第42話もう隕石とは呼ばせない




 宿に戻った俺たちは、寝る前に今後について話し合う事にした。とはいっても依然として俺の姿は戻らないし、不安材料であった俺の気配も、落ち着きを見せたわけではないので、アルグには若干反対されたが、それ以上にシュンコウ大陸の永い冬は軽視できる問題でもないため、好転しない現在、半ばリスクを負ってでも歩を進めるべきだという説得を、俺とセズ二人がかりでした結果、三日後に出立することとなった。


 翌日、セズとアルグは仕事でお世話になった人達に挨拶を済ませに早めに出かけ、その後、旅の支度を進める手筈となった。

 俺は俺でウェダルフの家に向かう前に、ソニムラガルオ連盟の面々に旅立ちの挨拶をするため、遠回りにはなるが街の中心地へとむかった。本当だったらウェダルフの要件を先に済ませておくべきなのだが、いやな予感、とでもいうのか……それとも予測? ともかく、ウェダルフの後ではもう会う事がかなわない気がしていた。

 隕石を受け取るときにまた何かあるかもしれない。アルグのときは眩暈はなかったが、セズのとき以降変化が出ていると考えれば、また同じ事が起きるかもと、警戒しておくに越した事はないだろう。


 人が集まるには少し早い時間帯のため、以前のような人盛りはなく、ここ数日の仕事でなれた場所になっていた俺は、館のロビーでレイングさんたちを探した。


 「あ! レイングさん、おはようございます! よかった今日もここでお会い出来て……。今日はレイングさんにお話したい事があってきました。お時間大丈夫ですか?」


 早速目的の人物を見つけた俺は小走りに駆け寄り、レイングさんを呼び止めた。レイングさんもいつものように俺に爽やかな笑みをむける。


 「やあ、ヒナタ。今日も元気そうで何より。すこしだけなら時間があるから、そこの喫茶でお茶を飲みがてら話をしよう」


 館の中にある小さな喫茶店を指差し、先程よりもゆったりとした歩調で俺にあわせて歩くレイングさんに、これが持てる秘訣なのかとちょっと感心してしまった。今度俺も実践できたらしてみよう……。


 店内は館と同じく落ち着いた雰囲気の内装で、商談もここですることが多いのだろう、真剣に話し合っている人達がちらほらと座っていた。その普段は見ない大人な雰囲気に、なぜか俺まで緊張してしまう。俺が入っても良かったのだろうか、なんて見当違いのことを考えるが、忙しい中割いてもらった時間を無駄にしてはいけない。


 「今まだ早い時間だから、お気に入りの席も空いてるみたいで良かった。ヒナタは何を飲むかい? 俺のお勧めはここのお店自慢のブレンドティーかな」


 「いいですね、ではそれをお願いします」


 レイングさんが店員をよび注文をしている間、俺はどう切り出すべきかを悩んでいた。それなりにお世話になったのに、お礼もままならないまま、街を出なければならないことには後ろめたさもあった。


 「今日はレイングさんたちにお話したい事があります。僕達が旅をしているのはご存知だと思いますが、その、急で申し訳ないですが、明後日にはこの街を出る事になったんです。それで今日は皆さんに最後のご挨拶かしたくて……」


 「そうか……。ヒナタには大分助けられたから、会えなくなるのは分かっててもやっぱり寂しいな……。でもヒナタは旅人だ、最後なんて悲しい事は言わないでくれ。また会えると信じようじゃないか!」


 それは俺も信じたいけど、きっと難しいだろう。レイングさんの言うとおり、戻ってくるのは分かっているのだが、その時の俺は、今の俺でなくなっている事は確かなのだ。きっとこの街に戻っても、誰もエルフのヒナタに気付かないまますれ違うだけ。それが分かっているから最後だと告げたのだ。

 だけど、もしかして……とも思う。


 「そうですね、俺もそう信じたいです。レイングさんやティーナさんにまたお話できるって、信じてます」


 なるべく悟られないよう、いつも以上の笑顔で答えるが、レイングさんはそれも見抜いているみたいに寂しそうに笑っていた。


 「それじゃあ、明後日はソニムラガルオ連盟全員で盛大に見送るとしようかな。詳しい出立時間がわかったらロトスに伝えてくれ。彼の店が臨時の本部になっているんだ」


 そうして最後の挨拶は明後日に持ち越しになり、次なる目的地へと急いだ。ちなみに喫茶店のお会計は、いつしたのか、レイングさんが済ませており、二重で申し訳なくなったのは内緒にしておきたい。


