139話幻獣になりそこなった者


 デザートをそれは楽しそうに頬張る2人を傍目に、俺とルイさんは食後のお茶の後、腹ごなしとして同じ中庭内にある温室まで、何故かデビットさん抜きで歩きながら話すこととなった。


 「今日、どうでしたか? 例えば……俺がこの屋敷に来るって知って、嫌がる使用人とかいなかったかなー………なんて?」


 決闘したやつが何言ってんだと自分自身思うが、それでも昼食会の時見せていた、あの紳士然とした様子からまだまだ使用人達とは打ち解けられなかったのかなんて、いらない心配をしてしまう。


 「……今日は昨日ヒナタが言っていた朝の挨拶を……一人一人にしてみたワ。それに、ヒナタのことについてもちゃんと説明しておいたカラ、そんなことを言う使用人なんて1人もいないハズヨ」


 なぜだかぎこちなく答えるルイさんだったが、それも仕方がないかもしれない。

 何せルイさんに比べて若造の俺に言われたことをやりました……なんて大人としても、貴族としても恥が伴う所だろうに、それを偲んでまで実践してくれたのだ。ぎこちなくもなるか。


 「そう、ですか。いやーよかったです! 俺としてはルイさんのこれからについて責任持って付き合っていかないといけないし、そうなったらここを出入りするだろうから、皆さんに嫌われてたらやだなーなんて、考えたり、考えなかった……り? ルイさん? どうしましたか?」


 顔を赤くしてプルプル震え出したルイさんに、何かまずいことでも言ったかと、俺は内心慌てるがどうやらそういうことではないらしい。


 「アンタ不意打ちにも程があるわヨ! そうやって色んな人達を落としてきたノネ?!」


 「落とすってそんな物騒な事したことないですよ〜! ってそっちじゃない意味ですか?」


 いわゆる魔性的な意味だろうか? それならもっと心当たりはないし、なんなら悲しきかな。今までモテた経験がない俺としては、一度でいいからそんなこと体験してみたい。

 まぁ、人に嫌われる事もない、と思うのでそう言った意味では人付き合いは良い方なのだろうから、あまり贅沢はいわないけれど。


 「〜ッはー……。アンタと話すと緊張してるこっちがバカバカしく感じちゃうワ。あーアホらし」


 すみませんという意味を込め、俺は頭をペコっと下げるだけにとどめその場をやり過ごした。


 そんなこんなで、緊張がすっかりほぐれたルイさんと、たわいもない話をしているうちに目的地である温室に着き、ルイさんに気づいたダウォットさんが招き入れる。

 中にはいつの間にか用意されていた2人分のお茶が用意されており、ただそこにダウォットさん以外の使用人は見当たらない。


 「これは…………もしかしてただの散歩ではないお話があったとかですか?」


 「ソ………そうだ。ただその話も私からじゃなくて、ここにいるダウォットから聞いてくれたまえ」


 ダヴォットさんの前だからか、紳士モードでそう話したルイさんは、ひとまず座って話をしようと目線で俺を椅子へ促し、俺もまさかの話し相手にドキドキしながらも、ダウォットさんが引いて待ってくれている椅子へと足を進める。


 そうしてなんともぎこちないお茶会が始まったわけだが、俺に話があると言っていた張本人であるダヴォットさんは座らず、ルイさんの横につき、何を考えているのか全くわからない表情で黙り込んでいた。


 「えぇっと……それでお話しというのは……ダヴォットさん?」


 「………………すまない。あまり普段人と話さないので、うまく言えるかわからない」


 見るからに口下手なダヴォットさんは、イメージそのままで目を真っ直ぐ見つめたままそう俺に告げる。

 そんな様子にルイさんも承知済みなのか、お茶を飲みながら花を眺めていた。


 「大丈夫です。それでも話したいと思ってくれたのなら俺も聞いておいた方がいいと思いますので……」


 「………。昨日言えなかったことがある。お前は俺の事を“幻獣”だと言ったが、正確には違う。正しくは“幻獣になりそこなった者”……それが俺の正体だ」


 幻獣になりそこなった? それはどういう意味なのか。その事を聞こうと思ったが、そもそも俺は幻獣についてフルルージュから聞いた話以外、何も知らないことに気がつき、返答をあぐねていた時だった。


