136話答え合わせとツケ



 多少の疲れは見えるものの、お茶菓子が入ったことで随分落ち着きを取り戻したかのようなルイさんは俺が話出すのを待っているのか口を開く様子がなかった。


 「落ち着いたようで何よりです。ルイさんもわかったと思いますが、俺の本当の目的はあなたに“気づいてもらう”ことです」


 何に? ということはあえて言わなかった。

 というより説明が難しかったのだ。今回の件で必要だったのは“勝敗”ではなく“道程”だった。


 「一つ目は決裂。……私自身気づいていたワ。私の身の置き方に関して使用人同士が揉めていたことは……。だけど私にはどうしようもなかった。だって私自身それの解決が難しいものだったカラ」


 キャルヴァン達がいるにも関わらず言葉使いが変わっているが、もう気にしない、というかもう気にしていられないのだろう。


 「えぇ……そうだったのではないかと思います。だから俺達がそれを壊す他なかったんです。それには血が流れない決闘方法が必要で、鬼ごっこは……ちょっと馬鹿らしくて、勝負を明確につけるのには最適でした」


 そう、俺の目的はいくつかあった。

 その一つ目が派閥を一旦全部壊してリセットすることだったのだ。だけど以前にも問題に挙がっていた通り、これを壊すといっても簡単ではない。考えなしに両者を煽りまくって壊したところで、その後の再生には時間がかかるし、リスクだって大きすぎた。だからもっともリスクが小さく済む方法で壊したかったのだ。


 それに一番の問題は勝負がついた後だった。

 たとえ俺が僅差で負けることができたとして、勝負内容によってはルイさんの家名に傷をつけかねない。

 決闘という名目で勝負している以上、負けようによってはお互いただでは済まず、これがもし仮に武器を交えたもので、俺が僅差で負けられる算段があったとしても、結局意味がないのだ。

 “名もなき一般市民に僅差でしか勝てない貴族”としての不名誉と恥は一生ついて回るのは見えていたし、ましては実力至上主義の領主が治めているこの街では、凋落の一途を辿ることは明白だった。


 だから適度にルイさんに同情できて、適度にどちらも馬鹿にできる遊びのような鬼ごっこは決闘にはもってこいだったのだ。


 「二つ目は使用人の隠れ場所……。あんた達は神様だし見つけられて当然……といったところカシラ? それと関連して引き分けが絡んでくるってわけネ」


 「そうですね……ですが想像以上に手こずりましたよ。引き分けもそうでしたけれど、それ以上に魔属の方達の能力が思ったより幅広いなんて思い至らなかったんです。ですが、やはりあなたは使用人達の居場所や性格、そして能力についてよくご存じでしたね」


 「………そうネ、この家の主人として当然ね。だから意味が分からないのヨ。あなたがこの家を決闘場所にした、その理由が……」


 「それが理由です。生意気で申し訳ないですが、俺はあなたには改めて気づいて欲しかったんです。あなたがこの家の主人なのだと……だからこの家で行う必要があったんです」


 「……………」


 引き分けにした理由は簡単だ。全員を見つけてもらう必要があったという理由と、引き分けているという状況が必要だったのだ。

 これは最後の目的につながる大事な気づきで、引き分けられたからこそダウォットさんに繋げることができたのだ。


 そう、ルイさんがこの家の主人という確固たる証につなげるための大切な目的だった。


 「そして最後の目的………それはダウォットの居場所だった。いいえ、それはおそらくあんたのいう気づきの種でしかなく、本当の目的は……使用人達と私。その間にある関係性に目を向けたかった……そんなところカシラ?」


 「………そうです。全部、全部合ってます。今回の決闘に至った理由は、神様としての能力は不完全だとダウォットさんが知らせてくれたのがきっかけでした。彼が植物になれると知ったのも最初の出会いで、音が他の植物達と聞き分けができなかったからです。だから決闘に挑みました。神様さえも気付けない存在にあなたは迷うことなく気づけた。それはなんでもない、あなたはダウォットさんのことをよく知っていて、そしてダウォットさんもあなたを信じていたからです。ダウォットさんだけじゃなく、他の使用人の方達も同様です。あなたが自分達をよく知っていてくれていると信じてたから勝てたんですよ」


 「………それを知ったところでなんだというノ…………? 知ったところで……私は、私は………」


 俺の言葉に最後まで残っていたキャトルレスタート家の主人の仮面が剥がれ、そこにいたのは人を信じることができず、必死に自分を守ってきた孤独な少女のようなルイさんだった。


