第88話"新緑の儀"と"春告げの儀"










 俺たちの目の前にお茶とお茶菓子が用意され、ソルブさんはそれを合図にまるでおとぎ話をするかの如く緩やかに話し始める。


 「さてはて、まずセズ様にお伝えするべきことなのですが、これはあくまで我ら夏の種属に限ってのことでございます。なので春の種属とは多少なりとも内容が異なることでしょう」


 そう前置きするソルブさんにセズは勿論ですと、真剣な面持ちで答えながらも姿勢は前のめりになって耳を傾けており、俺は少し不安になってしまう。今なら何言っても全部信じそうだ……。


 「ほぉふぉふぉ、サリッチ陛下もこのくらい私たちの話を聞いてくだされば私たちとしても話甲斐があるのですが、まあそれはさておき。まずは"新緑の儀"の内容ですが、これは大まかに分けて三段階あるまする。まずは昨日もお話した王たる資格があるものを見分ける"芽吹きの期間"、そして夏の種属がその王にそれぞれ管理する植物を奉ずる"奉緑の期間"、そしてその受け取った植物をカカ大陸中に伝え歩く"新緑の期間"といった感じに、この三つを行うことで初めてカカ大陸は乾季の期間に終わりを告げ、雨季へと変わっていくのです」


 な、成程……。わかったようで全然わからないのは俺だけか? 最初の芽吹きの期間はまだしもその次に出てきた奉緑の期間に関しては何するのかもよくわからんし、最後の伝え歩くってのも具体性に欠けていて想像しにくい……。

 そう思い俺はセズをちらりと見るが、セズもわからない様子で、真剣な表情は崩さないまま、眉だけは思いっきりハの字を作っていた。


 「ほぉふぉ、言葉だけを聞いてもそうそう理解できませんのでご安心くだされ。そうじゃのう……奉緑の期間について詳しく話すと長くなるので、簡素に説明いたしますと、いわば一年に一回催す祭りになりまする。国中の民は自身の管理する植物を王様に送り、その植物を王がもらい受けるのが大事なのです」


 「成程……そうなのですね。では私が桜を咲かせても春が訪れなかったのはその奉緑の期間を経てないからなのですね……」


 セズは少し落ち込んだ様子で、そう答えソルブさんは穏やかな顔でそれを見守っている。


 「そうですな……。王様というのは一人でなるものではありませぬゆえ……。ですがセズ様は王たる資格があるお方でそれは忘れてはいけませぬ。貴方様は貴方様が管理する植物に認めてもらえたのです。それは王にしかできぬことですぞ」


 「そうだな……。俺もセズが一番マウォル国の王にふさわしいとずっと思ってたぞ。なにせ王様になるためにここまで来るんだからな」


 「ヒナタさん……。そうですね。私なにがなんでも春の種属の皆さんに認めてもらわなきゃですよね! そうじゃなきゃ、そうしないとシュンコウ大陸の民は救われない……」


 先ほどの不安げな様子とは一変して、セズの顔には王としての責務と覚悟が表れていた。そんな彼女の姿に俺の心は後ろめたさと憂いのせいで鈍い痛みが走った様な気がし、思わず瞼を伏せてしまう。


 「最後にですが、民から受け取った植物ですが、何と言いましょうか……実際の植物を受け取るわけではないのです。先ほどもお伝えしたように新王が立つまではカカ大陸にある植物は全て枯れ果てます。ですので、奉緑の時の植物は生花などではなく、自身を植物に例えて王に接吻を捧げるのです」


 「「……接吻ッッ???!!!」」


 すこし言いづらそうな声音で放った言葉は俺とセズには衝撃的で、思わず声をそろえて声を荒げてしまうが、ウェダルフは接吻が何を指すのかわかっていないようで、きょとんとしていた。ちなみにキャルヴァンはあらあら、という一声だけで、そこまで驚いた様子ではない。


