第86話人類をかけて
可憐な花を手に、フルルージュは顔を曇らせながらも誠意はあるのか、言葉を選びながらも俺と向き合い言葉を紡ぐ。
『どのような条件で能力が入るのか……、ということは今はまだお伝え出来ません。ですが今までの能力は全てヒナタ様の仲間から受け取ったものです。大切な事は何に重きを置き、何を受け取るのか……そこを考えていただけたらと思います』
伏目がちに答え、そっと花を撫でるフルルージュは神秘そのものでドキリとしてしまう俺だったが、その儚げな姿も一瞬で、フルルージュはくるりと後ろへ振り向き、花を元あった花瓶へと戻し、薄闇に身を隠してしまう。
『………わたくしはあの日ヒナタ様に嘘をつき、あまつさえ何の説明もせず神候補としてあなた様をこの世界に落とした。それは決して許されることではないと思います。ですがそれを理解したうえで、お願いしたいのです。どうか………どうか、この世界に住まう人類、いいえ種属の為、今一度ヒナタ様のお力を貸していただけないでしょうか?』
背中を見せたまま俺にそう告げる彼女の声はかすかに震えており、そのせいだろうか、その背中は普通の女の子のようにか細く見える。
そんな彼女を見ながら俺は最初にフルルージュと交した会話を思い返す。
今にしてみれば最初からおかしいことだらけで、何故隕石が当たったのか、とかどう考えても酷い来世のラインナップも、俺がどう反応するのか分かっていてのものだったように思う。そんな彼女の罠に見事嵌った俺は、あれよあれよと地球の人類をかけて神様にさせられ、この世界に突き落とされた。
そう、最初は地球の人類をかけていたはずだった。だけど今はこの世界の種属、つまりは全生命をかけて神様になれとフルルージュは言っている。彼女が俺についた嘘がバレた時点で無効になったはずの条件が、今また違う形で再度俺に突き出されているのだ。
っは。なんと強かなんだろうか。俺が突っぱねることが出来ないのを分かったうえで、こんな"お願い"をしてくるのだから。
「フルルージュのいう俺の力っていうのは、これまで俺が受け取った能力のことを指してんのか? それなら………」
俺の言葉を遮り、フルルージュは俺と向き合い先ほどとは違う口調と表情で凛と答える。
『いいえ、そのことではありません。わたくしが欲しているのはヒナタ様の一日一善という、他者を恐れず受け入れる精神性でございます。この世界に必要なのは神ですが、それ以上に必要なのはほかの種属を受け入れる繋がりや絆。それが無ければいつまでも世界は血を流し続けることでしょう。だからわたくしにはヒナタ様がどうしても必要なのです………』
フルルージュの熱烈な言葉にプロポーズかと勘違いしそうになりながらも、普段の冷たい雰囲気とは違う熱い彼女の言葉は、俺の心を揺らすには十分で、もう少しだけこの世界を知りたいと思わせるなにかが宿っていた。
「……ふぅ、そうだな。確かに許せないことは山ほどあるけど、それ以上に俺はこの世界が好きになってる。だからこれは約束とか、どちらかが弱い立場にあるからとかじゃない。俺は俺の意思と気持ちで一日一善をするため、まだこの世界に留まろうと思う。でも勘違いしないでくれよ。もう一人の神様候補が俺よりも立派だったら、俺は潔くその座を明け渡すからな」
『ありがとうございます。そうですね、今はそのお言葉だけで充分でございます。……これから先ヒナタ様はもっとこの世界を知っていかれることでしょう。その時々で決断も求められる。その時までわたくしもそばで見守っております』
フルルージュはそういって、必要とあれば自分の名前を呼んでくれと言い残し、光となって目の前から姿を消していった。
いつもの通り突然消えたフルルージュだったが、体も精神もくたびれ果てた俺はツッコむ気力もないまま、ふかふかベットで夢も見ないほど深い眠りについた。
