第94話向き合う覚悟をするために
モンスターの恐怖はその元凶である俺にも伝播し、しばらく放心していたように思う。思うというのはその時の記憶がすっぽり抜け落ちており、モンスターもいつのまにか捌かれていたがそのことに関してまったく記憶がないのだ。
「フルルージュ……俺がこれをやったのか?」
ほとんど無意識でフルルージュに声を掛け、その姿を待つ。
そんなに時間を空けず姿を現したフルルージュは、普段の冷たい雰囲気はまとっておらず、憐れとも悲しみとも判断がつかない面持ちで両膝を折り、そのまま彼女は俺の真っ赤に染まった手を両袖で優しく包み込む。
『モンスターが動かなくなってすぐあとでした。ごめんと謝りながら御自身の手で捌いていましたが……覚えはありませんか?』
「………覚えてない。というか俺の手真っ赤だから今触らないほうが…………」
『構いません。私についた血はいつでも拭えますから……。それよりも私の力不足のせいであなた様の心を深く傷つけてしまった。それがなにより辛いのです』
「そんな……フルルージュは何も悪くないだろ。俺がちゃんとあのモンスターを一発で仕留めてあげれなかったから……だからあんなに苦しんで死んだんだ」
アルグならきっともっと上手く仕留めてあげれただろう。急所一突きで苦しめることなく……。
『……命を奪うというのは重い。その重さは例え神でも避けれるものではないというのは………わかってはいたのです。だからちゃんと伝えられなかった私も、同罪です。あなただけの罪じゃない』
初めて微笑みを浮かべるフルルージュはそのまま俺の肩を抱きすくめ、血がついた裾が服につかないようぎこちなく背中に手を回す彼女は泣きたくなるほど優しかった。
「俺……きっと驕ってたんだ。最初の頃の俺は全く狩りなんてできなくて、でも弓の練習とか言っていい気になってたんだよ。だから思い知らされた……命を奪うっていうことの意味を、想い知らされたんだ!」
自分を慰める涙はあまりにもあのモンスターに失礼だ。そうわかっているのに、泣きたくもないのにボロボロと涙が零れて止まらない。
「俺はこれからも皆の為、自分のために命を奪う。そして命を奪うたび悲鳴は上がる。……でも、その声は神様でも消せないんだろう?」
『えぇ、自然死ならわかりませんが、奪うとなるとモンスターはもちろん、花や木でもその命が貴方に奪われたことを恨み、嘆くことでしょう。その嘆きを恨みを奪った声を塞ぐことは誰にもできません』
どんな世界でも生きるというのは弱肉強食が当たり前で、それは日本にいた頃と何一つ変わっちゃいない。でもこの世界は日本とは全く違い、誰かが用意してくれていた肉や魚は、自分の意思で自分の力で獲得しなければ生きてはいけない。だけど俺はずっとその意味を考えないようにしてずっと狩りの時の凄惨さだけに心を痛めていた。
「塞げないなら……聞くしかない。だけど今日みたいな自分の力不足であんなに苦しむ声はもう二度とごめんだ。だからアルグみたいに一発で仕留められるようになるまで俺は……狩りをしない」
これは逃げだ。だけど狩りが恐いからとか、命を奪うのが可哀想だからとか他人事のような感覚からじゃない。このままただがむしゃらに狩りを続けてしまえば、俺はずっと覚悟が決まらないまま幾つもの命を奪う、そうして慣れてしまうのが危ないからだ。命を奪う痛みを感じ取れない神には絶対になりたくないのだ。
「俺は神様の自分とちゃんと向き合うよ。まだ神様になる意味とかちゃんとわかってないし、対立候補の玉上佳兎の方がふさわしいんじゃとかも考えちゃうけど……自分の事で見て見ぬふりは出来ない、だろ?」
そんな俺の言葉に先程からずっと抱き締めてくれていたフルルージュはそっと体を離し、燃えるような大きな瞳でじいと俺の両目を捉える。
『あなたを巻き込んだのはなんでもない私です。私の意思であなたを巻き込んだのに私は秘密ばかり抱えている。それを明かさないままあなたに苦難を強いてきました。ずっと、ずっと聞きたかった……ヒナタは何故私に怒りをぶつけないのですか? 恨んだりしないのですか?』
「……前にも言ったけれど許せないことは沢山ある。だけれどそれは恨みなんかじゃなく、何にも話してくれない事に対しての怒りだ。でもそれだってフルルージュと話すたび薄れていくし、第一何一つ恨まれるようなことはしてないだろ? 確かに なにも言わずにこの世界に連れてきはしたけれど、日本と同じくらい俺はこの世界が、すんでる人たちが好きになっている。恨むなんてとんでもない」
言葉では簡単そうにいったけれど、それは単に環境に恵まれただけの事なのかもしれないとふと思い、口をつぐむ。
俺は最初から人にも過ごす環境も整いすぎた気がする。特に一番最初の仲間だったアルグとの出会いで、飢えや凍死やモンスターの餌食にもならなかった。そのお陰で俺はこの世界が好きになり、様々な事を受け入れられたのだ。
始めに出会う人で価値観が変わる、というのは神様になる上で大きな影響を与えるんじゃないのか? そうならば、それならば玉上佳兎の一番最初の出会いは誰だったんだろうか……?
