第116話 おしくらまんじゅう

「お姉様! ああ、アサヒはお姉様方に囲まれて幸せです! ほわぁ~!」

「あなたは何でこうなったのかしらねぇ…」


 人型機械アンドロイドのボディを手に入れた朝日アサヒ。彼女は早速、司令官お姉様に甘えるべく突撃、<リンゴ>に阻止されるも諦めず、何やかんやあって司令官イブ、<リンゴ>、5姉妹、アサヒの8人がレクリエーションルームのソファーでごっちゃりくっついた状態でレプイタリ王国との会談を見学することとなった。


 ちなみに、朝日アサヒはちゃっかりと、司令官お姉様の膝の上に収まっている。


「そろそろ時間です、司令マム

「ん」


 指定時間のおよそ15分前。港で準備万端で待機していた蒸気駆動のスクリュー船が、ゆっくりと動き出した。恐らく、最新鋭の小型動力船なのだろう。何かしらの技術的優位性を表現したいのだろうが…。


「お姉様! 実用的な蒸気機関をここまで小型化できるというのも凄いですねぇ!」

「そうねぇ。私、蒸気機関ってあの鉄道の汽車のイメージが強いのだけれど」


 彼女が知っているのは、歴史資料として閲覧したことのある蒸気機関車である。巨大な車両が煙を吐きながら疾走する姿は、その記録映像の粗さと相まって得も言われぬ迫力を醸し出していた。それと比べると、確かに蒸気機関としては小型だろう。


「燃焼室が基本的に不要ですので、小型化・高出力化が可能のようです。圧力によって発熱するという特性上、むしろ狭いほうが高熱を出せるとも考えられますので」

「<リンゴ>、そのあたりの設計書はありますよね!? 後で見てみたいです! できれば実物も!」


「…はい。テレク港街の拠点で試作中のものがありますので、取り寄せましょう。アサヒが見れば、何かしらのブレイクスルーが起こる可能性も…あります」


 若干の葛藤を見せつつ、<リンゴ>が同意する。その様子に司令官イブは苦笑し、これもちゃっかり右隣を確保している<リンゴ>の頭を撫でた。


「魔法関連はとりあえずアサヒに渡しましょう。ライブラリの情報を取り込んでるんでしょう? 変に知識を付けてる私達より、柔軟な発想をしてくれるかも知れないわよ」

はいイエス司令マム


 さて、流れている映像は旗艦パナスのマスト頂上に設置されたカメラのものだ。港を出港したスクリュー船は、ゆっくりとこちらに近付いてきている。小型とはいえ、曲がりなりにも蒸気機関を積んだ船だ。複数の乗員が機関の調整を行い、色々な機器の面倒を見つつ走り回っている。甲板上には、今回の会談の相手と思われる複数の高官の姿。3人の役職持ちと、護衛が8名ほど。


「そういえば、会談中はあの船はどうするの?」

はいイエス司令マム。予定では、接舷状態で待機させるとのことです。ボットも侵入済ですので、特に問題ありません。さすがに、この状態で何かを仕掛けようとするほど無謀ではないようですね」


 パナスに乗船させるのは、指定通り7名のみ。本当はそのまま船を帰してもいいのだが、そこまで警戒する必要はないというのが現地戦略AIの判断のようだ。

 相手としても、船を帰されるというのは心細いだろう。そういった配慮もされている。


 一応、主な目的は交易であり、牽制だ。あまり高圧的に出ると態度が硬化する可能性もあるため、あくまで対等な交渉を試みる予定である。


「夜間に不用意に近付いてくる船もありませんでしたので、治安は相当に良いですね。王のお膝元ですので、厳しく規制されているということなのでしょうが」


司令官お姉様。ブラオリッター、ヴァイスリッター両港の軍艦が抜錨を始めているようです。敵対意思は無いようですが、湾を封鎖される可能性があります」


 そこに、イチゴが報告を入れてきた。


「ほー。一応、ちゃんと動くのね。確か、主力の軍港よね。動力艦かしら?」

「はい。最新の蒸気機関、スクリュー動力の戦艦です。冶金技術の問題で砲身は短いですが、蒸気を動力とした回転砲塔を主砲としており、打撃力は高いようです」


 レプイタリ王国にとっては、虎の子の戦艦だ。数を増やすべく建造を進めている最中のため、現時点ではまだまだ戦場の主力になっているわけではない。とはいえ、あと1年もあればそれなりに数は揃うのだろうが。


