第84話あの日の嘘と彼女が語る言葉


――俺は目を閉じながらあの日の事を考えていた。

 一日一善を趣味にしていた俺の人生に訪れた突然すぎる死に戸惑って言った一言は神の御使いと名乗るフルルージュの怒りを買い、何故か地球の滅亡をかけ、この世界の神として突き飛ばされた、そのはずのあの日の出来事。

 でもそれはブラウハーゼと名乗る彼女の双子の弟の言葉によって全てが覆えり、いまはもうどこまでが本当でどこまでが嘘なのかも分からなくなってしまった。

 でもそれも今日でおしまいだ。この話し合いで俺は彼女との関係にけりをつけなければないらない。





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 『先程振りでございます、ヒナタ様。そのように目を固く閉じられるとなんだがマヌケでございますね』


 まぶたの隙間から光が漏れ、彼女が現れたことを俺に知らせる。それと同時に聞こえる彼女の悪口に勢いよく反応してしまいそうになるが、ここはグッと押さえ、目を慎重に開けその姿を捉える。


 「現れて早々悪口とかお前ら双子って変なとこそっくりなんだな……。まぁいい。そんなことよりさっさと本題に移るぞ。……まずはなんで俺だけじゃなく、他の皆にも話すといったのか……その理由から聞きたい」


 俺は淡く光を放つ彼女を軽く睨みつけ、緊張している仲間達を見回し、彼女が残した言葉の意味を問いただす。

 今回確かに巻き込まれたとはいえ、話し合い自体は俺だけでいいはずだ。なのに俺の事情について何も知らされていない仲間に何をはなすというのだろうか?


 『……警戒せずともヒナタ様のお仲間に危害を加えるつもりは私にはございません。ですがそれもブラウハーゼが現れる前までの話。ここから起きることに関して、皆様の覚悟と意思が必要になってくるのです』


 ごく端的に述べられた言葉は重さをはらんでおり、つい先程消えていったブラウハーゼの"戦争"という言葉がよみがえってくる。


 「皆は俺の仲間だ。でもここから先に起こることは今以上に危険になるかもしれない。特にセズなんかは王になるためにここまできたんだ。フルルージュの話を聞かずにここから出て行くほうがいいかもしれない」


 俺は下を向き再び目を閉じ、扉の開閉音を待つ。

 人が動く気配がし、俺はそれを唇を噛み締め、次に聞こえるだろう音に備え気持ちを落ち着かせる。だが音は一向に聞こえず、顔を上げるとサリッチとセズはおろか、目の前にいたはずのふるるーじゅすらも居なくなっており、俺は慌てて後ろを振り返る。


 「なにそこで突っ立ってんのよ? 長話になりそうなんだからあんたもさっさと座ったら?」


 「そうです、ヒナタさん。ここまで来て、今更無関係なんて言わせませんよ!! 覚悟を決めて全てを話すべきです!」


 誰一人欠けることなくその席に着き、俺の着席を待っていた。ただそれだけで俺の目は熱くなり、泣きそうになるが、ここからが本題なのだ。泣いてなどいられない。


 『それでは改めて皆様には自己紹介をさせていただきます。……わたくしの名前はフルルージュ。ヒナタ様をこの世界の神として選んだ神の御使いでございます。そしてヒナタ様は元は違う世界の人間でございます。なのでこの世界について何も知りません』


 自己紹介とともに俺のことに触れるのはいいが、一つ納得がいかない説明をされ、俺は軽く彼女を睨みつけるが、意に介さずそのまま話を続ける。


 『そして先ほど現れたウサギ姿の少年はわたくしの双子の弟で、同じ使命を持った者です。本来であれば彼は西側の大陸を渡る術はもたされてはおらず私も東側の大陸には渡ることは叶いません。ここまででなにか質問はございませんか?』


ほんとう必要最低限の事しか言っておらず、質問どころか問答をしたい気持ちになってくるが、ここは一先ず仲間達の声を優先する。


 「そうですね、道理でヒナタさんがこの世界について何も知らないのだと思いました。それがまったく別の世界から来たとなれば納得はしますが……何故この世界から神を選ばす、ヒナタさんを選んだんですか?」


