135話ダウォットの正体と本当の目的


 俺の指差した先とルイさんが指差した先はそれぞれ違う。


 俺は温室の中でも大きく目立つ場所に植えてあったどっしりとした“樹”を。一方ルイさんは温室の中でも片隅に植えられていた、赤くて小さな花がまとまって咲いていたちょっとサボテンっぽい花を指差していた。


 そう、俺達は其々別のものではあるがどちらも植物を指差していたのだ。


 「では審判を……と言いたいところだが、私から一つ聞きたいことがある。そこのヒヨコ……お前は何故植物を指さしたのだ? 今までの使用人達は一様に優れた能力を持っていたと思うが、その中でも変身能力を持った者はいなかったはずだ。何故ダウォットが植物になっていると思ったのだ?」


 この口振りからしてダニエルさんもダウォットさんの正体については何かしら知っているのだろう。


 「それは……それは簡単です。ダウォットさんは庭師で今唯一捕まっていない人物です。そして俺は人より耳がいいのにダウォットさんの音が全く聞こえないんです。つまり彼は彼としてこの場にはいない。そうなると考えられる可能性は一つ……ですよね?」


 音が聞こえない、というのは全くの嘘ではない。実際、不完全とはいえ神の能力でさえその気配を察することが出来ていない理由は一つしか思い当たらない。


 そう、ダウォットさんは恐らく“幻獣”なのだ。

 

 ダウォットが幻獣と仮定すれば、最初の登場から気配が一切感じられなかったのにも納得がいく。彼ら幻獣は姿形はないとされ、また何者かになっていたとしてそれを今の俺に見分けることは到底無理だという話を以前フルルージュにしたばかりなのだから。

 ただ反省するとしたら指差したもののサイズだった。

 これは完全なイメージというか、固定概念のみで選んでしまったのだが、隠れるにしてもあまりにデカいし、ここまで偉そうに語った割にはあまりにも考えなしだった気がする……。


 「見事な推理……とでも誉めてもらいたげだが、所詮はヒヨコの考える事………そのサイズになっているとすれば他の植物にも影響があるとなぜ気付かないのか……。なぁルイよ」


 ダニエルさんがそう告げるとルイさんは何か気にかかったのか、言葉を一瞬詰まらせたものの素早く切り替え、そのようですねと返答していた。


 「勝負はついたも同然……だがここでしっかりと下民に分からせる必要がある。さぁダウォットよ、お前の姿をここの皆にしかと見せてやるのだ」


 ダニエルさんの言葉に使用人やキャルヴァン達は息を詰めるがダニエルさんとルイさん、そして俺は答えが分かっているので緊張感なくその時を待っていた。そんな様子を怪訝そうに見られているとも知らずに。


 ダウォットさんはとても物静かな男性だ。

 だからだろうか、変身を解く時ですら音すらさせずに、周りの草木を揺らす事もないまま、まるで光の粒子が集まるが如く淡い光が人の形となって、そうしてダウォットさんの姿へと変わっていくのを俺を含め、ほぅと息を吐き感嘆が辺りを包むのだった。


 「……カランコエの花言葉の一つに“あなたを守る”とあったな。その名の通り、よくぞ最後まで私を守り抜いてくれた……感謝する、ダウォットよ」


 「………私には勿体なきお言葉。ただ私は私のできることを尽くしただけのことです……ルイ様」


 ルイさんが指差したあの赤い花はカランコエと言うらしく、とてもダウォットさんらしからぬ可愛らしい花だった。


 そんなことを考えながらそばにいたキャルヴァン達に目を向けると、予想外の出来事だったのか目にはいっぱいの不安で満ちていた。

 あー……そういえば二人には言ってなかったな。これが本当に求めていた“答え”だったって………。

 それを伝えるべく周りには聞こえないよう細心の注意を払いつつ小声で二人に話しかける。


 「ごめん、二人とも。あとでちゃんと話すからとりあえず不安がらなくて大丈夫だ。これも……」


 「これも想定内だ、ということかね?」


 先ほどまでダニエルさんに話していたルイさんが突然目の前に現れたことに内心びっくりしつつも、気取られない様ごくゆったりした動作で見上げると、怒りとも、呆れともつかない表情のルイさんが仁王立ちで俺を見下ろしていた。


 「えぇ……そうです、ルイさん。ですがここで話すと長くなるので一旦ダニエルさんを見送った後ゆっくりお話しでもしませんか?」


 なんちゅう地獄耳だと思いつつ、真後ろで帰りたげにしていたダニエルさんに目線を合わせると、それは嫌そうな顔で虫でも払うかのようにしっしという動作をこちらに向ける。その様子にもう慣れてしまったのか俺はむかつきもせずに笑顔で返すとそれは不気味そうに顔を顰めるダニエルさんは、完全にオフモードであった。


