第191話 アサヒは頑張った

「生体レーダーが完成しました! お姉様!」


「せ、生体レーダー?」


 久々に帰還した朝日アサヒに飛びつかれつつ、お姉様イブは困惑した。

 突然謎の単語をぶつけられたのだから、仕方がない。


「はい! あの、例の銀龍ワイバーンです! アレの電磁波感知能力を解析し、擬似生体部品を使用してのレーダー機能が完成したのです!」


「ほ、ほう……?」


 <リンゴ>から、そのような報告は受けていない。


 ちらり、と視線をやると、<リンゴ>はこくりと頷いた。


「秘密にしてほしいと頼まれましたので?」


「……で?」


 <リンゴ>の適当な答えに、イブはアサヒの頭を撫でつつ半眼になる。


「特に今後の計画に影響はありませんので、好きにさせていました。技術的には革新的な面もあるものの、応用性に乏しく量産性に難があり」


「<リンゴ>! 生体部品には無限の可能性が詰まっているんですよ! そんな風に言わなくてもいいでしょう!」


 なるほど、と司令官イブは頷く。


 現在<ザ・ツリー>は、<リンゴ>の策定した将来計画ロードマップに従って運営されており、大きな計画修正を要する問題が発生しない限りは、積極的に報告が上がってくることはない。

 技術的に目新しいものが発見されたとしても、それによる計画修正が発生しないうちは、能動的に報告が上がらないということだ。


 発見者が黙っているように言えば、問題ない限りは<リンゴ>もその通りにする、というわけである。

 イブが直接尋ねれば、その限りではないのだろうが。


「まあまあ、落ち着きなさいな。せっかくだし、アサヒ、その生体レーダーについて私に教えてくれるかしら?」


「はい、喜んで、お姉様!」


「談話室にお茶を用意していますので、こちらに」


 <リンゴ>は卒なく2人を連れて歩き出す。

 同時にネットワークにお姉様イブの予定が公開され、受信した初期5姉妹も談話室に向けて移動を開始した。


「それで、何って言ってたかしら?」


「はい! 生体レーダーですお姉様! あの銀龍ワイバーンが使っていたアレです! アレの再現に成功しました!」


 アサヒ曰く、ワイバーンが使用していたレーダー、電磁波放出と電磁波感知は、魔法ファンタジー的な手段によらず、科学的な技術によって解析できたらしい。


「基本は、周囲の電磁波に反応して電気信号を発生させる感知細胞と、発電細胞から発生する電力を電磁波に変換する励起細胞の組み合わせです! この仕組み自体は、そう複雑なものではありません!」


「ワイバーンは、この細胞群を頭蓋内の脳の一部として持っているようでした」


 アサヒの説明に合わせ、<リンゴ>が3D化したワイバーンの解析結果をディスプレイに表示する。


「問題は、感知はともかく、発生です! 通常の物理法則に従う限りにおいて、あの強度の電磁波、それも位相の揃ったコヒーレント電磁波を発するには、電圧、電流も必要ですが、熱の処理問題が大きいのです! 熱くなった細胞を効率的に冷却できなければ、次の瞬間にはタンパク質が熱変性してしまいますからね!」


「ワイバーンの身体構造的に、効率的な冷却機能は確認されませんでした」


「頭部、それも頭蓋の中に、最も重要な器官である脳と一緒に高熱源体が収められているというのは、生物的には異常ですね! これが魔物が魔物たる所以! あの魔石の身体構造強化機能を使うことで、生物学的な弱点を強引にねじ伏せています!」


 アサヒの試算によると、ワイバーンが使用していたレーダー波を発生させるのに必要な電力を発生させた時点で脳全体が沸騰。当然、脳や血液がそんな高温に耐えられるはずもなく、ワイバーンは即死するはずだ。

 更に、発熱源は電磁波励起細胞もである。発電細胞、電磁波励起細胞どちらも高温になるため、魔石の力がなくてはワイバーンは生きていられないということだ。


「いやあ、理不尽の塊ですね! ただ、発電や励起細胞自体は十分に再現可能です! 冷却機能を用意してやれば十分に機能するとわかりましたので、試作を重ねて! ようやく実用レベルのものを再現できましたよ!」


