第100話今はちゃんと向き合えずとも



 たとえフルルージュが誰を想っていても俺には関係のない話で、俺だってフルルージュのことを特別好きだとも思ってはいない。

 だけどなんで胸がもやつくのか?


 俺はその理由をはっきりさせたい。


 『詳しく手記の内容を話すことは掟に抵触するため言えませんが……そうですね、二候補とも神様候補として自分たちがやってきた罪の懺悔と、後悔。そして神の能力に対する畏怖が綴られておりました』


 「フルルージュに対して何か書かれていたりとか手紙が入ってたりとかは……?」


 恐る恐る尋ねるが、フルルージュは答えずにただ小さく顔を横に振り、そのまま俯いてしまう。


 『……本当は分かっておりました、私のことなど書かれてはいないだろうことは。でも、そうしてやっと私は整理することが出来たように思います。自分のこともこれから何をすべきなのかも……』


 生憎と暗闇でフルルージュの顔は見ることは出来なかったが、声のトーンは意外にも落ち着いており、未練は感じられなかった。


 「これから何をすべきか。それは今もわかっているのか?」


 これを聞いたところで俺の求めている答えが得られるとは思ってはいなかったが、それでもどうしようもない苦しさが胸を締め付けて仕様がない。だから無意識に聞いてしまったのだ。


 『………ヒナタの求めている答えはいずれわかることでしょう。ただそれは私が答えるものではないのです。だから……ヒナタは自分の正しいと思ったことを大事にしてほしいのです。たとえそれが間違いだとしても……』


 「なんだよ、それ。俺は……神様が間違ってもいいものなのかよ?」


 フルルージュの曖昧な言葉につい突っかかってしまうが、間違ってもいいなんて無責任にも感じられる言葉はいかがなものか。


 『そうですね、ひねくれた答えを言うのならば、神様に間違いも正しいもありませんよ。それらをひっくるめて道理に変えてしまえるのですから』


 「はぁ? それじゃあ間違えていいなんて……」


 『だからこそです。神になれば簡単に間違えも正解に変えられてしまうからこそ、なんでも言ってくれる仲間は大切で、ちゃんと向き合う必要があります。間違っても大丈夫なように、です』


 暗にアルグのことを言っているのだと理解はするが、だがどうしようも出来ない事だっていくらでもあるだろう? それは俺がどんなに頑張ったとしても相手が拒絶しているのならもうどうしようもないじゃないか。


 『……大丈夫です。ヒナタならきっと乗り越えられます。たとえ今恐怖で矢を持つ手が震え、まともに射ることが出来ずとも、たとえアルグに嫌われることを恐れ向き合えずとも……。いじめっ子だった同級生たちを友人に変えてしまえるあなたなら、それが出来ると私は知っております』


 ……どういうことだ?

 俺が最近矢を持つ手が震えて射るのが遅くなっていることは、俺自身気づかないふりをして隠していたことだし、それにどうして俺の小学校の頃の出来事まで知っているんだ?


 『どうして、という顔をしておりますね。それについてもヒナタはいずれ知る時が来るでしょう。だけれど覚えてほしいことは一つです。……私は気まぐれであなたを神様候補に選んだわけではないの』


 「…………」


 いつになく真剣なフルルージュの言葉はなぜだろうか、俺の胸の奥深くに届く説得力があり、何も返せなくなってしまう。思い返せば確かにあの頃の俺は馬鹿みたいに自分の言葉や行為が輪を作り、世界中に広がっていくって信じていたのだ。だから俺のやっている事を馬鹿にするやつとかも、ある種のミッションとか試練とかそんな風に考えて、嫌がらせかってくらい毎日毎日しつこいくらい挨拶してたんだっけ。

 そしたらなんでかいつの間にやら遊ぶようになって、そいつら交えて一日一善ごっことか……そんな馬鹿なことをしていたのをふと思い出す。


 『さぁ……お話はもうおしまいにして、そろそろ帰りませんか? また明日から歩き通しになるのですから』


 「………そうだな、帰ろうか」


 そうして俺とフルルージュとの話は終わりを告げ、誰にもばれないようにこっそり屋敷へ戻った俺たちは翌朝、いつもようにウェダルフとサリッチにたたき起こされるのだった。





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 「おはようございます皆様。昨夜はぐっすり眠れましたか?」


 「おはようございますオールさん。……あれ、キャルヴァンがいないですね?」


 キャルヴァン以外はみな揃っており、俺は何かあったのかと思いオールさんに尋ねるとオールさんは少し困った顔で、一足先に街の外へ出て俺たちを待っていると話してくれた。


 「彼女は恐らく自分が皆様と一緒に居たら何かと不便するだろうと思い、街の外で待機しているようです。………ヒナタ様、少ないですがお礼とお願いを兼ねてお受け取りください」


 オールさんはそういって、俺の目の前に歩きながらでも食べられる朝ごはんとお金を差し出してきたが、こういったやり取りが苦手な俺はどうしたものかと真横にいたサリッチに助けを求めてしまう。


 「ったく、しょうがないわね! ……すみませんが、お金は受け取れません。この馬鹿……いえ、ヒナタは馬鹿なので大金を持っていると高確率で盗まれるか、落とすと思いますのでお気持ちだけ頂きます」


 馬鹿を言い直して馬鹿をつける意味あった? と心ではツッコミをいれるが、正直助かったのでありがとうの意味を込めてサリッチを見ると、満面のどや顔で俺を見ていた。………なんか損した気分。


 「そ、そうなんですね……。ではお弁当だけでも受け取ってもらえませんか? 何もお礼が出来ないというのも申し訳ないのです」


 「いえ、こちらこそ何から何までお世話になりました。お弁当まで用意してくださりありがとうございます。不安ではあると思いますが、キャルヴァンのこと、任せてくださればと思います」


 「我が子ともども……よろしくお願いいたします」


 やはりオールさんも親なのだと感じさせる言葉と深いお辞儀は、みんなの心にも響いたようで、気合の入った顔でそれぞれオールさんに別れの挨拶を交わして屋敷を後にする。


 「ひとまず、キャルヴァンと合流する前に足りないものを買物しましょう! まずはこの香辛料と…………」


 俺の先頭を歩く三人を横目に俺はウェダルフの後ろを歩くファンテーヌさんが目に入り、ふと気になったことを隣を歩いていたフルルージュに話しかける。


 「なあフルルージュ。狩りの練習中は姿を消してもらってるけど、俺普段からファンテーヌさんのこと見えてるよな? なにが違うんだ?」


 『違いですか? ……簡単に言えば、狩りの最中は意図して姿を消しているのに対して、ファンテーヌをはじめとした原始種属は普通の人には見えないだけで、意図して姿を隠しているわけではないというところでございます』


 「へー、じゃあファンテーヌさんも姿を消したら俺にも見えなくなるってことか?」


 何となく言った言葉だが、思った以上に複雑な質問だったようでフルルージュは沈黙し、どんなふうに俺に説明するか悩んでいる様子だ。


 『原始種属は自然に近い種属であり、自然とは即ち風や水や火といったものです。自然は見えるものが全てではないように、彼らは見えない自然なのです。ですから意図して姿を消す能力は備わっておらず、代わりに意図して見えるようにすることは出来ます。……なので私の能力は彼らとは違うものですよ』


 なるほどわかりやすい。つまり見えないようにするメリットは、彼ら原始種属たちにはないってことか。じゃあ姿を消す能力っていうのは、もしかしたら自然とはまた違う原理なのかもしれない。


 それに気づければもしかしたら俺は姿が見えるのかもと、その時初めて思い至ったのであった。

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