137話代償と交渉
さてこれから交渉だが、その前に一旦情報を整理しよう。
まずは現状を今一度振り返ると、俺たちは変わってしまったアルグの理由を探る為、ギルドを目指し加入の条件であるルイさんの推薦状のサインを貰うこととなった。
そうして何故かルイさんにサインを貰うどころか、ルイさんの問題を解決するために、これまたおかしなことに何故か決闘として鬼ごっこをするハメになったが、結果俺達はギリギリ負けることとなったのだった。
そして現在、俺はその代償として何を求められているのか、そして何ができるのかの交渉を始めようとしているのだった。
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「それにしてもツケを払うことを知っていて、私との決闘に負けるだナンテ……もし私がアンタの神様の能力を使って世界征服する! だなんて言い出したらどうするつもりだったノヨ?」
「んー………それは有り得ないですよね? なにせあなたは最初からそれを恐れていたし、危惧もしていた。だから人間嫌いのあのダニエルさんの前で、俺の正体を隠してくれたんでしょう? それに………それに俺の能力は先ほど言った通り不完全なんです。それをしたくともさせるための力を俺は持ってないんです」
何故不完全なのか、それについては敢えて説明せずに話を進めるのは、ルイさんを疑っているわけではなく、どちらかというと後ろに控えているデビットさんを警戒してだった。
「………ではアンタは何ができて、何ができないのか聞かせてちょうだい。そこからツケを考えてあげるワ」
まぁルイさんはそう答えるだろうとある程度読めていた。なにせ彼は勝負をふっかけられた側で、俺達のように目的があったわけではないのだ。
だからルイさん自体、正直ツケ自体に大した興味はなく、ただ儀礼的に済ませる気なのだろう。
だからといって油断はできないが………。
「俺が出来ること……。実を言うとそんなにないんです。人間に比べると確かに耳はいいし、精霊や幽霊、魔属だって見える目を持っています。ただそれ以外でできることが……エルフに見た目を変えることぐらいで本当に神様らしいことなんか一つもできません」
「それでは………」
「それじゃあ、アンタの血をちょうだい。今回こうなったのは全て私がローズ家としてあるまじき行動が発端だったモノ。それでデビットも納得でしょう?」
「…………はい」
デビットさんが何かを言い出す前に、思わぬ提案をしたルイさんにデビットさんも納得するほかなかったのか、出かかっていた言葉を飲み込み静かに頷いて目を伏せる。
「………いいんですか? 無理とか……してないですか?」
「そりゃあ……じゃあ今すぐ飲みます、何て言えるほど決心がついたわけじゃないワ。………だけど、何て言うのカシラ。ふと、あんたの顔見て……それもいいかなと、そう思ったダケヨ」
「………わかりました。ルイさんが決めたことです。俺も」
俺も腹を決めます! と言いかけたその時だった。
それまでおとなしかった左腕の腕輪が突然光を発し、その場にいた全員の目を眩ませながら現れたのはお久しぶりの登場、フルルージュだった。
『お久しゅうございます、ヒナタ。皆様のお話を腕輪の中で粛々と聞いておりましたが、その取引について……神の御使いとして少々口を挟んでもいいでしょうか?』
「フ、フルルージュ………いきなりの発光にも文句があるが、それ以上になんで纏まりかけたところに茶々を入れるんだよ……」
突然現れ出たる神の御使いにルイさんはおろか、後ろで控えていたデビットさんも驚きを隠せない様子で、目を見開き口をポカンと開けたまま生唾を飲んでいた。
「フ、フルルージュ……フルルージュってあのフルルージュ様カシラ?! ぇぇええ???!」
「よもや先の大戦でのお方が………」
「あ、フルルージュ様だぁ〜。お久しぶりだねぇ」
「これは……珍しいですね」
ルイさんとデビットさん、二人の予想以上の反応に内心ひっかかりながらも、ここで横道に逸れて話すわけにはいかず、二人の反応は一旦無視することにした。
「それで……何に対して首を突っ込みたくなったんだよ、フルルージュ。簡潔にまとめて、そのあとはまた腕輪の中で大人しくしててくれよ………」
『おや……大変失礼な言い回しですねヒナタ。ですがいいでしょう、私としてもここで長話は本意では有りません。早速本題に移りますが、ルイさんはローズ家の血筋ということでお間違い無いですか?」
「え、えぇ……間違いない、ワ。あのそれが何か問題でも………?」
『えぇ、それが問題なのです。ローズ家の吸血行為は“神様のヒナタ”にとってみれば、致命傷になり得る行為に等しいのです。………理由は言わずともわかりますよね?』
んん? 話が全く見えないが、なにやら俺の血はやばいということか?
