第95話変わる俺と変わってくれる仲間



 人間のままの感覚ではいられないと知った昨日は嘘みたいに穏やかに終わり、俺は美味しそうな香りに誘われ目が覚めた。


 「んん~……、おはようキャルヴァン」


 「あら早起きね、ヒナタ。ふふっ料理の香りに誘われちゃったのかしら?」


 目をこすりほかのみんなを見渡すが、起きているのは眠る必要のないキャルヴァンのみで日もまだ昇ってはいなかった。


 「昨日はありがとう。……ご飯はあとどのくらいで出来そう?」


 「今さっき始めたばかりだからまだまだかかるわ。出来たらファンテーヌさんが呼びに行くそうだから……安心して狩りに行ってらっしゃい」


 まるで子供を見送るような眼と顔でそういうと、俺も弓と矢をもって近くにある開けた場所まで移動するが、ふと近くにフルルージュの気配がして俺は後ろを振り返る。


 『おはようございます、ヒナタ……様。今から弓の練習でしょうか?』


 「おはようフルルージュ。無理して様つける必要ないから名前で呼んでくれると嬉しい。あと、たぶんわかっていると思うけど、弓の練習するから君の力を貸してほしいことがあるんだ」


 また無断で俺の思考を先読みしたであろうフルルージュの出現にもう慣れてしまった俺は気にするでもなく話を続ける。


 『わかっております。私があなた様の為、動く的になりましょう』


 「はあっ??! い、いや俺は的を持って動いてもらおうと思っただけでフルルージュ自体が的になるのは違うだろう!」


 俺の想像より斜め上の答えに俺は動揺し言葉が荒くなるが、それも道理だろう。なにせモンスターを殺すのも戸惑う今、ましてや人を的なんてどう考えても無茶苦茶だ。


 『……昨日ヒナタは変わりたい、とおっしゃりましたよね? そしてたった今、私の助力を求めました。ならば私もあなたのために的になるのが道理だと確信しました。……とはいえです、ただ私も無茶や無謀でこんなこと言っているのではありません。これにはもう一つの修業を兼ねているのです』


 「と、いうと?」


 『神の能力を使った狩りの練習を今からしていただきます。やり方は簡単。姿も見えない、声も聞こえない動く私をヒナタはただ見つけて射るのです。念のためほかのモンスターにケガさせないよう、矢じりを加工した矢を今から作っていただく必要がありますが……』


 姿も声も聞こえないフルルージュを見つけて射る……。なんか簡単みたいに言ってるけどだいぶおかしいよね? 見えないし聞こえない相手をどうやって見つけるっていうんだ? 矢の加工自体は以前アルグに作り方を教えてもらっていたから今すぐにでもできるけど……さて、どうしたものか。


 「ちなみにだけど見つけるためのヒントとかは……」


 『ありません。五感を、己の中にある能力を感覚で掴むしかないのです』


 そう言って早速姿を消してしまったフルルージュに取り残された俺は、ひとまず矢の加工をするため座り込みナイフを取り出す。


 言いたいことは色々あるけどまず、だ。

 言うは簡単だけど、それが一番難しいのフルルージュさん知ってる? 相変わらずスパルタ指導というか、案外体育系のノリで俺まで熱血系の神様になったらどうしよう。お前なら出来るっ!! 声出していこうぜっ!!! 熱くなれよッッ!!!!!!……うん、まぁそんなこと考えてたら矢の準備は済んだし、物は試しだと思い俺は今まで無視していた周りの声に耳を傾けることにした。

 が、途端に大音量で頭中に響く声という声に圧倒され、俺は気が遠くなるが、すんのところで踏みとどまり全神経を使いフルルージュの痕跡を探す。


 そうしてこの日の朝はただ動けないまま、ファンテーヌさんに呼ばれるまでフルルージュのことを探し続けていたが、見つけられずに終わったのだった。




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 「それで……狩りの練習は捗ってるわけ?」


 気持ちを新たに始めた狩りの練習から早七日が過ぎたころ、朦朧とする意識の外でそんな声が聞こえ、俺はそちらを見やる。


 「はぁ……、まぁぼちぼちでんな…………」


 「はぁ? 意味わかんないんだけど!! ぼちぼちって良いの、悪いのどっちなのよ!」


 「まぁまぁサリちゃん、ヒナタさんも疲れているようなのでそんな怒らないでください」


 「ん~、でもお母さんからちょこっと聞いた話だといつも同じところをじっとしてるだけで弓すら構えてないって言ってたよ?」


 言わなくてもいいことをと、頭の片隅で考えつつも一日中歩いたり、練習したりでくたくただった俺は、ぼへーっとした顔で聞き流す。


 「恐らくヒナタは狩りの練習の他に違うことも練習しているのよ。じゃないとあんなに疲れた顔でご飯を食べたりしないわ」


 最近、朝早くから朝食の準備をしてくれていたキャルヴァンは唯一、俺がしている練習内容を理解してくれているようで少し嬉しくなったが、それも一瞬で沈んでしまう。

 そう、この七日を経ても俺は未だにフルルージュが見つけられないままなのだ。


 「……ふん、あたしたちの会話に何の反応も示さないヒナタなんて、つまらないったらありゃしないわ!! セズ! ウェダ! 明日あたしたちもヒナタと同じ時間帯に起きて何してるのか、この目で見るわよ!!」


