第96話マイヤの国再び






  あれから数日が経ち、俺たちはマイヤ国に再び戻ってきており、様々なことが変わり始めていた。

 ウェダルフは毎日寝坊もせずに俺に付き合ってくれ、そのおかげであれ以来から狩りの練習以外でも神の能力を意識して使えるようになっていた。セズとサリッチはというと、あの日探してくれた野草が思った以上に疲労緩和に効用を発揮し、それを喜んだ二人もなぜか俺たちと同じように毎日一緒の時間に起きて野草探しに勤しんでくれた。


 狩り自体もやっと狩りの練習らしくなってきたが、如何せんフルルージュ自体見えていないので、当たっていてもそれが急所なのかどうか判断がつかないのだ。


 「フルルージュ、今のはどうだった?」


 『そうですね……やはり裾を掠めるのみで当たってはおりません。ちゃんと相手の行動を先読みしないといつまでたっても当たりませんよ』


 「先読み……ね。それが出来れば何よりだよ」


 そんなぼやきが隣にいたウェダルフに聞こえたのか、何かもの言いたげな顔で、俺のことを見つめてくる。

 だが運悪く朝ごはんの掛け声により、その理由は聞くことがかなわずに終わり、そのまま移動の準備に追われいつしかそのことも忘れてしまったのだった。




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 そうしてまた日がたち、前とは全く見え方聞こえ方も違うマイヤの森を抜けた俺は、リッカの街を目前に深呼吸をしていた。


 「はぁ~~……。いや、覚悟はしてたし、ここに来るまでも原始種属とかを見てたけどさ、幽霊の街って思うと………うぅ」


 「あら、そんなこと言ったら私だって幽霊よ?」


 キャルヴァンがふわふわと宙に浮き、足がないことを強調してくるが、問題はそこじゃないんだキャルヴァン。


 「それもそうなんだけど~……!! 小さい頃のトラウマでお化け屋敷とか廃墟とかが本当に苦手なんだよぉ……」


 「なに意気地がないこと言ってんのよ! あんたの覚悟を待ってたら日が沈むわよ!!」


 容赦ないサリッチの言葉だったが、確かにその通りでこのままではいつまでたっても変わらない気がする。が、ただやっぱり門から見える風景は、俺が苦手な廃墟そのもので今にもゾンビとか出てきそうで足がすくむ。


 「今更そんなこと言ってももうどうにもならないよ! 大丈夫!! 死んだら嫌でもこの街に来ることになるんだから、今からリッカの街に慣れていこうよ!」


 「そんな死を前提にした慣れは嫌だっ!!!……っていや四人がかりで引きずらないでくれ!! いや、まじでちょっとタンマ!!!」


 俺のタンマの声も空しく、背中と両腕を引っ張られた俺は抵抗もできないまま、リッカの街に張られていた薄い膜状のなにかに包まれ、恐怖の限界に達した俺は、思わず目を閉じたまま街の中へと進んでいく。

 ぐにゃりとした感覚は一瞬で、さっきまではしていなかった爽やかな風の香りと、草木がせせらぐ音に俺は先ほどまで恐怖していたのも忘れ、目を開けあたりを確認する。


 「異世界みたいだ……」


 「本当に………天国みたいな街ね」


 「本当にびっくりですよね! 私も最初は別の世界に来たのかと思っちゃいました!!」


 いや、とっくのとうに異世界に来てたんだからこの感想は変だと思うかもしれないが、この一面に広がる風景を見ればそんな戯言もいってしまうだろう。それぐらいこのリッカの街はあまりにほかの世界とは異質で、街らしくなかった。

 なにせいつもはどんよりとしたマイヤ国特有の曇り空も、薄い青色が広がっておりそこには島も浮かんでいる。しかもその島からは水が絶えず流れていてとても幻想的な光景だ。家自体も野原の向こうにぽつりぽつりと建っており、いたってのどかな雰囲気を保っている。それにだ、もっと驚くべきことはリッカの街は街の外で見るよりはるかに広大な土地を有していた。


 「全然……こんな幻想的な街とは思わなかった。おれはてっきりもっと殺伐としてて、それでいて張り紙だらけのどんよりとした街だと思ってたから……本当、びっくりした」


 「確かに街の中心はそんな感じのところもあるけど、基本的には天国みたいな景色が多いよ!!」


 「そうですね、ここはまだ街から離れたところなので、もう少し歩けば街の人たちともすれ違うと思いますよ!!」


 「なによそれ……。ここから見る限り街らしい影なんて見えないんだけど?!」


 いや、ほんとに何それだよ! 街らしき影が見えないどころか、人らしき姿だってないぞ。ここから街の中心までどれだけ歩けば街につくのか、考えるだけでもげんなりする。


 「あら、それなら大丈夫よ。確かに街の中心まで歩くとなれば時間がかかるけれど、この街には神様が遺したとされる移動の能力が結晶化され、各名所に置かれているの。それを使えば一瞬にして街の中心につくから意外に便利なのよ」


 おぉう、いきなりのRPG的要素が飛び出てきたぞ。つくづくこの世界の神様は有能で、改めてなんで俺や圭兎みたいな神様候補を欲するのか違和感を覚えてしまう。

 ……もういっそ同じ神様がこの世界を創り続ければいいのに。


 『この街の太陽と月は外と同じ働きをしているので、時間が分からなくなるということもないですよ。だから安心して街へ急ぎましょうヒナタ』


 「……そうだな、日もそろそろ落ちかけだし、急いで宿を取ったほうがいいな」


 また何かを隠している。そう感じたがもう問い詰める気にはなれず、また不思議と怒りも湧いてこなかった自分は本当にお人よしだ。


 そんなこんなで神様が遺した瞬間移動の結晶のもとへ向かい、紫色に輝きを放つモニュメントで街の中心へと移動し、原始種属やエルフなど様々な種属が行きかう中、宿がある区画へと向かっていく。