 「そもそも幻獣について知っている種属なんて魔属の中でも少数だ。ダヴォット、幻獣の生態についての説明からしてくれないか?」


 俺の表情から何かを察したのか、そう助け舟を出すとダヴォットさんも、慌てる事なく頷き話を続ける。


 「はい、失礼いたしました。………幻獣とは、リンリア神が始めに創ったとされる種属だ。……………幻獣は記憶の管理者と言われており、その意識は共有されているためか幻獣同士では子は成せないようになっている」


 おっふ……! いきなり濃ゆい話になったけど、幻獣さん特殊種属すぎない? 記憶の管理者とかフルルージュさん、そうは言ってなかったけどわざとかな?! それに意識が共有されてるってどういうこと? 人類とか補完しちゃう系なの?!


 「だから………幻獣は子を成すために他の種属の雄になり、そして子を成したその後は姿を消してしまう。………消える理由は恐らく一つ。……………その子供が幻獣になれるかどうか、見極めるためだと思われる」


 「つまり……幻獣になりそこなった、というのは………」


 俺が思わずこぼした言葉にダヴォットさんは目を伏せ、頭を少しだけ下に傾ける。


 「俺は幻獣になるために必要なものが足りなかった……のだと思う。それが意識共有できないからなのか、それとも別の理由なのか……どうやって見極めているのか知らないが、とにかく幻獣に選ばれなかった者。……それが俺だ」


 「そうだったんですね……そうとは知らず、辛い話をさせてしまって申し訳ありません。だけど………一つだけ、質問してもいいですか?」


 聞くべきかどうかわからなかったが、でもそれでも聞かざるを得ないことが一つだけあった。


 「………なんだ?」


 「失礼を承知で聞きます。なぜ…………幻獣の意識は共有されているって、わかったんでしょうか?」


 そう、選ばれなかったと言っているダヴォットさんが、なぜそこまで知っているのだろう。最初の情報、幻獣の始まりと記憶の管理者というのはフルルージュも知っているだろうし、恐らくだがダヴォットさんの言い回し的に、知識としてそういったものが残っているのだろう。

 だが意識はどうだろうか。その部分は他者、つまりは他の種属から見た場合、到底知り得ない情報ではないだろうか?

 まず、ルイさんが最初に幻獣は“魔属でも知っている者は少数”と言っていたから、幻獣との交流はあまりないと考えられる。


 その中で最初二つの情報は、幻獣から聞いていても可笑しくはないし、そもそも質問としても、ごく自然的に聞いても可笑しくはない。

 ただ意識の共有はどうだ? そもそも知識や思念などではなく、意識……つまり“自我“の共有なのだ。そこに関して質問することもなければ、自ら言う事も少ないのではないだろうか?

 だって幻獣同士は意識を共有しているから子を成せない、というのが真実であるならば、幻獣は他幻獣のこともある種、自分だと認識しているからではないのか?

 それならば、他にこんな自分がいます! なんて言うのも不自然だし、そもそも記憶の管理者という、勘違いを起こしやすい情報があれば、他幻獣で話した内容を知っていても、記憶の管理者だからと言う理由で片付けてしまえる。



 なのにダヴォットさんはしっかりと幻獣の意識は共有されている、と断言した。それは知り得るための何かがある、ということだ。


 「………それは時折、幻獣達の思考が流れ込んでくるからだ。はっきりとした言葉じゃないが、なにを考えているのかがなんとなく分かる。だから今日、お前をここに呼んだ」


 ここからが本題だ、と言わんばかりのダヴォットさんの雰囲気は、まるで俺がそう質問することさえわかっていたような落ち着きぶりで、俺はなぜだか心まで見透かされたような気分で、つづきの言葉を待つのだった。


 

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