 「いいね、賛成だよ~!! 僕もヒナタにぃの頑張ってるところ見たい!」


 「ふふ、相変わらずサリちゃんは素直じゃないですね。私も勿論賛成です! なんだかちょっとだけ明日が楽しみなりますね!」


 「え、えぇ~……一応狩りの練習だからついてくるのは危ない……とはまだ言えないけど、本当についてくる気かよ?」


 渋る俺に三人は目をランランと輝かせてくるので、ダメとは言えなくなった俺は泣く泣く朝早く起きるためその日は早めの就眠となった。


 翌日、起きなければいいと思いながら俺は体を起こすとすでに朝ごはんの支度を手伝っていた三人の姿が見え、俺は生理的な涙と心の涙を拭き立ち上がる。


 「おはよう、みんな。そんなに早く起きて大丈夫なのか? 今日明日ぐらいでマイヤの国に入るんだぞ?」


 下心を込めてそう三人に告げるが、そんな言葉には惑わされないようで今日は早めに野宿の準備をするから大丈夫と言われたらそれまでだった。


 「それじゃあ俺たちは狩りの練習に言ってくるから、ご飯が出来たら呼んでくれ」


 呼び出し係としてウェダルフのそばを離れたファンテーヌさんが手を振り見送ってくれるが、俺の気持ちは沈んだままだった。

 はぁ……、何にも進んでない俺の姿を見たら三人はなんて言うのか、考えるだけで気鬱だ………。


 『ヒナタ、今日はここで練習を始めましょう。皆様は危ないので少し離れたところで見守ってください』


 「ヒナタさんの練習初めて拝見するのでちょっとワクワクです! でもヒナタさんの邪魔にならないようサリちゃんと私は暇するのも勿体ないので野草探しでもしながら見てましょう!」


 「いいわ! カカ大陸にある野草なら夏の種属の守備範囲よ!! ヒナタが元気になる野草をあんたにも教えてあげる!!」


 二人はそう言って俺が見える範囲で野草探しをし、草花に詳しくないウェダルフは俺の練習姿をじっと見ていた。


  『この一週間でヒナタは大分感覚を掴んでいますのでどうか力まずに。だけれど今日は私以外の人の気配もあるのでより研ぎ澄ますことが肝要です』


 「わかった。俺もこの一週間ただぼーっとしてたわけじゃないんだ。頑張ってみるよ」


 その言葉をきいたフルルージュはこくりと頷き、いつものようにすぅっとその姿を消していく。

 この一週間で分かったこと。それは所謂オーラとも熱量ともいえる、ぼんやりとした魂の形がフルルージュやモンスター、それぞれ大なり小なりあるということだった。

 この魂の形は本当にかすかだが風景を歪ませ、その歪みが俺の周りあちこちと動き回っていた。だかそれだけではどれがフルルージュで、モンスターなのか見わけがつかない。

 それに音だ。万物の声が聞こえるようになった俺だが、この声というのも草木やモンスター、原始種属など様々聞こえるが、それぞれに違う聞こえ方をすることが分かってきたのだ。それは本当にわずかな違いだが、例えばモンスターなら少しノイズがかった感じに聞こえ、原始種属なら風や水の音になじむように聞こえてくる。

 ただその中に不自然な鈴を転がしたかのような音があちらこちらと移動しているのが聞こえる。これはフルルージュの心の音。言葉までは分からないけれど、まるで見つけてと言わんばかりの鈴の音はつい二日ばかりから聞こえるようになっていた。

 ……でも弓を構えることが出来ない。動くことすら無理なのだ。


 どこか……俺の耳元近くでハッハッ、という獣じみた息づかいが聞こえる。


 「ヒナタにぃ、息をすることを怖がっちゃだめ。辛いのは分かるけど浅い息はもっと体に負担をかけるんだって。……お母さんが言ってたよ」


 集中のあまり、すぐ隣まで来ていたウェダルフに今の今まで気づかなかった俺は、思わずよろめいてしまう。


 「大丈夫。僕も一緒にヒナタにぃのお手伝いするから。だからまずは深呼吸を一緒にしよう?」


 俺の返事を待たずにウェダルフは大きく息を吸い、そして吐いていく。そのゆったりとした動作を横目に俺も朦朧としながらも真似をする。

 ……吸って、そして吐いて。…………また吸う。


 「お、俺動けてる?」


 「うん、大丈夫。ちゃんと大きく両手が動いてるよ。そしたら今度は感覚は今のままキープして僕の動きを真似てね」


 先程よりはっきりした意識で、準備運動のように屈伸したりするウェダルフの真似をするうちに、段々と感覚を研ぎ澄ましたままでも落ち着いて呼吸できるようなり俺は自身が過呼吸に陥っていたのだと気づく。



 「ありがとうウェダルフ。おかげで助かったよ」


 「ううん、僕はただお母さんに聞いたことを伝えただけだよ。それにヒナタにぃの練習する姿を見て僕思ったんだ。……僕もちゃんと自分のこと頑張りたいって!」


 『……それはいい案ですね、ウェダルフさ、ま……いえウェダルフ。私もあなたの考えには賛同でございます。これからはお二人をビシバシ鍛えさせていただきます』


 そういって木と木の間から姿を現したフルルージュは、俺の意見を聞かないままウェダルフを新たに加え、そのまま本格的に狩りの練習をする羽目となったのだった。

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