 「せせせ接吻ってええええ……ま、まさかサリちゃんもしたんですか?!!」


 「はぁ、当り前でしょ? 儀式の一環なんだから!」


 「おま、なに当然のごとく言ってんだよ?! まさかそこらへんは意外に王族では当たり前だったりするのか!!?」


 「はぁ?? あんたたちさっきから何動揺してんのよ? なにと勘違いしてるか想像もしたくないけど、接吻って言ってもあれよ? 掌にキスされただけなんだけど?」


 「唇にキスなんてハレ……はへ、手? ………も、もうもうもう!! 紛らわしすぎます!!! なんでそれをはじめに言ってくださらないんですか!!」


 顔から火が出る勢いで真っ赤にしたセズは照れ隠しなのか両手を固く握り、大きく上下に揺さぶりサリッチに文句を告げる。きっとセズの目の前にちょうどいい高さのテーブルがあったらドンドンと音を立てて猛抗議していたことだろう。


 「はは……ソルブさん、案外お茶目なんですね。俺もすっかり騙されましたよ………」


 苦笑いを浮かべながらソルブさんに冗談をつげ、ソルブさんもものすごく楽し気にすなまかったのうと悪びれた様子なく形だけの謝罪をする。


 「それで残る"新緑の期間"ですが、これはそのまま植物を受け取った王がカカ大陸の植物を芽吹かせるため、大陸全土を歩きその手でひまわりを咲かせるのです。ひまわりが咲くことにより夏の種属の力がほかの植物にも伝達し、草木を咲かせる。以上が"新緑の儀"となります」


 なかなかやることが多いのは分かったが、これがどこまで春の種属の"春告げの儀"と類似しているかわからない以上、詳しく聞くのはすこし憚られた。なにより今のセズの状況ではすべて鵜呑みにしてしまう。


 「ありがとうございますソルブさん。お忙しいところ俺たちのために時間を割いていただいたことに心からの感謝を……。そのうえで重ねてお願いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」


 「いやはや、この老体でもできることがあるなら何なりと。それになんとなくヒナタ様が聞きたいことは分かっておりますゆえそうかしこまらずにいってくだされ」


 先代王の参謀をしていただけあり、俺のお願いもしっかり見抜いていたようで、俺は内心焦ってしまう。いや、別段変なお願いじゃないんだけど、なんだろうこの感覚……。学校の先生を前にした時の気分とよく似てる。


 「えぇっと、それじゃあ遠慮なく聞きますが、"忌まわしき血戦"について何かご存知でしょうか?」


 そう、俺は忘れちゃいなかった。あの時ブラウハーゼが言った言葉と、そのあとソルブさんがそれについても話し合うという言葉を。

 ただそれを聞くには色んなことが俺の周りで起こりすぎて処理しきれなかったのだ。


 「ほぉふぉふぉ………。えぇ、覚えておりますよ。あの時わしはそれも含めて話し合う必要があるといいましたな……。ですがそれについては申し訳ないことですが、わしもいくつか残された書物でしか知りませぬ。なのでヒナタ様の期待に副えるかどうか……」



 「それでもいい。だから俺にもその"忌まわしき血戦"が何なのか教えてほしいんだ」


  ソルブさんは俺の意思を確認するかの如く、俺の目を見据え離さない。俺もその無言のやり取りに応えるべく、見つめあっていたら空気を読まないサリッチが割って入ってきた。


 「あのさぁ、そうやって見つめあっても一向に話が進まないんだから、さっさと話してよね。というかもう話し合い飽きたんだけど」


 気の抜ける言葉とともにだらしなく座るサリッチに俺は若干呆れつつも、確かにかれこれ3時間経っていたことに気づき、話をいったん切り上げることにした。というよりも耐え切れなくなったサリッチが部屋を飛び出してしまったのだ。


 「ねぇねぇ、僕も外でちょっとお散歩してきてもいい? お話聞くの好きだけど、座ってばっかりだったからちょっと眠くなっちゃったよ」


 そう言ってウェダルフとセズも外へと飛び出し、部屋には俺とキャルヴァン、そしてソルブさんのみが残されたのだった。

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