第93話死せるものの声と恐怖
ソルブさんの話を聞いて今まで気づかなかった自分に、愕然とはしたが心境は案外あっさりしたものだった。
というのもこれまでずっと戦争跡を間近で見てきた俺としては、もう終わったこととして受ける止めることが出来ていたし、何よりこの世界に馴染んでいないからか実感が伴わないのだ。
「それでブラウハーゼはエルフのことをあんなにもぼろくそに言っていたのか。……たださっきの話だけでは俺のもう一つの疑問である作者までは分からないですよね?」
俺が聞くのがわかっていたのか、ソルブさんはそれについてもある程度ならわかると話を続ける。
「作者がどこであの本を書き上げたのかについては本の奥付を見れば分かるようになっておりまする。ヒナタ様は気づかなかったかもしれませんが、どの本にも検閲印というものが押されておりまして、これは国の機密や情報漏洩を守るためどの国でも必ず押されます。裏を返せば検閲印がない本というのは、普通の商人であれば事件に巻き込まれるのを恐れ買い取りなんて致しません」
成程、この世界にもそんな法律みたいなのがあったのか。前にアルグに聞いたときは法律なんてないみたいな反応だったけど、ただ言葉として浸透してなかっただけで、秩序としてはあったんだな。
「それで、あの本の検閲印はどこの国だったのでしょうか?」
「あの本の検閲印は………死者の国、マイヤでございます」
「マイヤ……ですか。なんとなくそんな気はしていました。………ソルブさん、ここまでお時間いただき本当にありがとうございます。お忙しいのに俺のために時間を割いていただき、本当になんとお礼したらいいのか……」
そんなことを言葉にする俺に、ソルブさんは気にしないでと朗らかに笑い、そのままメイドさんに手を引かれ部屋を出て行ったのだった。
そうして俺たちも旅支度をするために街へ出かけ、普段は姿を現さないフルルージュが珍しく同行し、なおかつ買い物の助言をするという例外を除いてその日は穏やかに終わっていった。
次の日は日が昇る少し前に起こされ、いつもよりもずっと重たい荷物を抱え、城の入り口へと急ぐ。
「ヒナタにぃ、いつも最後に起きてくるよね。夜更かしでもしてるの?」
「夜更かしどころか昨日はいつもより早く寝たんだけど、なんでいつも俺が一番最後なのか俺も知りたい……」
息を切らしそう答えると、キャルヴァンが苦笑いしながら思春期の男の子には色々事情があるのよと意味深に答える。
いや!! それも間違ってはいないけど、今回のは単純な寝坊だし勘違いもいいところだぞキャルヴァン!! ていうか俺の何を知ってるの、キャルヴァンさん!
「そ、それより皆さんお待たせしてしまい申し訳ありませんでした。俺に大事なサリッチを預けるは何かと不安があると思いますが、頼もしい仲間もいるので信頼していただければと思います」
見送りに来ていたソルブさんをはじめとしたユノ国の皆さんに頭を下げその意思をしっかりと伝える。そんな俺に倣うようにセズやウェダルフ、キャルヴァンも頭を下げる姿が見え、気持ちが引き締まるのを感じた。
「ほぉふぉふぉ、畏まるのは我々でございまする。わがままも多い我が王ではありまするが、ヒナタ様のとの旅で王とは何かを知っていただければ幸いでございます」
「そうね、あたしもそれを知るまで帰るつもりはないわ。……だからあたしのことはこれから王ではなく、サリッチとして接して。あたしの我儘を許さないでほしいの」
そんな殊勝な物言いをするサリッチにセズとウェダルフは近づき手を取りそんなの当り前じゃないかと仲睦まじく会話を楽しんでいた。
そうして別れの挨拶はあっという間に終わりを告げ、城の皆と別れヒマワリが見守る道を太陽が正中になるまで歩き続けた。
「そろそろお昼ご飯にしましょう? 今日から野宿になるのだし体力も温存しながらいかないと……すぐにばててしまうわヒナタ」
何かあってはいけないという意識から、ずっと先頭を切っていた俺はキャルヴァンに言われるまで三人が肩で息をしていることに気づけなかった。
「ご、ごめん皆! 俺もそろそろ疲れたし、お昼ご飯を済ませたら今日はもう野宿できる場所を探そう。久しぶりだから体を慣らすのも大事だしな!」
些細なことでアルグのありがたさを感じるが、それを隠すかのように俺は普段よりも数倍明るく振舞い、不安を悟られないよう細心の宙を払う。俺が気を払わなければ、俺がちゃんとしなければいけないのだ。