 「………逃げられると思わないことだな」


 「逃げるなんてとんでもない。こちらの用件もまだ済んでいないんです。ルイさんが納得するまでお話し致しますよ」


 あー……これは長くなるぞぉ〜。

 そんな予感を胸に失礼がないよう、ダニエルさんにここまでの非礼を詫びつつ庭園で見送るとその場にいた使用人が、先ほどのことが嘘かのように無表情で俺達を応接間に案内すると、会話もなくお茶出され何も言えないままルイさんが現れるのを待っていた。


 「さて……どういうことか説明してもらおうか」


 静かに開けられた扉から、聞こえた静かな声は俺達の肩を震わすには十分で、ドスンと下腹に響く気がした。

 そんなことを知ってか知らずか、目の前のソファに優雅に座ると、真っ直ぐ俺を見据えて目の前に差し出されたお茶に口付ける。


 「えーっとまず最初に謝罪させてください。………今回のことで煽ったり、無礼な振る舞いをしてしまい大変申し訳ありませんでした」


 「……事を起こしたことに関して、ではないのは先ほどの理由にあるという解釈でいいのか?」


 「今回起こしてしまったことに関して謝るのは筋違いだと思いました。それに今回は決闘という形であなたに牙を向けましたが、それがなくても違う形でいずれかはこうなってましたから………」


 寧ろ正当性をもって勝負を仕掛けることができたのは運がいいと思うし、それ以外だったらもっと泥臭くてもっと締まらない結末になっていたかとも思う。


 「それで、貴様の気が済んだところでいい加減ことの顛末について話してもらいたいのだが、先ほどの勝負………貴様はなから負けるつもりだったな?」


 「えっ?! 負けるつもりだったって……ヒナタにぃ僕達には引き分けにするつもりだって言ってなかった??」


 「そうね、私もそう聞いたから庭園の時だってヒナタは当てられるものだと思っていたのだけれど……」


 「うっ………それについては二人にも謝りたい。ごめんなさい……勝つつもりありませんでした……………」


 俺の真意に気づいたルイさんにも驚いたが、それ以上にすっかり騙されていた二人には本当に申し訳ないと思い、段々と声が先細ってしまう。


 「二人には言ってなかったけど……実は俺ダウォットさんの事見えてなかったんだ。いや、正確に言うと“聞こえなかった”んだけど……ダウォットさんってもしかしなくても“幻獣”ですよね?」


 恐る恐る後ろで、物静かに立っていた庭師に目を向けると、顔も動かす事なく目だけで語る彼に、見えない圧を感じてしまった俺は情けないことに即座に目を逸らし、再びルイさんへと目線を合わせる。


 「………神様というだけあってそこは分かるってことか。だのにも関わらず聞こえないとは……なんとも不甲斐ない神様だな、この世界の神様というのは………」


 呆れを隠す事なく大きなため息をつくルイさんに、周りの使用人からも見えないはずの目線が突き刺さりなんとも居た堪れない 気持ちになる。


 「そうですね……まぁちょっとした事情ってやつです。で、本題のなぜ負けることを前提で決闘を仕掛けたのか、その理由なんですが……ただ負けるでは意味がなかったんです。ギリギリまで勝敗が分からない様に俺達も本気を出す必要があったし、あなたにも本気になってもらう必要がありました」


 「ふん……意味がわからないな。負けは負け。結果が変わらなければなんの意味もないではないか? これだから………」


 愚民は、と続きそうなルイさんの言葉だったが、不自然にそれは切られ、何かに気づいたかのように思案していた。


 「だから貴様の仲間にも負けるということを言わなかったのか? 言えば“私達”の本気を引き出せなかったから?」


 「そうです、俺が本気を出して欲しかったのはルイさんだけじゃないです。ここにいる皆さん、そう使用人の方全員に本気を出していただきたかった」


 「はっ! それで? それで何が狙いだったというんだ?! 貴様が神で本気を出したからといって使用人達も本気だった!!勝てるわけがない! なぜならば、なぜならば………!!!!?」


 やっと気づいた。そうだ、俺たちが本気を出したって勝てないんだ。勝てるわけがない……そうだろうルイさん? だってあなたは………


 「ッは……そうか、貴様の目的はそこだったのか………。皆、今日はここまで大変よくやってくれた……。あとはデビットと私、そしてここにいる客人のみにしたい」


 力なくそう告げるルイさんに心配しつつも引き下がる使用人達が全員いなくなると、やっと気が抜けたのか少し項垂れた様子のルイさんはデビットさんに二、三言告げると、お茶菓子を俺たちに出し、暫し沈黙が訪れたのだった。

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