第85話重なる過去とヒナタの能力
一瞬の沈黙をついてキャルヴァンが放った言葉は、俺の意識を逸らすには十分で、さっきまで湧き上がってどうしようもなかった怒りもなりを潜め、俺は口をぽかんと大きく開けた間抜けな顔で二人を交互に見やる。
『……はて、なにをおっしゃっているのか、わたくしにはよく……』
「26年前私は何の考えもなく肉体を持った愛しい我が子の今後について困り果てていた頃です……。通りかかりなのか、はたまたどこかで噂を聞いたのか分かりかねますが、あなた様は私のところへ訪れそして"実体化"と"憑依"について教えてくださったのです。……覚えておりませんか?」
重ねて問うキャルヴァンの言葉に何も答えないフルルージュに俺はまたかと苛立ち何事か言おうとしたが、その行動をキャルヴァンがアイコンタクトで制止し俺はフルルージュを睨むだけに止め言葉を待った。
『……リッカの街の掟は神が定めた尊ぶべきものです。よもや神に仕えるわたくしが私情でそれを破ったものを匿うことなど致しません。………ただ、わたくしはとある者との取引をし、その交換条件としてあなたにそのことを教えた……かもしれませんが、なにせ長く生きてるので物覚えが……』
なんとも歯切れの悪い回答をするフルルージュだったが、それだけでもキャルヴァンには心当たりがあったようで、小さな声でまさか、と呟きめったに動揺を見せないキャルヴァンが大きく目を見開いてフルルージュと見合っていた。
『……あなたの息子について、詳しい話が聞きたいのであれば一度あなたが忌み嫌うリッカの街へ入る事ね。そうすればあなたが何をするべきか自ずと見えてくるでしょう』
フルルージュはそうキャルヴァンに告げ、これ以上の話し合いはお互いが疲弊し合うだけだと口当たりのいい理由で、俺の返事を待たず光の筋となり消えてしまい、残された俺たちは気まずい空気のまま各々用意された部屋へ分かれていった。
そうして嵐のような今日は、美味しい晩御飯と広々とした風呂で流され、嘘のような穏やかな夜を迎えることとなった。流石王様が普段住むところとあり、火は絶え間なく燃やされており、ベランダに出ても日本に居たころと同じように明るかった。
部屋も一人ひとりに分かれて案内されたので、俺は誰に会いに行くでもなくベランダから見える海風と星を堪能していた。
「本当に、今日は色々ありすぎて……疲れたってもんじゃ済まないな」
ぽつりと自然に出てしまった独り言だったが、それに呼応するように真後ろが淡く光り、鳥が地を歩くようなカチャカチャとした音が響き、俺の真横でピタリと止まる。
『先ほどは失礼致しました。……そして改めて貴方様を騙していたことについてお詫び申し上げます。…………申し訳ございませんでした』
「もういいよ、いや、実際嘘つかれたんだしよくはないけれど……、それでも女の子に土下座させるのはなんか男として落ちた気がするし、そこまでするのならちゃんと話をしてほしいけど………」
俺は顔を前に向けたまま、両ひざを折り頭を床につけて詫びるフルルージュにぼんやりとした声でその行為をすぐさまやめるよう促す。俺はこんな風に謝ってほしかったわけではないし、ましてやこんなことさせてしまっている現状はとても心苦しい。土下座は彼女なりの誠意の表し方なのかもしれないが、そんな形の誠意を俺は求めたつもりはなかった。だからか、なんだか空しくなってしまう。
『まだ……まだ全てをお話しすることは、難しいです。ですが今日お話ししたことに嘘はありません。そして………ヒナタ様が今、一番気になっていらっしゃるあの日の真相について……それだけはお話ししたく』
「わかってるよ……、いや今はっきりわかったよ。君がそこまでするんだ。隕石は100億分の確率で俺の頭に当たったんじゃない。……君が意図して"当てた"……そうだったんだろ?」
依然として頭を上げないフルルージュは大きく肩を揺らし、一瞬呼吸を止めその動揺を必死に隠そうとしている。
……やっぱりな。何も答えられないのが彼女の答えで、俺は心からのため息を空に向かってつき、あーあ……と一言こぼし虚空を見つめる。
「なんで俺を? ……って聞いてもどうせ答える気はなさそうだな。さっきのさっきまで怒りで腸煮えくりかえってる! って心境だったのになぁ……。なんでかな、例えばこの怒りを君に当てまくって俺の世界……我が家に帰れたとしても、だ。それはそれで俺は一生この世界でしそこなった一日一善のことを考えて考えて後悔するんだろうな」
例えば俺に失望したまま去っていったアルグの背中とか、例えばマウォル国に住む今まだ病気で苦しむおじいさんとその孫のキーツの現状、それにセズが王になるとこも今帰ってしまったら見ることもできない。………それ以上に……そのこと以上に、この世界のもう一人の"神候補"である玉上圭兎が本当に神になって、それでこの世界は救われるのか?
