134話決着と告白


 ダニエルさんの予想外の提案は思ってもみない援護だった。

 というのも実はこの後どうやってそこにルイさんと行くかを考えあぐねていたので、俺としては全力で乗っかりたい気持ちだったが、ルイさんのほうはそうではなかったようで、ダニエルさんに質問、というより焦りを隠しきれていないようだった。


 「そんな勝手に…!! 第一もしお互いの場所が違う場合はどうするんですか? そのまま決闘は継続ということですか?」


 「いや…互いの場所が違う場合はその時点でこの下らない決闘は終了。最後の一人にどこに潜んでいたのか確認し、どちらかがあっていればその者の勝ち。どちらも違えば引き分けとする」


 「な……そんなルール従う必要は……!!」


当主としての矜持なのか、いささか勝手すぎる決闘の判決になおも異を唱えようとするルイさんをダニエルさんは声を上げることなく一瞥だけで黙らせ、溜息を一つこぼすのだった。


 「お前の異議など認めん。第一当主ともあろうものが、このような……下民に引き分けるなどというのが可笑しいではないか。ここにいる使用人たちもそうだ。揃いも揃って何故、たかがかくれんぼでこんなにも下民に劣った働きをする? なんの能力も有さない劣った人間に、誇り高き魔属の我々が引けを取るなど……恥さらしもいいところではないか!」


 ダニエルさんの言葉にぐうの音も出ない様子のルイさんに、たまらなくなった一人の使用人が口を開き、震えた声でダニエルさんに向かい話しかける。


 「ッッッその男はただの人間ではありません!!!! その男の正体はッ!!」


 「口を慎めエリオット! 主人の断りなくダニエル卿に口利きするなど……そのような無礼を許したつもりは一度もない!!」


 ルイさんの見たこともない怒声と顔つきに大きく肩を揺らした使用人の男はその様子に全身の血が抜けた表情で頭を下げその後隠れるように後ろへ下がる。


 「……なんだ? この男ただの人間ではないのか? 見たところ”純血種”ではないか。正体とはなんなのだ……ルイよ」


 「いえ、ダニエル卿の仰る通りこの者は”純血種”です。ただ……正体というか実際育った国がいささか特殊で、エリオットはそのことを言っているのです」


 糾弾しようとした使用人の言葉を遮り、あまつさえあえて俺の正体である神様候補を伏せるという、ルイさんの行動に俺はやっと彼の本質が見えた気がして、思わず近くにいた二人に目合わせると二人も同じ確信を得られたのか僅かに頷くしぐさをした。


 そんな俺達の様子を知ってか知らずか、また興味なさげにティーカップを手に取るダニエルさんは何を考えているか分からない目で俺を一瞥する。


 「………ふん、まあ下民の正体やら出身なぞに興味もない。では互い納得したということで、そこの使用人はヒヨコへ、お前はルイへそれぞれ赴き最後の一人の場所を聞いてくるのだ。くれぐれも返答を歪めるなどという不正行為はするでないぞ」


異様な空気の中指名された使用人たちは緊張かそれとも恐怖の為なのか細かく体を振るわせつつ俺やルイさんに近づき、顔を引き攣らせつつ耳を寄せる。


 そんな様子に気にしないふりで最後の一人が隠れているであろう場所を告げると、少しだけ目を瞠り驚いた様子を見せるがそれも一瞬で、他に悟られないようにと顔を上げ何事もないままもう一人の使用人を待って、ダニエルさんに告げに向かう。


 そうして二人から場所を聞いたダニエルさんはそれは面白くなさそうな顔で、溜息を一つついた後何も告げることなく席を立つと顎でもって俺達にも同じようにすることを促す。


 やけに機嫌悪げな態度とその対応に俺とルイさんはお互いに合っていた事を察し、目が合うがそれも刹那で感情のやり取りすらないまま目を逸らすと、後ろのほうで少し不安げについてくるキャルヴァンとウェダルフが見えた。


 「……大丈夫だ。ここまで全部想定内だから」


 そう小声で伝えると二人も黙って頷き後をそっとついてきてくれた。






**********************




 重苦しい雰囲気のまま、たどり着いたのは案の定中庭にあるガラス張りの温室で、何度か出入りしたことがるのだろうダニエルさんは知った顔で室内に入ると、何も言うことなく備え付けてあった椅子に近づき、その様子に俺達について来ていた使用人達も、慌てる様子なくダニエルさんのところまで歩き椅子を引くとそのままお茶の用意を始めるのだった。


 「さて、嘆かわしいことにここまでは同じだったがそれがどこまでそれが通用するのか……しかと見届けてやろう。ルールは簡単。どこにいるのかを各々探し指差し等で場所を指定してもらう。時間はそうだな……せいぜいこの茶が飲み終わるまで。以後は先ほどと同じ。ここでの引き分けや負けなどはお前の恥として生きるんだな、ルイよ」


 「恩情痛み入ります。ですが私はこの屋敷の主人、そこのぽっとでの若造に負けるはずがありません」


 「フンッ、その言葉はここまで引き分ける前に聞きたかったがな」


 「………」


 ものの見事に言い負かされたルイさんだったが、その顔はいっつも通りなのか変化はなく平静であり、むしろ周りの使用人達が少し動揺した様子で肩を戦慄かせていた。


 そんななかでも完全に俺達の存在を無視していたダニエルさんは、使用人が注いだ茶器を手に取ると何していると言わんばかりに、目線だけでスタートの合図をだすと俺達も何も言わずに立ち上がり、それぞれどこにいるのか探すことに。


