第87話これからについて
いつもとは違う豪華な朝食といつも通りの会話も終わり、俺たちはゆったりと寛げるソファに河岸を変え、今後について話し合うことなった今現在……、事態は完全に膠着状態へと陥ってしまった。
「だーかーらー!!! あたしが王様になれたのはヒマワリが咲いたからであって、それ以外の理由や儀式の意味なんか知らないわよっ!!」
「もうっ!! サリちゃんじゃ話になりません!! 上手く説明できないのであればソルブさんとお話させてくださいっと先ほどからお願いしてるんですよ!!!」
「なによ~!!! その言い草だとあたしが無能で馬鹿みたいじゃない!! お願いなら今すぐあたしのこと敬いなさいよ!!」
かれこれ一時間、こんな意味のあるようでない言い争いが続いており、間に挟まれたウェダルフが先ほどから、いつも以上に涙を浮かべながら俺のほうをじっと見つめている。
「いいかウェダルフ……。女はこうなったら一歩も引かなくなるんだ。俺の妹もそうだったから必ず勝機は訪れるさ………。だからなウェダルフ、落ち着くまでお前も落ち着いて間に挟まれておくんだ。一歩たりとも動くんじゃないぞ」
「ふえぇぇ~……そんなの助言でもなんでもないよぉ!! 薄情者~!!」
我慢の限界だったのか大粒の涙を零しながら、俺に文句を言うウェダルフに口パクでガンバ! と伝え、俺はその輪にずっと入らず、どこか呆けたような表情のキャルヴァンに向き合い、俺は実体化もしないまま宙に浮く彼女に声をかける。
「……やっぱり昨日フルルージュが話してたことが気になってるんだな。本当だったら一刻も早く国に戻りたいだろうに……すまない」
『いいえ、ヒナタ。あなたが謝ることじゃないのよ。あなたに憑依したのはなんでもない私の意思。それに後悔なんてないの……。ただどうしてもわからなくて……』
そう呟くように零すキャルヴァンの声には力なく、どことなくだが揺らいでいるような不安定さが漂っていた。
「その、わからないというのは……なんでオールさんがフルルージュに実体化と憑依について教えたのか、っていうこと?」
『そうね……、ヒナタには話してたのよね。……そのこともだけれど、なぜ彼が神の御使いであるフルルージュと交渉できたのか、そこも気がかりなの』
言われてみればそれもそうだ。確かに一応とはいえフルルージュは神に近しい存在で、その神に近しいフルルージュと知っているどころか、彼女が求める情報を握っていたというのは不可解といえば不可解だ。だけどそんなことは別れたキャルヴァンが気にするようなことでもないと思うが……。
「やっぱり一度は違えたとはいえ、夫婦ってそんな簡単に切れる関係じゃないのかな…………」
『……ヒナタ? 私のことなのになぜあなたが辛そうな顔を……』
キャルヴァンに指摘され俺は慌てていつも通りの顔を作るが、それを見逃してくれるキャルヴァンではなく、ものすごい怪訝そうな顔で見られ、俺は冷や汗が止まらなくなる。
「いや、あはは……、まぁキャルヴァンのことが一瞬お袋に見えて、さ。俺のお袋も俺が小さいころに親父と別れて苦労してたから……。これが郷愁ってやつかなぁ~、なんて……」
『そうねぇ……。家族の在り方については私もあまり経験がないから言えないけれど、やっぱり一度はお互い思いあって家族になったから多少は気にかかるのかもしれないわ。まぁ、それも人それぞれだけれど、ね』
キャルヴァンはそんな言葉と共に俺の頭を撫でるフリをする。そんな母親のような仕草に、感触も何もないのになぜが胸が詰まる思いがしてやんわりとキャルヴァンの手を避けてしまう。
「それで……いい加減そこの二人は決着がついたのか?」
先ほどよりも静かになった二人は、大きな声で言い争った結果なのか肩で息をしており、目にも疲れが滲んでいた。
「そう、ですね……。このまま喧嘩していても埒が明きませんし、ここは素直にお願いすることにします……。ということなのでサリちゃんも謝ってください」
「なによぉ、あんた全然お願いしてないじゃない……! しかもなんで謝罪を要求してるのよ……!!」
「なに言ってるんですか……。謝るのは私にではなく、ウェダ君にです。見てください、私たちのせいで無言でずっと泣き続けてますよ……」
ぜえ、はあと息をしながらも会話をする二人に挟まれ続けていたウェダルフは、絡まれるのが怖かったのか、声も上げずにすごい形相で涙を流し続けていた。
いや、なんで若干俺を睨むのウェダルフ。目が座っててちょっと怖いんですけど……。そんなに辛かったの?