そうして長かった一日は終わり、爽やかな風と扉を軽くノックする音で俺は目が覚め、寝ぼけ眼でその音に返事をする。
「はいはーい……。今着替えるからちょっと待ってて………」
惰眠を貪りたい気持ちを抑えつつ俺はもそもそとベットから降りていたが、ノックの人物は何を思ったのか大きく扉を開け、無遠慮に俺のだらしない姿をじろりと見てきた。
「ヒナタ遅いわよ! 一体いつまで寝てるつもりなの?! あたしが来たらすぐ扉を開けなさいよ!」
朝から元気溌溂としたサリッチは、俺の寝間着姿も気にした様子もなく、ずがずがと部屋に入ってくる。
「いやいや、サリッチさん……。部屋に入られると着替えられないんだけど………もしかして俺の裸みたいの?」
「どんだけあたしが愚か者になったとしても、あんたの裸を見ようなんて気は絶対起きないわ。そんな冗談はいいからさっさと着替えなさいよ! その間は後ろ向いていてあげるから!!」
嫌悪感を露わにそう断言するサリッチに、俺はうっすら涙を浮かべながらいそいそと着替え、サリッチの案内のもと皆が集まっている迎賓室へ向かうこととなった。
「ったくあんたが遅いせいでみんなお腹ペコペコよ! さっさと朝食を済ませて、これからについて話し合うんだからしっかりしてよね!」
「だったら先に済ませてくれても良かったのに、ありがとな俺のこと待っててくれて」
サリッチの言葉は当初きつく感じていたが、ある程度慣れてくるとそれは単なる照れ隠しだと思えるようになるから、人付き合いというのは深いものである。
目を閉じ一人でうんうんと納得していたら、前を歩いていたサリッチにぶつかり俺はしまったとばかりに彼女を見るが、何に照れたのかサリッチの顔は、真っ赤に染まっており口をわななかせていた。
「な、ななななに言ってんのよ!! べ、べっつにあんたを待ってたとかそんなんじゃないから!! なに勘違いしてんのよ、バッカ!!」
なにこれ? なんで怒られてるの俺。ていうかその反応まるでツンデレとかいうやつじゃないですか! やだ、俺初めて生でツンデレ見ちゃったよ!! でも全然嬉しくないし喜べない、どうしよう!
いやまぁ、実際ツンデレとかこの後の反応に困るから、正直ちょっとツッコミ入れて場の雰囲気を誤魔化したくなるよね。
「……なんでやねんとか、そういえれば正解なのか?」
「は、はぁ? 何それ? ……まぁいいわ。それよりもここが城に居る時はあんたたちが自由に使っていい部屋よ。食事とかもここで行うからしっかり覚えて帰ってよね」
なんとかツンデレを回避した俺は部屋に入り中を見渡す。室内は俺が案内された部屋よりはこじんまりとした感じに収まっており、食事をするテーブルとイスの他に、食後のティータイムを楽しめるようにか、こじんまりとしたテーブルとソファがいくつか用意されていた。
「あ、ヒナタにぃ~!! おはよう! 早く席について、僕もうおなかペコペコだよぉ~」
「おはよう、ウェダルフ。長く待たせたみたいですまない」
ウェダルフはそう言って、隣の席をポンポンと軽く叩き、俺の席とばかりに誘導する。もちろんそれを無視するほどの理由もない俺は、ウェダルフの誘導のまま隣の席に座り、向かいに座るセズとキャルヴァンにも朝の挨拶を交わす。
「セズにキャルヴァンもおはよう。二人も待たせてすまなかった。俺もお腹がすいてきた、朝食は何だろうな?」
「おはようございます。ふふっヒナタさん後ろの髪、すごい寝ぐせですよ? サリちゃんに起こされて慌てました?」
「あら、本当。よかったら私が直してあげるから、朝食が終わったらこの部屋で待っていてね、ヒナタ」
そんな若干噛み合わないいつも通りの会話を楽しみつつ、俺たちはこれまでの旅では味わえなかった宮廷料理に舌鼓を打ったのだった。
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