138話2人への約束と昼食会


 ルイさんの家の問題を解決した今、俺はいつあのことを切り出すべきか様子を伺っていた。


 というのも決闘で負けた分際で、しかも代償もこれからだというのにギルド入会のためのサインをくれだなんて到底言えない。


 さて……どうしたものか。




**********************




 「それでアンタたちこの後どうするつもりナノ? 元々ギルドに入りたいってことで私のところへ来たんでしょう?」


 いきなり本題かぁ〜と思いつつ、ここは素直にお願いするしかないのだろう。


 「えーと……そのことで重ね重ねお願いがありまして………」


 「いいわヨ? ギルド入会の推薦状くらい、いくらでも書いてあげるわ。代償はさっき決めたから……推薦状は個人的な借りにしてアゲル。勿論ヒナタが返さなきゃいけない“借り”ダカラネ?」


 「うっ……はい、それは勿論ソノツモリデス……ハイ」


 なんだか俺めっちゃ負債抱えてない? とは思いつつも、折角推薦状を書いてくれると言ってくれた手前、変に突っかかってやっぱり無しになされてもしょうがない。

 そんな煮え切らない思いを抱えながら、ルイさんに目を向けると心なしかウキウキしているようで、一体全体何を頼まれてしまうのだろうと俺の心が恐怖に震える。


 「それじゃあ……今日は色々あって疲れちゃったし、また明日きてくれるカシラ? それでは、私はモウ休むから後はデビットから聞いてちょうだい」


 眠たそうにそう告げるルイさんは実に吸血鬼らしくないが、それが寧ろルイさんらしくて、失礼な対応を取られているとわかりながらも笑顔でその後ろ姿を見送る。


 そうしてこの俺達だけになった客間は、暫し和やかな雰囲気でなんでもない与太話をしていたが、ルイさんを部屋まで案内し終えたデビットさんが戻ってきた瞬間、その雰囲気は一変し、なんとも言えない気まずさがこの部屋の空気を変えていった。


 「…………この度は我が主人のため手を尽くして頂きありがとうございました。少し……自分語りになってしまうのですが、当初聞いていた話とは違うことも多く……度々あなた様に敵意をむけたこと、申し訳なく思っております。正直なところ、今でも少し……ヒナタ様には感謝しつつも、このような大博打に走られたことに関して……憤っております。ですが詳細を聞くこともなく、手を貸したのはなんでもない私で、そのことを棚に上げにヒナタ様に落とし前をつけてもらうなどと、今思っても大それたことを………」


 「いえ、俺自身勝ったら当主になる条件をあえてデビットさんに伝えず協力をお願いしたんです。そのことであなたの怒りを買うとわかっていたのに……。なので今回のことはお互い様……というという事で許してもらえたらなぁと俺は思って、ます」


 最後は変に緊張してしまい、言葉に詰まってしまうが、それもそうだろう。

 なにせ先程ルイさんが敗者への条件を出した時、何か言いたげだったデビットさんを見るに、よほど俺を恨んでいるのだろうと考えていたのだ。


 「ありがとうございます…………。では改めて明日のことについてですが、ルイ様が予定がなければ一緒に昼食を食べながら話すのはどうか、と話されていたのですが……皆様いかがでしょうか?」


 俺だけではなく、二人にも意見を求めるデビットさんにみんなもさっきまでの緊張が解れたのか、いつも通りの朗らかさでデビットさんの提案を受け入れ、暫し歓談した後、宿へと戻ってきたのだった。


 ——翌日

 昨日より少し遅めに起きた俺たちは、通り沿いにある屋台のおいしそうな匂いを横目に、昨日の話の続きをするためルイさんの屋敷へとゆっくり向かっていた。


 「改めて昨日は本当にありがとうなキャルヴァン、ウェダルフ。二人がいてくれたからなんとかなったけど……ダウォットさんのこと、言わないまま勝手に話を進めて本当にすまなかった」


 改めてひどい賭けをした自身を守りたいためなのか、それとも恐怖からか。分からないまま俺は足を止めずに前だけ向いてそう告げると、少し後ろを歩いていた2人から、大きなため息が聞こえ思わず肩をびくつかせてしまう。