『…………ありがとう、ございます。あなたはあの頃から何一つ変わらないのですね。私の目には狂いはなかった、ということですか』
「あの頃……? 」
フルルージュの意味深な言葉にそう問いかけるも、まだ秘密ということなのか彼女は答えないまま、そろそろ帰りましょうと俺の手を取って立ち上がり、捌いた肉を抱え仲間の待つところまで帰ったのだった。
「あ! ウェダくんヒナタさんが帰ってきましたよ!! なんだかすごい叫び声があったので皆気が気じゃなかったんですが、本当に何事もなくてよかったです…………」
「ッヒナタにぃ!! お帰りなさい……!!」
長い間心配していたのだろうセズの弱々しい声と痛いくらい抱き締めてくれるウェダルフに、俺は獲物が入った袋を下ろし二人にただいまといって同じように抱き締める。
「…………心配かけてごめんな。それとサリッチとキャルヴァンはもしかして俺を探しに?」
「そうなんだけど、今お母さんが二人を呼びに行ったから暫くしたら帰ってくるよ! だから今のうちに僕たちで料理を作って待ってようよ!!」
「そうですね! ヒナタさんが狩ってきたお肉もすぐに燻せるように準備は済ませてありますよ!」
本当だったら色々聞きたい事もあるだろうに二人は、それ以上追及する事なくサリッチとキャルヴァンが戻ってくる頃には全ての準備が滞りなく進み、あとは食べるのみとなった。
俺を探し回っていた二人も最初だけ俺の様子を気にして、後は普通の会話を楽しんでいた。
「「「「いただきます」」」」
いつもと同じ掛け声は今日から形が変わり、痛みと悲鳴が伴う言葉となったことを実感し、心が深く沈みそうになる。だか落ち込んでいられない、皆にも狩りができなくなったことをきちんと伝えなければ。
「…………皆に話さなきゃいけないことがあるんだけど、聞いてほしい」
それまで楽しげに談話していた4人だったが、一斉に俺の言葉で話を止め注目する。
「……万物の、モンスターの声が聞こえるようになったんだ。それで、その暫くの間狩りが…………」
俺がそこまでいうと意図を組んだのか、言葉を遮るようにキャルヴァンが割ってはいってきた。
「その心配なら大丈夫よ、ヒナタ。…………本当は私達ヒナタがそうなること、知っていたの」
「そうなんです、旅立つ直前の夜に教えてもらっていたんです。普段よりも格段に多い食糧のわけを……フルルージュ様に」
なんだ、という感想がいの一番に浮かぶ俺はもう慣れてしまったのだろう。いや、麻痺かも知れないな。
まぁ、どちらにしろ今回の件に関しての根回しはフルルージュなりの気遣いなのだろう。言ってくれれば、とも一瞬よぎったが想い知った今、その忠告はあまり意味をなさないだろうことは自明の理だった。
人というのはいつだって痛みが伴う経験をしなければ気が付かないのだ。
「…………情けない神様候補でごめん。こんな神様皆いや……
「ヒナタより神様向きのお人好しはそうはいないわよ。情けないのなんて別に気にすることないじゃない。弱さを知らない神様なんて、そっちの方があたしは嫌よ」
「そうだよ、ヒナタにぃ。 雲の上にいる近寄りがたい神様より、身近に感じる神様の方が僕も好き!!」
サリッチとウェダルフの言葉にセズとキャルヴァンもその方がヒナタらしいと笑い、これからも神様らしく振る舞う必要はないとの言葉でその日は締め括られた。
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