 そして、アサヒがディスプレイに表示させたのは、ガラスの円筒容器に収まった肉塊だった。


 控えめに言ってグロ画像である。


 まあ、イブは多少の耐性を持っているため、ちょっと眉間に皺が寄った程度だったが。


「これが……? え、大きさはどのくらいなの?」


「直径164cmですね!!」


「でっか!」


「これで、近距離レーダーと同じような性能を確認できました!」


「ちなみに、ほぼ同性能の電子装置であれば、10cm四方に収まりますが」


「手の平サイズじゃん!」


「大きさなんてどうでもよいのです!!」


 アサヒは言い切った。


「お姉様、我々の力で再現できた、というのが重要なのです! 魔法ファンタジーの解析の第一歩は、理解から! 少なくとも、あのワイバーンが使用した生体レーダーは、科学的に再現可能なのですよ!」


 確かに、アサヒの言葉は正しい。科学は観測と再現性、これが重要なのである。実運用や小型化は、後からついてくるものだ。


 未知の現象を観測し、それを再現すること。

 これが第一歩であり、これが出来なければいつまで経っても前には進めない。


「うーん……。まあ、いいけどねぇ……」


 しかし。


 この、生体レーダーを完成させることに、魔法ファンタジーの理解を助ける何かがあるのだろうか?


「ファンタジーの解析、という面で見ると、特に進展はありません。発電細胞や励起細胞自体は、既知の現象です。これらを組み合わせ、意味ある機能を発揮させたというのは、ある種の発見ではありますが」


「……。アサヒ、楽しかった?」


「はい! それはもう!」


 まあ、この妹分が楽しかったというのなら、それはそれでいいだろう。


「まあ、これにかまけている間に、コスモスに魔素計の解析をされていたのが悔しすぎてちょっと暴れちゃいましたけど!」


「ああ、あれ」


 アサヒ狂乱事件である。なお、定期的に発生する模様。


「魔素に反応して電位差が発生する細胞が見つかったらしいので、次はその細胞を科学的にアプローチする予定です! 魔石がないと稼働しないとか、量産に難がありすぎますからね!」


「コスモスからは、魔石を砕いて使うことはできると報告がありましたが?」


「砕くと魔石の寿命が著しく減るって言ってたじゃないですか! 短期的にはそれでいいですけど、我々は長期的にものを見ないといけないのですよ!」


「長期的にものを見る……?」


 お姉様イブはアサヒの言葉に非常に引っかかる様子を見せたが、アサヒはまるっとそれを無視する。


「コスモスというか、オリーブの活躍を、指を咥えて見ているだけではありませんよ! アサヒもやればできるということを証明します!」


「え、自覚あるの?」


「お姉様、アサヒはできる子ですよ!」


「……いや、まあいいんだけどさぁ」


 あばたもえくぼ、では無いが、まあ、問題児ほど可愛く見える、のかもしれない。

 もちろん、イブは普段から初期5姉妹を可愛がっているので、たまにしか戻ってこないアサヒに構い倒すのは、贔屓には当たらないだろう。


 すり寄ってくるアサヒを適当に撫でくり回しながら、イブはため息をついた。


◇◇◇◇


「我々は、あなた方が求めるものを十分に用意する力がある。これがあなた方の助けになるということも、理解している」


 そう喋る彼女ドライツィヒを前に、ティアリアーダ・エレメスはじっとりとした嫌な汗をかいていた。


 一体、目の前の彼女は、何をどこまで知っているのか?

 こちらの情報を、どこまで把握されているのか?


「問題は、あなた方が、その対価を十分に用意できるか、ということだ」


「……それについては、理解しているつもりだ。我々も対価を集めている最中だ」


「できれば、それをこの目で確かめたい。案内はできるか? 何、そう難しい話ではない。我々の使節団を、受け入れてもらえればそれでいいのだ」

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