今日初めて言葉を交わしたフルルージュの弟であるブラウハーゼの印象は間違いなく最悪だった。差別的な発言もそうだが、なによりヴェダルフ誘拐事件の黒幕だったにも関わらず、自身がした悪事を悪事とも思っていないような態度は見ていて不快そのものだった。
そんな危うい倫理観の持ち主が選んだ"完全完璧の神候補"を俺はどこまで信用していいんだろうか?
『……ブラウハーゼ、わたくしの弟は復讐のつもりで今回のような騒動を起こしたのだと思われます。ヒナタ様を揺すぶり、そうして受け取る記憶を偏らせるために………。神の能力はこの世界に息づく記憶によって得る。というのは覚えていらっしゃりますか?』
俺の思考を読んでか、いきなりそんなことを顔を上げ正座で言ってくるフルルージュに、俺は頬杖を突きながら顔を横に逸らし眼を合わせ答える。
「覚えてるも何もついさっきの話を忘れるほど馬鹿じゃないぞ。それがどうしたってんだ?」
『"記憶に依る"というのはつまりその人物が受け取る記憶に依ってはまったく違う能力を発揮するということです。例えるならばそうですね……ちょうどいいところに花があるのでこれを使って説明しましょう』
フルルージュはそういって立ち上がり花瓶に刺さる一輪の可愛らしい花を手に取り、俺の目の間にすっと差し出してくる。
『ヒナタ様はこの花をみて今なんと思いましたか?』
「は、え? ……いや、まぁ可愛らしい花だな、としか……」
『そうですね。まぁ、普通の答えですが、それが人によってはこの花は摘み取られた可哀そうな花となる場合がございます。そしてそれは神候補が受け取る記憶の際にも同じことが言えます。神候補によっては負の記憶を受け取り、そしてそれを破壊の力へと変えてしまう………。だからわたくしたち神の御使いは、神候補のことを正しく導かなければいけないのです』
「それはつまり神の御使いが正しくない場合、神候補は創造の神じゃなく破壊の神になる……そう言いたいのか?」
口に出した途端、さっきまで風呂で火照っていた俺の体が一瞬にして冷え、背筋にぞくりとしたものが走る。それは、俺も同じじゃないか……!!?
『……今ヒナタ様に備わっている神としての能力は、【ありとあらゆる世界の言語能力】と【知っているものへの変身能力】、【世界を正しく見る目の能力】、【そのすべてに触れる能力】。そしてこのユノ国で得た能力【囁き言を聞く聴覚能力】で以上となります。わたくしが今こうしてヒナタ様と話せるのもユノ国で得た能力のおかげでございます』
合計五つの能力が今俺にあるってことね。…………ん? なんか可笑しい気もするが、今それよりももっと気になるのは………。
「それらの能力って何を条件にいつ受け取ったんだよ?」
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