「<パライゾ>は、代表ドライ、参謀フィーアを参加させる。1人、書記を付ける。護衛は4人。儀礼用に用意したカトラスと、リボルバー拳銃を装備させている。その他、8名ほどを環境追従型迷彩を起動させて待機させる。こちらはアサルトライフルを使用する」

「ありがと、アカネ。問題なくカバーできるわね。まあ、いきなり暗殺はないと思うけど…」

はいイエス司令マム。パナス戦略AIもそのように判定しています。とはいえ、万が一がありますし、それこそ魔法についてはいくら警戒しても足りないと思われます」


 全てが<リンゴ>の手のひらの上。ただ、魔法だけがこぼれ落ちている。


 <リンゴ>が集めた情報を分析するに、レプイタリ王国は魔法後進国だ。王国内の認識では、最も魔法技術が進んでいるのが森の国レブレスタ。次に、西に広がる宗教国家連合。その後、レプイタリ王国、<麦の国ヴァイツェンラント>、小国家群が横並び。


 ちなみに、アフラーシア連合王国は遊牧民がテント暮らしをしている未開の地、という認識だ。残念ながら、合っている。


「一般市民でも、火起こしの魔法は使えるみたいですよね! ああ、私も使ってみたいです、魔法! どうやったら習得できるんでしょうね?」

「少なくとも、その人型機械アンドロイドボディじゃ無理かしらね…? 頭脳装置ブレイン・ユニット以外に生身の部分があったかしら…?」

「ああ、ひどいですお姉様! 皮膚と内臓機能はちゃんと疑似細胞ですよぅ!」


 魔法を使うのに、何かが必要なのか。それは未だに分かっていない。


 アフラーシア連合王国の人間を何人か調査したものの、特異な器官は発見されなかった。ちなみに、重病人や怪我人を医療ポッドに突っ込んだ際に取ったデータなので、合法である。


「少なくとも、何らかの練習をしない限りは習得できない、ということは判明しています」

「私も練習、してみたいです!!」

「そうすると、まずは教師を見つけないとねぇ…」


 そんな毒にも薬にもならないやりとりを続けていると、いよいよスクリュー船が<パライゾ>船団に近付いてきた。

 今日はヘッジホッグ級の間隔を狭めたままで、船が通る隙間はない。

 それに気付いたのか、スクリュー船はスピードを落とし始めた。


「ヘッジホッグ級3番艦、4番艦が移動を開始しました」


 当然、即時対応は可能だ。

 船底に設けられている噴射ノズルの角度を変更し、真横に移動する。複数の噴射口を使用することで、大きな水流も発生しにくい。

 そのため、傍から見ると、巨大な船体が突如として横にスライドし始めることになる。


 スクリュー船の乗員たちは度肝を抜かれたようだ。狙った演出が効果的に発揮され、<リンゴ>も心なし得意そうである。アサヒは計画データをダウンロードせずに見ているためか、素直にはしゃいでいた。その反応を見て、司令官イブもニコニコしている。


 やがて、ほぼ定刻通り、レプイタリ王国の使者を乗せたスクリュー船が<パライゾ>艦隊旗艦、パナスの前に到着した。


「何者か!」


 待機させていた人形機械コミュニケーターが、甲板上から誰何する。それに応え、スクリュー船の甲板に居た1人が手を上げた。


「レプイタリ王国海軍渉外部所属、レビデル・クリンキーカ少佐である! <パライゾ>所属、艦隊長、ドライ・リンゴ殿との会談の約束のため、待たせていただいている!」

「承知した。時間通りである」


 昨日に引き続き、海軍少佐が引率役になったようだ。パナスはすぐに反応し、舷側に設置されたタラップを下ろす。

 タラップは、見栄えがするようワイヤーではなく鋼材支柱と歯車機構によって稼働させている。スムーズに下降したタラップは、更に相手の船べりの位置まで乗降口を自動で伸ばす。


 このパフォーマンスにも、乗員たちは驚愕したようだ。通常、こういった機構はまだまだ人力に頼っている。せいぜい、蒸気を使用したウィンチによる、ワイヤー吊り下げだろう。


「船は、こちらに係留可能だ。寄せていただいて問題ない」

「…承知した! おい、あそこに寄せてくれ」

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