 「……お、怒って当然だよな。だって2人すら騙すような形で俺は俺自身を危険に晒すような事をしたんだ……だから」


 ここまで一息で言うものの、2人からはなんの反応もなく益々焦って、何かを言おうと口を開いた時だった。


 「許してほしぃ……ってーーーーーッッッ!!!」


 2人分のゴツンともガツンともいえない、なんとも形容し難い鈍い音が頭と腹部に響き、堪えきれずしゃがみ込むとそこには満面の笑みを浮かべた2人が俺を見下ろしていた。


 「怒ってるかと言われたら、勿論怒ってるよ! だけどそれ以上にいつまでも! くよくよ言うヒナタにぃはもっと嫌!!」


 「ウェダ君の言う通りね〜。私も怒っているけれど、そんなこと今に限ったことじゃないわ。だから今度は私たちが出し抜いてやるって、そういうケジメのためのゲンコツ。これ以上言ったら言った分ゲンコツよ?」


 「うっ! わ、分かったよ。これ以上はもう言わない。だけど最後に一つだけ謝りたいことがあるんだ…… 。ごめん2人とも、俺多分、いや絶対これからもずっとこんなだから……だからこれからも2人のサポートが欲しい。………頼っても、いいかな?」


 最後はやっぱり自信がなくなってしまい、情けない形のお願いになってしまったけれど、2人のおかげで本当に言いたいことが言えた。

 本当はこの言葉を先に言うべきだったのだろう。

 だけど自分のことさえ不確かな俺は、2人のゲンコツによって気付かされてしまうなんて……なんて、弱気なこと2人には絶対言えないよな。


 「……うん、いいよ!! だって僕ヒナタにぃが大好きなんだもん! いらないって言われったってもう遅いからねっ!」


 「そうね、私もよ。ヒナタがいるから今こうして外に出られているんだもの。そんなことも忘れちゃったお馬鹿さんには身をもって知ってもらわないとだわ」


 「2人とも………ありがとう!! これからも頼りにしっぱなしだけど……うん、これから先もよろしくな!」


 今までついて来てくれた仲間たちに、ずっと言えずじまいだった未来まで続くお願いは少しだけ胸をちくりと痛めつけるが、今からだって遅く無いはずなのだ。


 「それじゃあルイさん達待たせているし、急いで行こう!」


 「うん!! お昼ご飯楽しみだね!」





**********************




 

 「お待ちしておりました、ヒナタ様。主人は中庭のテラスにおります」


 そう恭しく頭を下げて、いそいそと案内をするデビットさんからの様子を見るに、ルイさんを待たせてしまったようだ。

 それ自体は悪いとは思いつつ、いや時間までは余裕があったようなという考えが頭を掠め、俺は無意識なのだろうか眉を顰めていた。


 「ヒナタ……時間とかじゃないの、こういうのは。ねぇ、ウェダちゃん?」


 「そうだね、キャルヴァンさん。これはヒナタにぃの責任だよ」


 ん、これ責任問題に発展するほどやばいやつだったっけ?

 というかそもそも遅刻はしてないから、問題ないと思うんだが。


 そんな事を考えながらデビットさんが案内する中庭に着くと、忙しない様子のルイさんが、そばに仕えていたメイドさんにあれやこれやと指示らしきものを出していた。

 そんな中、何一つ慌てる事なくデビットさんがルイさんに声をかけると、俺たちに気付いたルイさんは先ほどの様子とは打って変わって、まさしく紳士といった風体に早変わりし、俺たちは見るからに高そうな食器が並べられたテーブルへ向かい入れる。


 「よく来たね、ウェダルフにキャルヴァン、そしてヒナタ。今日は決闘の報酬について、具体的な話をしたかったのと、これから入るギルドについて話をしていきたいんだが……まずはお互いの健闘を称え、ちょっとした昼食を用意した。ぜひ堪能してくれたまえ」



 その言葉を合図にメイド達が、庶民料理とは明らかに違う手の込んだ肉料理や、魚やパンなどが色とりどり用意され、その豪華さに俺達の目が輝く。


 ルイさんの用意した料理は本当に美味しく、日本だった頃でも食べたことがない高級な味がする料理達に、俺達はただ美味しいとしかいえなかった。


 そうして楽しい昼食会は終わりを告げ、ウェダルフと本来は食を必要としないキャルヴァンまで楽しみで目を輝かせるデザートへと昼食会は進んでいくのだった。

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