第43話俺は幽霊が苦手です
元隕石だった赤く揺らめく宝石は、俺が手に取るのを今か今かと待っているようで、その魔性に飲み込まれそうになる。でも、まだ受け取る勇気はない俺は、エイナがもう一度差し出してくる、そのぎりぎりまで気付かないフリを決めた。
「でもエイナたちがその商人を見つけた時には、すでにその期限は過ぎていたんだ。なのにいつまでたっても訪れる気配のないリンリア協会に、その商人は逆に怯えきってたよ」
「いつ聞いてもリンリア協会ってとんでもないな……。約束を忘れてただけでそんなに怯えられるなんてな」
うんざりした気持ちでいった、俺の一言はこの街に住むものなら出てこない言葉だったようだ。
「怯えるのも当然だよ。リンリア協会は約束を違えない。はなから守れない約束は交わさないんだよ、普通だったらね」
「それだけ危機に瀕したってだけじゃすまないのか? その後すぐぐらいにリンリア協会幹部が拘束されたん、だから……?」
そこまでいって時系列がおかしなことに気づいた。協会幹部が拘束された噂って確か昨日だったような……。
「そう、ヒナタにぃの考えているとおり、協会幹部の拘束はつい昨日の事だよ。いくらごたついてたからといって、捕まえる前に受け取るくらいの指示は、部下にいくらでも出来たはずなんだよ」
「これでわかっただろ、この石を売ったジェダスって奴は、わざわざ質に入れときながら、たった二日でそんな事も忘れやがったんだ。可笑しいと考えるのが普通だろう」
「すいません、エイナさんの言うとおりでございます……。それで一体どうやってその後、その石を手に入れたんだよ」
「そんなの……穏便に話しつけたよなぁ、イール? 俺たちはいつだって平和を重んじてる。荒事なんてしたこたぁねぇよ」
目を爛々と輝かせ暗い笑みを浮かべるエイナは、どこかの悪党そのもので、嘘だッ!! と口をついて出そうになってしまうが、寸のところでこらえた。
「はい、エイナ様。ただ話し合ったのは俺たちではなく、ウェールさんでしたが……」
あっさりとネタバラシをするイールに、俺をおどかし損ねたエイナが軽く舌打ちをする。あんな顔して言うもんだから、一瞬犯罪でもしちゃったのかと思ったよ……。してやられた。
「そうだったのか。でもどうしてウェールさんが?」
「さぁ、それは俺たちもしらねぇ。ただレイングさんとコンタクトを取ったとき、ウェールさんが協力してくれるっていったんだ」
俺もウェールさんとあまり話した事がなかったため、推測でしかなかったが、以前にいっていた協会びいきの関係者が許せないとか、そんなところだろうか。
「そっか、三人とも俺のためにここまでしてくれてありがとう。こんな立派になって戻ってくるとは思わなかったから、本当に吃驚したけど……すごく嬉しいよ!!」
彼らのサプライズに内心感涙していた俺は、だらしない笑顔で三人の頭を軽くなでていく。その反応は三者三様で、ウェダルフは嬉しそうに、エイナは嫌そうに顔を赤らめながら、イールは目を見開いただけで特に反応はなかった。
「でもこの腕輪、普通に売れば相当するんじゃないのか? なんだか腕につけるのが勿体無いような、こわいような……」
庶民感覚の俺には、金細工のアクセサリーはすこしおそろしくなる。無くしたりとかもそうだけど、盗まれたりしたら大事だ。
「意外に小心者か、お前。たしかにお前が持っていた石は、ここの大陸じゃあまず発掘されないシャレル石だから、相当価値はあるが……でもそのままで持ってるより、腕につけとくほうが安心だろ? 盗むにも油断してなければ、取りにくいように細工もしてあるし。まぁ、腕ごと持っていかれたらどうしようもないが」
俺が考えるよりもさらにおそろしい事をケロッといわれ、さらに顔を青くする俺に、ウェダルフはそんなことめったに起きないから大丈夫だよ、と慌ててフォローする。
「そうか、そうだよな! でもプラスに考えれば、腕が落とされる以外方法がないっていうのは心強いな! だってそんな事めったに起きないし!!」
自分に言い聞かすように、うんうんと大きくうなずく俺に、ウェダルフはエイナがずっと持っていた腕輪を手に取り、気を遣ってか話題をすばやく切り替えた。
「それで、お兄ちゃんが持っていたシャレル石っていうのが、この真ん中にあるほんとに燃えている石だよ。僕も初めて見るから驚いたけど、元々はドワーフたちの秘宝だったんだって!!」
そういって俺の目の前に差し出すウェダルフの目はきらきらと輝き、俺が受け取るそのときを待っていた。俺も覚悟を決めるしかなく、ごくり、と生唾を一つのんでそろりと腕輪に手を伸ばす。
カチャ、という音と共に冷たい感触が指に触れた。次に来るであろう眩暈に備えたが、いっこうに起きる様子はなく、思い過ごしだったのかと俺は一安心した。
今度はしっかり腕輪を手にし、右腕にそれをしっかりとはめる。うん、きつくもなく見た目以上に軽い気がする。腕を動かし付け心地を確認したときだった。
やはり……というのかそれは遅れてやってきたのだ。
以前と同じく、頭の中を一瞬で通り抜けるなにかに意識が遠のきそうになるが、それを寸前で耐える。
「ヒナタにぃ? 突然うつむいてどうしたの?? もしかしてまた……」
心配そうに声をかけるウェダルフを安心させるため、チカチカと点滅する視界のなか、俺は悟られないようなるべく笑顔をつくり顔を上げる。
「大丈夫、ちょっと寝不足でふらついただけだから。それよりも素敵なうで……ッ!!!!!!」
俺は声にならない絶叫を上げ、ウェダルフの背後に一瞬見えた影とばっちり目が合い、今度こそ気絶をしてしまう。ごめん、俺本当に幽霊は無理、だ……。
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遠くで話し声が聞こえ、目を覚ます。
落ち着きを取り戻した俺の体は、いつも通りの宿の天井を映しており、なんだかひどく安心した。やっぱり幽霊なんか見えてなかったんだ……。
「ヒナタにぃ! よかった今度はちゃんと目覚めて!! 一回絶叫しながら飛び上がったからもう駄目かと思ったよ」
「え? 俺そんな情けない起き方してたの? それは申し訳ない……って、それよりごめんな! あんなところで気絶なんかして!! ここまでどうやって運んだんだ」
体を勢いよく起し辺りを見渡すと、買い物終わりのセズとアルグ、そしてエイナがここから少し離れたテーブルで真剣に何かを話し合っていた。
「ううん、それはイールがセズとアルグを探してくれたから大丈夫だったけど、ヒナタにぃ……気付いてる?」
こちらの様子を伺うようにそう告げるウェダルフに、俺は何がといいそうになるが、そこでやっと自身の変化に気付く。
「……俺、また姿戻ってる、よな? え、まさかエイナにも見られたからあそこで話し合ってるのか??」
徐々に自分の置かれた状況を把握し、俺は今の今まで忘れていた、重要な事に気がつきウェダルフを見やる。
そう、彼には俺の正体がばれているのだ。
あの事件の後、色々あってそこらへんの話を全然してこなかった俺は、今になってそのことに怯えた。この世界のことはいまだ分からない事だらけだが、この街にきてリンリアという神を信仰する協会に初めて対峙して俺が感じた事……。
それは神と名乗るのはやはり、得策ではないという結論だった。
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