 「それにしても、さっきとはだいぶ雰囲気が違ってこう……ごちゃごちゃした感じがあるな。建物に統一性ないし、イメージ通り張り紙がそこら中に張ってあるし」


 でもなぜかこの風景が懐かしく感じるのはもしかしたら日本に似ているからかもしれないとふと思い、何の気なしに張られている紙に目を通す。

 そこには紙いっぱいに文字が埋め尽くされており、とてもじゃないが今ここですべてを把握するのは難しかった。


 「なぁ、キャルヴァン。この掟が書かれた紙って持って帰れたりしないのか?」


 「あぁ、そういえばそうねぇ。掟が書かれた紙は宿に行けばたくさん置いてあるからそこから部屋に持って帰れば大丈夫よ。セズちゃんのウェダ君は前にも来たみたいだけど、二人も一応サリちゃんと一緒に確認しておいてね」


 キャルヴァンの言葉に三人は素直に返事を返し、目当ての宿にたどり着くまでセズとウェダルフは簡単な掟をサリッチと俺に話し、あっという間に目的地へとたどり着き宿の中へと入っていった。


 「お~……!! 安いって聞いてたから覚悟してきたけど、これは中々素敵な内装でお得感あるなぁ!」


 『マイヤ国はは死者を中心とした街作りなので、宿などの商いはほかの街と比べると安いところが多いんですよ』


 「へー!! あたしも馬小屋覚悟で来たけど、趣がある宿で満足よ!! 早く部屋を取りましょう、ヒナタ」


 早く早くとサリッチが急かす中、一人だけ顔色が優れないキャルヴァンが目に移り、俺ははしゃぐ三人をよそにキャルヴァンに近づき耳打ちをする。


 「どうしたんだキャルヴァン? やっぱりこの街にいるのは辛いのか……?」


 「えぇ……それもあるけれど、もしかしたら私は宿に泊まることはできないかもしれないわ」


 「……それは」


 何故、と聞こうとした時だった。

 先ほどまではしゃいでいた三人が一斉にええーっ!! という声を上げ、何やら宿の女将さんと口論をしていた。その普段とは違う様子に俺も急ぎそばへ寄り、何があったのかと声を掛けると女将はまくしたてるように驚くべきことを告げる。


 「いえ、ですから我が宿は掟破りの者の宿泊をお断りしているんです!! これは街の掟で決められているので、これ以上駄々をこねるなら警邏の者を呼びますよっ!!」


 嫌悪を露わにした女将さんを刺激するわけにもいかなかった俺は、未だに納得がいっていない三人をなだめ、すごすごと宿を出た俺たちは詳しい事情を聴くため、少しの間だけキャルヴァンと二人きりにしてもらえるようにファンテーヌさん含む四人とフルルージュに告げ、その場を離れる。

 するとさっきまでは気づきもしなかった俺たちを見る目が、どんな意味を含んでいるのかを理解しその事態の困窮さに俺は顔を歪め、まいったなと言葉をこぼした。


 「やっぱり……まだ許されないのね。それも当然で、掟を破るということは街を危険に曝す行為だもの。許されて……いいわけないわ」


 「そうだな……。俺はこの街について何も知らないけれど、罪を犯したなら償い続けるしかないと思う。けどだからと言って、どんな人であれキャルヴァンの心を殺していい理由にはならないと俺は思うよ」


 気休めにしかならないだろう言葉でも、声を掛けるのと掛けないのでは大きな違いだと思う。それにこれは本人の問題だ。

 俺がとやかく言うのはそれもそれで間違いなのだ。


 「ともかく! こうなってくると宿に泊まるのは諦めたほうがいいかもしれない…………って、どうしたんだキャルヴァン? 」


 俺の言葉に驚いているというより、唖然とした様子のキャルヴァンの目は、俺の真後ろ一点を捉えておりその表情は辛そうに眉根を下げていた。

 本当にどうしたのかと思い、おーいとかどうしたなど声を掛けるも、反応を示さない彼女の視線が気になり、俺はゆっくりと後ろを振り向く。

何があるのかとドキドキしながら見るとそこには同じく、悲しそうに佇む上品な雰囲気を纏った男性がキャルヴァンをじっと見つめ、なにか言いたげに口を開いては閉じを繰り返していた。


 「……もしかしてオール、さんですか?」


 まったく言葉を発しようとしない二人に代わり、俺がおずおずと聞くと、気を取り直した男性が慌てて俺と目を合わせ、少し上ずりながらそうですと答える。


 「どうして私の名前を……と聞くまでもありませんでしたね。なにがあったのか分かりませんが、元妻が大変お世話になったようで、なんとお礼申し上げればよいのやら……」


 「いえ、そんな……


 「そんなことより、いいところで偶然また会ったわね。貴方のことだから私に会いに来たのだと思うけれど、ちょうどよく私も貴方に話があるの。そのことも兼ねてこの子たちをあなたのお屋敷に泊めてもらえないかしら?」


 普段のたおやかな雰囲気のキャルヴァンとは全く違う少し険のある言い方に、俺は不穏な雰囲気に冷や汗を流して二人を見つめ、息をのむ。


 「そうだな。君はそうだったね……。私としても妻の恩人である方たちを邪険にすることはできません。是非とも我が家でゆっくりとお話いたしましょう」


 こうしてキャルヴァンの元旦那さんに助けられた俺たちは、運よく泊まる場所を確保し、突き刺さるような目線を抜け豪奢な屋敷へと入っていくのだった。

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