 約束していた時間より少し遅れてしまったが、ウェダルフは別段怒る事なく俺を出迎え、ここでは難しいからと自然公園のほうへいこうと催促された。それについては俺も同感で、ここに来るまでの間、あらゆる事態を想定して、念のために日よけの布を顔にまきつけていた。

 相変わらず人気がない森林公園だが、そこには何故かエイナとイールが待っており、なんだが落ち着きなく辺りを見回していた。


 「あっ! おせーぞ、お前ら!! ったく、幾ら人気がないとはいえ、待ってる俺の身にもなれってんだ。大体これを探すのだってどれだけ苦労したと……」


 怒りの収まらないエイナを諌める、イールはいつものことなのだろう、少しおざなりだった。それもそうか、とエイナの顔を見て俺も納得した。確かに怒っている風ではあるが、ウェダルフと会えた嬉しさが隠しきれておらず、赤面している顔も怒りが原因でないのは俺でも気付いた。


 「それでエイナ! あれ間に合ったかな?? ウェールさんにも結構無茶を言っちゃったけど、怒ってなかった……?」


 小首をかしげ不安げにいうウェダルフに、息を詰まらせるエイナ。なんだろう、すごくラブコメしている気がするのに、納得いかない。根本的に何かが逆なんだよなぁ……。あと俺ももっとラブコメしたい。


 「と、当然間に合ったに決まってんだろッ!! ウェールも初めて見たとかで喜んでやってたしな!」


 そういって懐から取り出したのは隕石ではなく、綺麗に装飾された、燃えるように揺らめく赤い宝石が輝く腕輪のようだった。え、ま、まさか……?


 「わぁぁ!! すごいねぇ、ヒナタにぃ! お母さんから話を聞いた時は信じられなかったけど、本当に燃えてるよ!」


 「え? なに、どういうことか全く分からないんだけど???」


 体全体で疑問符を表現する俺に、思った反応が得られなかったウェダルフは、悲しそうに震え今度は何故か謝りだす。


 「う、ごめんなさい……。僕勝手な事しちゃったかな? ヒナタにぃが探してた石がこんな形になっちゃって……。そうだよね、確認もしないで加工だなんて……ッ!!」


 加工って……マジかッ?! これ、あの、黒いだけだった隕石なの?!! まず隕石が見つかった事にも驚いたけど、さらにこんな立派になって帰ってくるなんて、誰が予想できるよ? てか本当に燃えてるって言った??


 「ちょ、まって……。俺の頭が追いつかないから、一から説明してくれると大変嬉しい、デス」


 片言になりながらも、しっかりと意思表示をしなければ。でなければ今にも飛び掛りそうなエイナに殺されそうで、こっちの意味でも気が気じゃない。ウェダルフもそうだったと思い至ったようで、少し照れながら俺に説明をしてくれた。頼むよウェダルフ。君の行動しだいで俺は死ぬぞ。


 「えっと、まず石をどうやって手に入れたのかというとね、まずエイナたち独自の情報網で、リンリア協会の人達が利用している商人を手当たり次第調べ上げたらしんだ」


 そういってエイナたちを見やるウェダルフは、すこし不安そうにしていた。どこまで話していいのか分からない、といった様でそれはエイナも気付いたらしい。


 「これについては俺が話す。とはいっても、以前からこいつらは俺たちの縄張りの範疇で、こそこそしてやがったから調べるのには苦労しなかっただけだがな。それもあって、今回の件で俺たちを亡き者にしたかったんだろうが……。まぁ、そういうわけで、お前の探し物は結構簡単に見つけられた。だけど問題はその先だ」


 「その商人曰く、その石は所謂質草として預かったもので、売られてから数えて二日後の夜、また買い取りに来るからどんなに積まれても売れない、といってきやがった。商売人もリンリア協会を敵に回したくはなかったんだろう、真っ青な顔でいうもんだから俺たちも強くは出られなかった」




 この話を聞く限りではジェダスは、石の価値をやはり分かっていたのだろう。でもなぜそうまでして入れようとしたんだ? お金が目的じゃないのは分かっていたけど、それ以外にこれにはどんな価値があるというんだ……?

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