「ほら! 一緒に謝りますよ!!」
「えぇ……、なんかこの子無言で泣いててちょっと怖いんだけど……あぁ、分かったわよ! ちゃんと謝るからあんたまで睨まないでくれる?!」
そうして二人同時のごめんなさいをぎこちない挙動のウェダルフが受け入れたことで事態は収束し、今後の方針はソルブさんを交えてすることがものの五分で終わり、今度はソルブさんがつくまで部屋で待つことが決まったのだった。
「それで……、あんたはソルブに聞きたいことがあるってキレてたけど、具体的には何聞くつもりなのよ?」
「はぁぁ……あれだけ説明したのに何も聞いてなかったんですか……? 私が聞きたいのは"新緑の儀"の詳しい内容と、どのような方法で再び草木を息吹かせるのかです。今だにシュンコウ大陸は冬に閉ざされたままで春は一向に訪れてはいないのです」
「じゃあセズちゃんの住んでいる大陸は雪が降ってるの?! わぁぁ……僕雪なんて今まで一度も見たことないんだ!」
「そんなの当り前じゃない! なんたってあたしが夏の種属の王様よ! 冬なんて来るわけないじゃない!!」
「いえ……お二人ともそういうことでは………」
大いに話の筋は逸れに逸れ、セズがしょんぼり加減で二人に事情を必死に伝えていた時だった。迎賓室の扉が開かれ、そこには依然見かけた農民のおじいちゃんではない、王に傅くに相応しい風格のソルブさんが立っていた。
「ほぉふぉふぉ……仲良きことは素晴らしきことでございます。さてはてこの老いぼれの知恵をお求めと聞きましたが、さてはてなにについてお話いたしましょうか?」
そう言いながらみんなが見やすい場所にあるソファに腰をおろし、にこやかな顔でサリッチとセズを見やる。その姿に気を引き締められたのか、姿勢を正し、セズがおずおずと話し始めた。
「実は……昨日お聞きした"新緑の儀"について深くお伺いしたいのです。それというのもですが私………」
「存じておりますとも。マウォル国の姫様。シュンコウ大陸のことはあまり情報として入ってこないのですが、それでも聞こえてくる噂というのはありまする。そうですな……、シュンコウ大陸が長らく王を立てていないというのは本当でございましたか」
どこでセズがマウォルのお姫様だと気づいたのかも恐ろしいが、それ以上にセズがいるだけでおおよその状況に気づいてるような口調はもっと恐ろしい。
「そうなんです……。父が亡くなって以来、私の国………いいえ、シュンコウ大陸は永すぎる冬を過ごしています。だけど私の姉や兄は日々諍いばかりで誰も春を齎すことができないのです。………情けない話ですがどうか、私に"新緑の儀"についてご教授をお願いいたします」
そう言ってソファから降りたセズは正座をし、流れるようなきれいな所作で頭を下げる。その普段見ないセズの表情と雰囲気は王族としての気品に溢れており、皆が見とれてしまうほどだった。
「どうか頭を上げてくだされ、マウォル国の姫様よ。我らは場所は違えど同じ使命を持った種属にございます。困ったときにはそれぞれ持っている知恵を貸しあいましょうぞ」
セズに優しく語りかけたソルブさんはソファからゆっくり降り、しわが刻まれた小さな掌をそっと差し出したのだった。
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