 ものすごいいい質問をセズがしてくれたが、その回答はそっけないものだった。


 『その理由は簡単でございます。再び悲劇を繰り返さないため。他にはなにかございますか?』


 続いて質問したのはウェダルフで、彼はお母さんに聞くこともなく、自分の意思でフルルージュへ投げかける。


 「神様の御使いでも東大陸は渡れないのはなんで? 僕いつもお母さんから話を聞いていたけど、神の御使いはすごい力を持ってるんでしょ?」


 言われてみればそうだな。なにせ異世界に来て俺をこの世界の神にしたんだ。そんな力があっても不思議じゃないが、じゃあなんで海一つ渡れないんだ? なんか違和感がある。


 『それも"神"がそう定めたからでございます。なので私達御使いは狙って海を越えるのは不可能なはずなのですが、それが覆った以上、わたくしでも分かりかねます』


 神がそう定めた……ね。俺の中ではその神が判然としないままで、ではなぜその神は今は何もせず、そしてなぜ俺やもしかしたら俺と同じ日本人の玉上圭兎を求めるんだ?

 それにどうしてブラウハーゼがこの大陸にこれたのか、フルルージュにも分からないってどういう意味なんだ?


 『……他にはないようなので進めます。そうですね、ここからはヒナタ様の疑問である玉上圭兎という、ブラウハーゼが選んだ神について話す事にしましょうか。ヒナタ様は察していらっしゃるかと思いますが、彼も元はヒナタ様と同じ世界の人間で、そして今後貴方様と敵となりえる存在といえましょう』


 やっぱりそうか、とは思ったがそのことについて深く聞こうとしても、彼女は煙に巻いて話を逸らしてしまうのは目に見えていた。なのでここは黙ったまま彼女の話を無言で促し、燃えるように輝く瞳をじっと見据える。


 『ですが、こうなったのも全てはわたくしの責任でございます。いづれはこうなると分かっていたのに、どうしてもそのことについてヒナタ様に伝えることが出来なかった……私の弱さゆえの結果でございます。ヒナタ様が神になった暁にはどんな咎も受ける所存でございます』


 先程までは無表情だったフルルージュが今は眉をひそめ、かすかにまつげが震えており、その様子に俺は少し驚いた。彼女にも人並みに感情があったのだと。

 だがそれだけでは俺の気持ちや疑問は解消されないままで、ずっと燻り続けていた疑問はまだ解消されていない。


 「……"神候補"ってどういう意味なんだ? そんなの俺は一言も聞いてないぞ」


 『…………"神候補"はわたくしとブラウハーゼが選んだこの世界の神となる資格を得たものです。そして神候補はこの世界に息づく記憶を受け取ることにより、神に必要な能力を身につけ、神に近づくことが出来ます。……なのでヒナタ様はまだ正式にはこの世界の神とは…………言えない』


 ブラウハーゼが言っていたフルルージュの嘘がずっと気になっていた。それが俺がまだ神ではないことと、神となれるものがもう一人いるという事ならば、確かにひどい嘘だと思う。そうまでして彼女が俺に執着する理由は分からないが、こうなってくると俺が隕石に当たって死亡した、という事も疑わしくなってくる。だってそうだろう? 彼女は"神候補"として俺を選んだ、といったのだ。決して俺が彼女を怒らせ、そのせいで神にさせられたのではない、という意味に捕らえることだって可能な言い回しだ。



 ふつふつと湧き上がる怒りを誰にも悟られないように俺が黙り込んでいると、それまでずっと黙ったままのキャルヴァンが、今している話とは180度違う質問をフルルージュに投げかけ、それは俺の怒りや思考を逸らすには十分な威力で持って放たれた。


 「ヒナタ、最初に断りを入れるけれど本当にごめんなさいね。今貴方に関する大事な話をしてるのに……。だけれどどうしても私には聞かなくてはいけないことがあるの。…………フルルージュ様、私のことを覚えていらっしゃいますか?」

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