第1話運命は俺に死ねといった



 幼い頃に離婚したお袋は、俺たち三兄妹を女手ひとつで、育ててくれた肝っ玉母ちゃんだ。

 一番上の兄貴、夕吾は勉強が得意で、俺とは違い奨学金で国立大学に入り、今では一流企業のサラリーマンとなっていた。

 妹、朝緋はお袋を支える為にと、小さい頃から家事全般を手伝い、今ではなんでも出来る将来有望な高校生になった。


 そんな優秀な兄妹に挟まれた平凡な俺は、特に誇れるものはなく、足手纏い感というか、劣等感のようなものを抱えるくらいなら、せめて家族のために家の為にと、大学には行かず高校を出たら働こうと、誰にいうわけでもないが考えていた。

 だが、これが不味かったのだろう。三者面談時にこのことを話したら、普段はおおらか……いや、大雑把なお袋がいきなり怒り出し、ビンタをした時は今でも痛いくらい覚えてる。

  怒ることに慣れていないお袋が、大粒の涙を浮かべ、


 「そんな理由で自分の人生粗末にするな ! 」


  なんて、先生の目も気にせず大泣きした時は、本気で焦った。俺は叩かれた衝撃と涙で、言葉が出ず大口を開け、お袋を見るしかできなかった。

 先生はよくある事なのか、落ち着いた声音で驚きで声が出ない俺は放置でお袋をなだめ、お袋もすぐさま落ち着きを撮り戻し先生に謝罪後、何事も起きていなかったかのように、面談を受けていた。

 ただ一人、パニックだった俺はどんな風に、何を話したか、覚えていないのだった。

 家に帰っても夜、仕事終わりの兄貴を交え、懇々とお説教混じりに進路の話が続いたのは辛かった。

その結果、兄貴が強く推してきた実家近くの大学に受験、見事合格して通った大学は、 ボランティア活動が盛んで、存外楽しい場所になっていたのだ。

 あの時の俺はどこの大学でも同じだと思っていたが、兄貴はそれを知っていて俺に推薦してくれたのだろう。

ありがとう、兄貴 !


 そして今日は、数日前から楽しみにしていた合宿の初日。大学に入って初めての合宿なので、いつもより早く目が覚めてしまった俺は部屋を出て、リビングへ行くとそこにはいつも通り、お袋と可愛いマイシスターが、仲良く料理をしていた。

 そんな微笑ましい様子を横目に、いつも早い兄が珍しく一緒の時間に朝食をとっていたので、兄の邪魔をしないよう斜め向かいに座り、朝食を待つ。

 最近俺だけに冷たい態度の妹だが、こうして家の為にと頑張る姿は、本当に愛らしく思う。

 将来お嫁さんにしたい子 No.1 に違いないあるまい……。

 いや、なんか兄としては少し複雑だな、それ。

 などと思いふけっていたら妹が料理を運んできた。そして俺の顔を見るやいなや


 「日向にぃ、珍しく早く起きたと思えば……。キモい事考えてないで早く食べて学校行けば ? 」


 なんて蔑んだ目で見るんだ、マイシスター ! ていうか、キモいは傷ついちゃうから、やめてくれ。


「というか朝緋、お前も学校あるだろ ? 」


 なんて言った後に思い出す。そういえば、今日って祝日だわ……。ただでさえ低い俺の評価が、また一つ落ちていったな、これ。

 兄としての尊厳にオサラバしつつ、朝ごはんを家族揃っていただく。普段は朝早く出る兄貴も、今日は祝日だったからのんびりしてるんだと納得して、普段会えない兄の様子をチラ見で見ると、兄はなぜか熱心にDIY専門の雑誌を読んでいた。

 それに普段は何でもオッケー、なお袋が、


 「夕悟、見るのはいいけど、ぜっったい作ろうだなんて、思わないでね ? 」


 「母さん、安心してくれ。そんな無謀な事しないから。ただ見てるだけだよ」


 「夕悟にぃ、高スペックでイケメンなのに、なんで破滅的不器用さんなんだろうね ? 」


 「そりゃあ、あれだろ。神様が色々あげすぎたわぁ、ってなったから、絶望的な不器用さと、人間として終わったレベルの運動音痴にして、釣り合い取れるようにしたんだよ」


 「だとしたら、日向にぃはどこで、釣り合いとってるの ? 良いところなんて見たことないんだけど」


 「ひどいッ ! 純粋な心でなんて事聞いちゃうの、マイデビルハートシスター ! 」


 「そうだぞ、朝緋。日向は今の社会通念では評価が難しいだけで、良いところはあるはずだ」


 「その発言が1番ひどいわよ、夕悟」


 こんな、俺だけが心痛める会話をしつつ、時間に間に合うよう、若干慌て気味に家を出る。

 出る間際、兄貴が、車で送ってやろうか ? と言ってくれたが、天気がいいし、歩いていきたいと断った。

 外に出ると、シン、とした寒さが俺の寝惚けた頭を覚まさせた。去年はタイミング悪く、参加できなかった合宿だが、今年は出来るとあってどうにも落ち着かない。

 普段は子供達で賑やかな公園も朝早いせいか、爽やかな鳥の声が響くのみ。俺はこの、誰も居ない朝の時間が好きだ。

 世界の始まりを感じられる早朝というのも、乙ではないか。

 背伸びついでに、まだ明けきっていない空を見上げる。



——刹那、快晴の空には不釣り合いな流星が流れ、それは見事、俺の頭部にクリーンヒットしたのだった——

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