「うわーい! 今日のお昼ご飯はお城の人が作ってくれたんだよ!! 楽しみだねぇ!」
疲れているはずなのに楽しそうに答えるウェダルフは、やはりアルグがいない寂しさを感じているのか普段よりおしゃべりで、セズもセズで始めて旅をするサリッチを気遣ってか、旅で必要なことをなるべく前向きに話していた。
「それで……何を気負ってるのかわからないけれど、ヒナタは一人じゃないのよ? 気負うくらいなら皆にお願いして協力を求めなきゃ」
お昼ご飯を必要としないキャルヴァンは俺に寄り添い、囁き声でそう話しかける。キャルヴァンの言いたいことは分かってはいるのだが、それでもアルグのいない旅は不安ばかりで、その不安を皆に伝えていいのか分からないのだ。
「アルグのいない旅が不安なのは皆もおんなじよ。だからこそヒナタがその気持ちをぶちまけなきゃ、誰も言えないまま不安を抱えることになるのよ。果たしてそれがいい結果につながるかしら?」
「……そうだよな。俺一人の力なんてたかが知れてるし、アルグがいないからこそ協力し合わなきゃやっていけないよな」
キャルヴァンに諭された俺は恥も不安も包み隠さず話し、これからについて気持ちを隠さないことを伝えると、みんなも同じ気持ちだったらしく、アルグがいない分お互いの至らないところを補い合おうと話は纏ったのだった。
お昼ご飯を済ませた後は近場で野宿ができる場所を探しながら道を進むこととなり、皆の協力もあってか早い段階で好条件の場所を見つけられた。いつもだったらアルグの指示で野営の準備をするのだが、それが出来ない今、何をするか逐一話しながら夕方までには準備を終えることが出来た。
「それじゃあ、俺はいつも通り狩りに言ってくるけど、焚き火は絶やさないようにな。モンスターの縄張りじゃないはずだけど、確実じゃないから周りの警戒も怠らずに!」
一応以前に縄張りかどうか確認する方法をアルグから聞いてはいたのだが、それでもアルグほど確実性があるわけではない。だが不安がっては何もできないので、ひとまず狩りができる場所まで気配を潜め歩き始める。
「フルルージュと修業したとはいえ、やっぱりモンスターが多いところとなると能力を制御するのにだいぶ意識を持ていかれるな……。今日狩りできるか?」
気を引き締めるための独り言だったが、話しかけられたと勘違いしたフルルージュは音もなく姿を現し、俺の独り言に予想外の言葉をかけてくる。
『……ヒナタ様が修行で得たのは声を無視をすることだけです。完璧に能力を扱えているわけではないのでそこはご留意してくださいませ』
不穏な言葉を残し、再び姿を潜めたフルルージュだったが、今の俺は気に留めるほどの余裕もなく、俺はひたすらモンスターと出くわすのを待ち意識を集中させる。
ガザガザという音が俺の左から聞こえ、体重をゆっくり移しながらその姿を探す。
音の主は単独で行動をする中型のモンスターで、以前一度だけアルグと仕留めたことがあるモンスターだった。姿はイノシシのような見た目だが、性格は穏やかで人を見てもすぐさま逃げるくらい臆病だとアルグが言っていた。やっとみつけた獲物を逃がさないようにいつもだったらもう少し詰め寄るところを俺はなるべく距離を取り弓を構え、矢を放った。
「当たっ……
『ッッ痛い痛い痛い痛いいだい゛ぃぃーーーー!!!!』
命中した、と確信した瞬間耳を劈くほどの叫び声がモンスターから上がり、その声に俺自身悲鳴を上げてしまう。それはうなり声や雄たけびとは違う、明確な言葉で聞こえた悲鳴で、その声に呼応するかのように矢で射抜かれた獣は滅茶苦茶に暴れ這いずり回っている。
『い゛だいいだい゛!!!! なんでなんでなんでなんで僕を殺すのぉぉぉぉ!!!』
急所は外れた、けれども致命傷を受け生きることがもう叶わないモンスターは、自分が殺されるという自覚があるのか誰ともわからない相手に向けてなんでなんでと何度も問いてくる。その声と様は恐怖そのもので、俺はとどめを刺してもやれず呆然とそのモンスターが力尽き息絶えるまでずっとその様子を見つめ続け、そうして動かなくなったモンスターに俺は意味もなく何度も何度も謝り続けたのだった。
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