 「それでなぜヒナタはここにいるってわかったのかしら?」


 他に聞こえない様に話しかけるキャルヴァンを横目に黙々と探す“フリ”をしていたが、どうにもウェダルフも気になるらしく探す手がそぞろだった。


 「それは……今までのことを考えれば簡単だよ。みんな無意識に見つけて欲しい場所にどうしたって隠れてしまう。それに普段行かない場所よりいつも行く場所やいる場所の方がどうしたって安心だし安全だ。だからあの人も例外なく温室に隠れているだろうって……ただそれだけの事だよ」


 「あの人って……もしかしてダウォットさんのこと? それじゃあもうヒナタにぃにはどこに隠れているのかも分かってるってこと?」


 「………それはどうかな?」


 今ここでは分かっているとも分かってないとも言えない。

 そんな雰囲気で話せば二人は口を噤み、ただ黙々と俺が探している場所を一生懸命探してくれるのだった。


 そんなこんなで無為な時間をやり過ごしていたが、ルイさんが見つけるタイミングを見図り俺も適当な場所を指さすとほぼ同じタイミングで見つけたという声を上げるのだった。


 「ふん……こんな時でも同じタイミングだとはな。まぁよい。指さす場所がそれぞれ違うということはここではっきりこの決闘にもケリがつくというものだ。さてこれで最後なのだ………ここは隠れている者が姿を表し勝負を決してやるのが誠実ではないかな?」


 そう告げるダニエルさんに俺ははじめて言葉を遮るように声を上げその提案に待ったをかける。


 「すみません、その前に一ついいですか?」


 「………ひよっこが私の言葉を遮るとはいいご身分だな。……ふむ、お前のその顔、ただならぬ決意でもって言葉を発した、というところか。ふん、普通だったら打ち首ものだがいいだろう、最後の余興だ。お前の主張を聞いてやろう」


 「ありがとうございます……。ではまずここにいる皆様にお願いがあります。どうか今から話す俺達の秘密はここだけに留めていただきたい。その上でダニエルさんに話があるんです」


 俺が神妙な面持ちでそう告げると、何かを察したのかルイさんが慌てて俺の口を封じようと構えるが、俺はあえてそれを止めルイさんに大丈夫の意味をこめてルイさんを見つめ返す。


 そんな俺の迫力に負けたのか、はたまた俺の言いたいことが通じたのか分からなかったが、納得してくれたルイさんは苦い顔をしつつ引き下がると俺は大きく深呼吸したのち言葉をつむぐのだった。


 「ルイさんにも聞いて欲しい……実は俺たちは普通の旅人なんかじゃない。俺はお二人が言う“純血種”というやつかもしれないけど実は……他の人よりすごく耳が良いんです。この屋敷内なら大体の音は聞こえます。それにこの間まで魔属が相……仲間として旅を共にしてました。だから魔属がどんな能力があるか知っていたし、見えずとも俺には隠れている人達がどこにいるか全部聞こえる自信もありました」


 俺の予想外の告白にダニエルさんだけではなくルイさんまであっけにとられ、なんとも言えない表情で俺を見ていた。

 そんな様子を気にしないように続けて告白をする。


 「そして俺の仲間もすごい能力を有しています。ウェダルフは精霊が見えるだけじゃなく召喚もできるし、キャルヴァンは精霊です。そうです、今回の勝負ははなから勝てる算段があって勝負をしたんです」


 俺自身の事はフェイクを入れつつも話し終えた俺にダニエルさんは呆れながらも、だが納得した様子でルイさんにしてやられたなという一言をかけ、ルイさん自身もそういうことだったのかと納得した様子だった。


 「それで……それがどうしたというのだ? お前達が他より優れた能力があったとして、それがなんだというのだ? そんなに優れた能力があるのにルイで手こずるならばそれまでの能力だったということだろう? なんの自慢にもならない事を今してどうするのだ?」


 「いえ……ただの自慢ですが、だからこそなんでだろうと思いまして………。なんで耳がいい俺や精霊が見える二人が揃っているのになんでここまで引き分けてしまったんだろうな……なんて、ただの思い上がりですかね……ははッ」




 そこまでいうとダニエルさんが初めて俺に対して感情をむき出しにし、キッと睨みつけるが俺も普段のヘタレを押し殺し、ヘラヘラと笑い感情を煽っていると、その様子が気になったのかルイさんは何やら考え込むように腕を組んで俺をぼんやり見つめていた。


 「フンッ! ……小賢しい事は勝ってから言うんだな。ルイ……お前からは何か言うことはないのか? ないのならここで勝負が決することになるが?」


 「私からは……特にないです。私はこの屋敷の主人で使用人のことは知っていて当然です。だからあの者に負けるはずなどないのです」


 そういって黙るルイさんの声は先ほどより少し暗く感じたが、自信の無さからか、もしくは別のことを考えているからなのか俺には分からなかったが、これで勝負が終わるのだと俺も少し落ち着かない気持ちになったのだった。

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