 「……これは俺の想像でしかないのですが、ルイさんはずっと孤独だったんだと思います。孤独だった期間が長過ぎたから自分に対して気付きにくくなってしまったんです。本当は人を信じたかったし、本当は信じて欲しかったのだと……。だから俺はルイさんのことが信じられたんです。人一倍裏切りが怖かったあなただから、俺は負けることができたんです。だから……だから俺の……いいえ、今言った言葉を信じてください。ルイさんをただただ慕う人たちを……信じてほしいんです」


 ずっとこの言葉が言いたかっただけなのに、随分と遠回りなことをしたなと自分自身でも思う。

 もっと上手な奴だったらルイさんの気持ちを汲み取って、この家の問題だってうまく解きほぐせたのかもしれない。

 だけど俺は完璧じゃないから……上手じゃないから、同じく完璧じゃないことに悩むルイさんの気持ちに気づけたんだと、今ならそう思える。


 そうだ。今の俺ができる最大限を持って用意した今回の騒動はルイさんが求めていたものだった。ルイさんにはこの“道程”が必要だったのだ。


 「無理……無理ヨ。失望されてしまうし、気もち悪がられるわ。理解なんて………到底してもらえるはずないじゃナイ」


 「一気に全てをさらけ出す必要なんてありません。まずは使用人の方達を信じて朝の挨拶をする。それだけでもいいと思うんです。それを少しづつ重ねていけば、いずれはあなたの本当の姿をみんなに知ってもらえるようになります。俺のことを信じるのはその後でも構いませんから………」


 予想外といった様子で俺の顔色を窺うそれは少女そのもので、ルイさんがずっと守ってきた大切なものなんだ。

 そう実感として俺の胸にじんわりと広がっていき、自然と笑みが溢れる。


 「ッ………! そ、そんなこと言ってあんたの目的はギルド推薦状でショ!! そんな笑顔じゃ誤魔化されないんだから……ネ!」


 顔を顰めつつも、先ほどよりかは血色がよくなったルイさんはいつもの調子で返してくれるようになり、内心ひどく安心をした。

 1番大事で、難しい言葉を言うときはいつだって緊張するし、今回だって例外ではなかった。


 「それで……なぜ“負ける”ことが前提だったのか、についてだけどここは単純に“勝つ”ではだめだったのカシラ?」


 「そうですね……俺も勿論勝った場合や引き分けた場合どうなるのか、しっかり考えましたよ。その上で負ける方が俺にとっても、ルイさんにとってもいい方向に向かう結果になったんです」


 「………ふーん、聞かせて頂戴?」


 俺の話に興味が沸いたのか、傾聴姿勢に入ったルイさんは先ほどの雰囲気とはまた違い、少し貴族的な雰囲気で持ってそこに座っていた。


 「はい、まずは勝った場合どうなるのか……。それは考えずともすぐに答えが出ました。俺は結局“勝てずに終わる”だろうと……。まぁ簡単に言えば俺の勝ちを納得しない人達はこの屋敷中にいるってことです。そんな中勝ったとしても、俺がルイさんにしたことまんまを……例えばそこにいらっしゃるデビットさんにされ返されるのは自明の理です。それに勝ったところでルイさんに伝えたい事が何一つも伝わらないですしね」


 「………なるほどネ。それなら引き分けでも良かったんじゃないかしら? 引き分けなら納得はせずとも勝った時のような展開にはならないはずよ?」


 「……。引き分けは互いに望む形にならないのはルイさんも気づいているはずです。しかもそれは現状維持とはいかず、以前よりも悪化させるのは分かりきってました。だってこのフェブル国は完全実力社会……ではないですか。引き分けた家がどうなるのか、なんてダニエルさんが丁寧に言ってくれましたし」


 最後の時に彼が言ってたのは、紛れもなく存在する事実なのだろう。

 実力しか求められない貴族社会は、勝ち以外は認められないことはルイさんだって百も承知のはずで、それを敢えて俺に言わせているのは今後交渉を有利に進めたいからなのか、その真意を図りかねていた。


 「そうネ、卿が仰っていた通り勝ち以外は認められないワ。ではここからは、勝敗のその先のお話をしましょう? なんであれあんたは私に負けた……そのツケを払わせてアゲル」


 あぁやっぱりと感じつつもここまでは想定内の話だった為、そこまで動揺せずに済んだ。だけどここからは別だ。

 ここの交渉いかんによっては、俺の本来の目的が果たせずに終わる可能性もある。


 さぁ、気合い入れて第二ラウンドといきますか。

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