理由も良くはわからないが、もしかして神様候補になった俺の血は以前とは違い、他生物に何か害を与えてしまうのだろうか?
………いや、逆か。フルルージュは俺が致命傷を負うと言っていた。
「…………なるほどね。つまり吸血することで………“失われる記憶”が問題だと、そう言いたいわけネ」
『ッッ…………えぇ、そうです。どんな記憶であれ神の記憶を収奪する輩を見過ごすわけにはいかないのです』
ルイさんの“失われる記憶”という言葉に珍しく眉根をピクリとあげ、直接的な言葉を言われたことに不服そうに言葉を返すフルルージュの姿に、俺は内心驚きつつも、何故その言葉を避けたのか不信感を募らせてしまう。
「収奪する輩……だなんて、物は言いようダワ! 確かにお婆様ならそれも可能ですが、私は精々一週間前の晩御飯はなんだった〜くらいの記憶しかご相伴にあずかれないので、安心してくださいナ」
『それでも、神の記憶は神の記憶です。神域に触れられるとは努努思わない方がよろしいのでは?』
「………身分違いって言いたいのカシラ?」
『………何なりとご賢察いただければと思います。では私はこれで…………。ヒナタもいい加減神としての自覚を持って、無闇矢鱈と自身の身を削るようなことはやめて下さいね』
先程まで飛び交っていた火花は何故か最後俺へ飛び火したようで、一瞬合わさったフルルージュの瞳の奥は、怒りとも言えない仄暗い炎が宿っていた。そんな普段見せない彼女の表情に何故かゾッとしたが、気を取り直しルイさんへむき直す。
「…………身分違い……フンッ。むしろ望むところヨ」
「……ん? なにか別に望みが見つかったんですか?」
ボソボソ独り言のように呟く言葉の隅で聞こえた望みと言う言葉に反応するも、どうやら的外れだったようで呆れ顔で返されてしまう。
「あ〜、アンタ普段そういう感じナノ? それはフルルージュ様もピリつくはずよネ。ふぅ〜〜ん……」
さっきまで火花バチバチだった相手に、まるで憐れみでもするような眼差しに、まるで俺が悪いかのような変な罪悪感が芽生えてしまう。
………ん? これって俺が悪いことだったっけ?
「………決めたワ、アンタが私に払うべきツケ。それは私が血を吸うべき相手を見つけ出すコトヨ! 無論そのためにはアンタは私の好みを全て把握する必要があるし、生半可な人物は勿論お断りヨ! だからヒナタ、心して探してチョウダイ!!」
「え、えぇ勿論それはしっかりと……。というかそれでいいんですか?」
いまいち納得できない俺を横目に、キャルヴァンとウェダルフはなにか察したのか、ここにきて俺の肩を軽く叩き、後は任せろと言わんばかりの顔で俺を見つめていた。
「今まで出来なかったことをヒナタに任せるというのはそれだけで大役じゃないかしら? それに相手の好みを把握するのって意外と大変だわ。ねぇウェダくん?」
「そうだね! それに僕も自分の能力で悩んでた事があるから、自分の能力をコントロールする大変さはちょっと分かるかも。だからそれを含めても向き合う時間が必要なんじゃないかな?」
二人の言葉には確かに納得がいく。
納得はいくが、その一方で仮にもルイさんを貶めようとした俺をすぐさま信用して、相手探しをするその心変わりに、なんだか納得がいかないのだ。
「………心なんてきっかけ一つで変わるものなのヨ。それをヒナタが証明してくれた。それじゃあ納得いかないカシラ?」
「………そう、なんですね。う、ん。それなら嬉しいです。じゃあ俺もその気持ちに応えられるよう、精一杯頑張ります!」
俺の行動が正しかったとは言わない、俺の言葉が届いたなんて高慢ぶる気もない。
だけど届けばいいと思って頑張った事が素直に相手に伝わり、それが感謝として返されるのはやっぱり嬉しいと思うし、やって良かったと思うのはもはや人として、しょうがないのかも知れない。
神様らしくない神様。
それが俺だから今、目の前にいる人や関係を大事にしていければいいと、ルイさんの笑顔でひっそり思うのだった。
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