぜそんなことが可能なのか。全く理解できない」


「…何らかの、魔法による効果なのでは…?」

「魔法、か。我々が利用できない、便利な力だな」


 アルバン・ブレイアスは、苦笑する。


「もし魔法による現象であれば、我々には理解できない、か。もう、そう考えるしか無いだろう」


「そして、彼女らが魔法を使用しているという問題も、新たに積み上がるわけですな」


 彼の言葉を、事務次官の1人が続けた。


「デック殿が持ち帰った、この真っ白な糸と布。これも、恐ろしいほどに精緻で、精巧。糸の太さは均一で、布も同様。色むらも無く、同じものを現在の我が国の技術で再現することは不可能。しかも、口ぶりから、彼女たちはこの布はいくらでも用意できるらしいと来ました」


「下手に流通させると、国内産業が壊滅しかねません…」

「当面は、高級織物として放出できるだろうが…」


 自国のものよりも、圧倒的な品質を持った製品だ。それらがもたらす影響については、彼らは十分以上に熟知していた。

 何せ、これまで様々な小国家を相手に、自分達がやってきたことの焼き直しなのだから。


「会談中に使用されたグラスや食器も、非常に品質の高いものでした。あのような割れ物を、外洋船で扱うということ自体、我々の慣習からは理解できませんが…」

「金属製を使うのが、一般的ではあるな。品格に問題があるというのであれば、銀製で統一すればよいだけだ。無論、陶器製やガラス製の方が見栄えはするがね」


 当然、普段は保管しておき、ここぞというときに使ったというただそれだけのことではあろうが。


「わざわざ見せたということは、交易品にする可能性も考えなければならない」

「あれらも、大量に持ち込まれると、我が国の産業が壊滅しかねません」


 ほぼ色なしと思われる、透明度の高いグラス。何より、非常に薄く、形も揃っていた。

 陶器製の食器も侮れない。曇りのない真っ白な皿ひとつとっても、レプイタリ王国内で製造するのは難しいのだ。これを大量に供給されると、国内の窯元は廃業待ったなしである。


「彼らの船そのものも、恐ろしいほどに大きく、そして美しい。そして、同型艦も8隻。つまり、軍艦を量産することができるということだ。あの大きさの軍艦の量産だ。我々も、ようやく軍艦の量産という事業に手を付けたばかりというのに」


 総提督アルバン・ブレイアスは、レプイタリ王国海軍とともに生きてきた。

 大砲の登場、戦列艦の建造、そして回転砲塔の発明。帆船から外輪船、そしてスクリュー船の登場。

 彼の認識としても、レプイタリ王国海軍は、信じられないほどの開発速度で、軍艦の強化を行ってきたのだ。


 これならば、周辺国家を、大陸を、そして世界を手にすることが可能かもしれない。


 それほどまでの、軍事力の強化だったのだ。


「いいか。彼女らと敵対してはならない。ずっと海軍の最前線に居た私だからこそ、この実感がある。そして、この感覚は、諸君らにも共有されていると確信している。<パライゾ>の軍艦と、我々の軍艦では、数十世代もの格差がある」


 だからこそ、この接触は、慎重に行わなければならない。


「我々は、この我々の海軍力を以て、この覇をここに打ち立てた。反抗的な国家を脅し、不平等な条約を強制し、現地の富を収奪してきたのだ。そして今、我々は、我々が行ったのと同じ砲艦外交を、<パライゾ>から受けることになる」


 軍の最高権力者が、この発言を行っている。事実上の、敗戦宣言である。

 通常、こんな発言は許されないだろう。最悪の場合、総提督として許されざる怯懦の姿勢として突き上げを喰らい、その地位から引きずり降ろされかねない危険な発言。


 それでも、この会議場の全員が、正しく事態を認識していた。


「絶対に、対応を誤ってはいけない。対応を誤った相手国に対し、我々がどう振る舞ったのかを思い出さなければならない。これまでと同じ態度で臨めば、我らが栄えある麗しの王都が、灰燼に帰すことになるぞ」


「肝に銘じております」

「そのような愚か者は、この場には居ますまい」

「全力を以て対応しましょうぞ」


 全くもって、幸運なことに。

 レプイタリ王国海軍は、新興勢力であるがゆえに腐敗の温床は育っておらず。

 急先鋒であるがゆえに、現実主義者が揃っていた。


 あるいは、これが伝統ある王国陸軍であったならば、その複雑怪奇な権力構造と既得権益の巣窟であったならば、最初から最悪の事態を引き起こしていたかも知れない。


「この交渉に、あの頭でっかちな古狸どもを出すことは許さぬ。現状認識も正しく出来ない老害共には、絶対に漏らしてはならぬ。上層部との交渉は、全て私が行う。諸君らも心するように」


「了解ッ!!」


 王国海軍は、その王国最賢の首脳部は、その意志を統一し、この国難に団結して立ち向かうことを誓った。

 これまでに築き上げてきた権力と財力を駆使し、一切の失敗を許さず、全てを完璧にまとめ上げると全員一致で決意した。


 問題は、既得権益という魔物に支配された、この国の汚物。

 今以て排除しきれない、古くより君臨し続ける巨大な膿。


 その組織の名は、伝統レジェンダリー・元老院セネト


 国王直轄、時には王の意思にまで影響を及ぼす、商業ギルドであった。

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